« 『医学のたまご』  海堂 尊 著 | トップページ | 10月4日は語呂合わせで「天使の日」でした »

2020年10月 5日 (月)

『廉太郞ノオト』 谷津矢車 著

0006_20201002121301 『廉太郞ノオト』

谷津矢車  著

中央公論新社 2019年9月10日 初版発行

       2020年3月31日 再版発行

 滝廉太郞を主人公とした小説です。著者の谷津矢車さんは時代小説を書いておいでで、その筆が明治時代に入ってきたということのようです。

 若くして東京音楽学校(1890年5月開校 後に東京芸術大学となる)に入学した滝廉太郞がそこでたくさんの人と出会い、音楽の才能を開花させていきます。

 特に大きかったのは、幸田露伴の妹二人、そして由比くめ(後の東くめ)・柴田環(しばたたまき・後の三浦環)たちとの出逢いでしょうか。

 音楽の演奏の様子を文章で表現するのは、なかなか至難のことだと思いますけれど、幸田幸のバイオリンと滝廉太郞のピアノでモーツアルト『ピアノとバイオリンのためのソナタKV380』を演奏するときの緊迫感の伝わってくる文章には臨場感があって心打たれました。

 ドイツでの留学中に結核をやんで志なかばで帰国した廉太郞に、見舞いに訪れた幸田露伴が語る言葉に廉太郞は励まされます。

 「死ぬくらいで胸を張るな。私だっていつかは死ぬ 君や私だけじゃない。皆死ぬのだ。でも、皆、必死で生きている。死ぬことが分かっていてもな。きっと人はそういうものなのだ。・・・音楽は君に与えられた櫂なんだ」

  この世界、人生という大海をこぎ渡っていくための櫂(かい)という意味でしょうか。

 24歳で夭逝した滝廉太郞の一途に音楽を学び続け、常に高嶺を目指して力を尽くし続ける姿に接してから74歳の私のピアノに向かう時間は増えました。遅まきではありますけれど。

 「花」「お正月」など、滝廉太郞の歌をこれまで以上に音楽訪問のプログラムで大切にしていきたいと思います。 よろしかったら、ぜひどうぞお読みください。

 今日も、良い日となりますように。

 

 

|

« 『医学のたまご』  海堂 尊 著 | トップページ | 10月4日は語呂合わせで「天使の日」でした »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『医学のたまご』  海堂 尊 著 | トップページ | 10月4日は語呂合わせで「天使の日」でした »