2020年12月26日 (土)

関根一夫牧師のメールマガジン 日々の糧 12月25日版から

0048_20201225103601  時々、紹介させていただいている関根一夫牧師のメールマガジンから、引用紹介させていただきます。

ありがとうございます。 すてきなクリスマスプレゼントとなっています。

今日も良い日となりますように。

【クリスマスイブ礼拝】

神学校2年生が終わろうとしていた時、私は2回目の夏のクリスマスを経験していました。オーストラリアに留学していたからです。
その夏、ボーダータウンという町の農場でアルバイトしていた私はその町の教会の夜のクリスマスイブ礼拝に行けることでワクワクしていました。その教会には私が大好きなディーン牧師がいて説教を聞けることになっていたからです。
ディーン牧師はメソジスト教会の牧師で、説教者としてとても有名な方でした。切れ味の鋭い説教にわたしはいつも感動させられていました。私が通っていた神学校の学長の友人でもあり、何度か神学校に講義に来て、学校のチャペルで説教をしてくれたことがあり、その時、彼の説教に心ゆさぶられたのです。

オーストラリアのクリスマスは夏。サマータイムを実施していたこともあり、太陽がなかなか沈まない感じがありました。
大勢の人がその教会には集まっていました。
ディーン牧師の説教の前、青少年のために若い牧師が出てきて説教をし始めました。二階の席で聞いていた私は生意気にもその若い牧師の説教を聞きながら心の中で「あの前置きは長すぎるなぁ」とか「その聖書の箇所はそういうふうには理解しないでしょう」とかいわば説教批判を始めました。学校のチャペルでの説教演習を聞いて批判しているようなつもりになっていたのです。

その途中、何か後ろの方から声が聞こえたように感じました。
「お前はここに何をしにきているのだ。私を祝い喜ぶためか、それとも
若い牧師の説教を批判するためか・・?」
後ろを振り向きましたが誰も声を出している人はいません。
しかも、私が説教批判をしていることなど心の中でのことですから
あからさまにそのことが他の人にわかるはずはありません。
「イエス様、高慢な私をお赦しください。私はあなたが来てくださったことを祝うためにここにいます。批判するためではありません。お赦しください。」と祈りました。そして、礼拝を楽しみました。

昨日、午後、弟の牧会している小田原の教会のクリスマスイブ礼拝をYoutube中継で楽しみました。
音楽の構成、すぐ下の弟の独唱、そして一番下の弟の説教、そのひとつひとつがとても素晴らしく、私は素直に心から楽しみました。
そして、光として来てくださったイエス様を心から歓迎し、一緒に賛美しました。素直に弟の説教や賛美を聞けている自分に気づき、
ふと、ボーダータウンでのクリスマス会の時の出来事を思い出したのです。キリストを歓迎する心で今なお、礼拝に向かわせていただけていることに感謝しました。
夜は私の友人、仲間たちとZoomでクリスマス黙想会を行いました。

批判すること、それを言葉にすることは実に簡単です。
でも、気をつけないとそれが人を傷つけることになり、また自分の心をゆがめることにもなりかねません。
もちろん、批判が必要な場面もあるでしょう。
でも、「【愛】 をもって【真理】 を語る」という、愛と真理の両方が整えられる必要がありますね。自分の感情だけとか、自分流の真理感だけで批判することはとても危険な状況をもたらします。
私は何度も失敗し、痛い思いをしてきました。
今年のクリスマス、素直に嬉しく聞かせてもらうことができました。
クリスマス、おめでとうございます。
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この曲は今日のためのもの、ぜひ聴いて欲しいです。
https://youtu.be/i62W6cuUgDY


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◎主の平和と祝福がありますように!

関根一夫
pastor.kaz@gmail.com
https://www.macf.info/

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2020年12月25日 (金)

クリスマスの礼拝のメッセージ   - 盛岡みなみ教会 -

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 クリスマスは12月25日 という記述は聖書には書かれていません。多くのキリスト教会では今年は12月20日にクリスマスの礼拝をお献げし、24日の夜にろうそくを灯しての礼拝 キャンドルサービスをしています。

 今日は、盛岡みなみ教会 大塚史明牧師のクリスマスメッセージをお届けします。 良い日となりますように。 メリークリスマス!!

       ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

「救いのクリスマス」

主日礼拝 2020年12月20日

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。 「ヨハネの福音書3章16-17節」


牧師の言葉

◆滅び
 クリスマス、おめでとうございます。聖書のこの箇所は「聖書の中心」と呼ばれる節です。この箇所が聖書全体の中心であり、核、勘所、支点です。ここを外していると、いつまでも神さまご自身や救いの計画について腑に落ちることがない、というくらい大事なポイントなのです。


 まず初めに、「滅びることなく」について見てまいりましょう。「滅び」と聞くと何をイメージするでしょうか。恐ろしい地獄の火や跡形もなく自分が消え去ってしまうことでしょうか。実はこの言葉には「失われる」という意味があります。有名な迷い出た一匹の羊のたとえで「いなくなった羊」(ルカ15:6)と訳されているのが同じ語です。羊とは、羊飼いのもとでその声に聴き従い、草をはみ、泉に連れて行ってもらうのが本来の位置です。しかし、迷い出た羊は心細く自分で帰る道も分かりません。いなくなったその状態を「滅び」と言っているのです。姿かたちは羊でも、心は不安と焦りでいっぱいで、生きた心地がしていません。

 ひるがえって、あなたはどうでしょうか?今、本当にあるべきところに立ち、生きているでしょうか。自分の存在を疑わず、生きていてよいと励まされているでしょうか。迷子の羊と同じように、姿かたちは立派でも、手足は動き、食べることはできていても、人生の意味さがしにもがいていたり、空しさをうめようと何とかごまかしながら過ごしてはいないでしょうか。

 滅びは死後やって来るのではなく、今神の前から自分は迷い出ているとしたら、それは滅びの状態にいるのです。だから、そのままではよくないのだと、たましいが叫ぶのです。そして、今朝の個所=聖書の中心メッセージは「一人として滅びることなく」と言っています。


◆救い
 滅びの反対は「救い」です。それは「永遠のいのちを持つ」とも言われ、滅び・さばきと救い・永遠のいのちが対義語になっています。このように目付けをしていくと、聖書のハイライトが見えてきます。滅びの状態から脱却するには「御子を信じる者」となること。

 御子とはイエス・キリストです。それは「神のひとり子」としてのイエスさまで、神がこの世に遣わしたメシヤです。クリスマスはそのメシヤの誕生を祝う日です。「滅び」で見たことをいかせば、この「永遠のいのち」とは、私たちの本来あるべき位置に戻ったのであり、しかも死後のことではなく今そうある状態を指します。

 ただ、死んでからの行き先が決まったから安心するのではなく、今日、自分が生きていて良いと確信していられる幸いです。この救いは、爆発的、瞬間的に救いをただ感じるものではなく、ジワジワと確かに増え続けるものです。何かをしているときだけ感じたり、あるときは全然救われた気がしないのであれば、それは間違ったものに頼っているときです。私たちのたましいは、神に向けて造られているので、他のまがいもの、一時的な輝きにごまかされないようになっています。

 永遠の救いを今、受け取っていなければ、あなたのたましいがヤバい!と叫ぶのです。反対に、永遠のいのちを持つならば、たましいにも安らぎが訪れます。しかも、それは神の保証に基づいているので、取り去られる心配がありません。神は世を愛されましたが、救いをいただくのは「御子を信じる者」だと告げています。

◆永遠のいのち
 あなたは救われているでしょうか?滅び=失われた状態では、たましいに安らぎがありません。救い=神のもとにある状態では、たましいは喜びを得ます。「御子を信じる者」とはくどく訳すと「御子を信じ続けている者」です。やはり、私たちの救いは死後から始まる天国の暮らし・・・ではなく、今この地上から、あなたの日常から始まっているものです。

 「信じる=信じ続けている者」とは、いつも神のふところに抱かれている羊のように身をゆだねることです。「こんなはずではなかった」「もう無理。願い下げだ」と爪を立てて逃げ出すことをしません。そうではなく、今後どのようなことが起ころうとも、神の前を離れず、神の最善を疑わず、信頼をもち続けることです。

 ある人はこれを「未来の先取りをする生き方」と言いました。御子を信じる者は、決してさばかれず、永遠のいのちを持っています。そのことをいつも現実・現在に反映させ、神のもとから迷い出ない。まやかしでないそのいのちは、その人を必ず回復させ、成長させ、また刷新させてくださいます。

 あなたは御子を信じ、受け入れていますか?

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2020年12月24日 (木)

クリスマスカード 

0010_20201222214101  クリスマスシーズン ・・・ 友人からすてきなカードが届きました。外出を控えている今年、特にうれしいカードとなりました。 ありがとうございます。

 ムーミン・・・このブログのタイトルを「ムーミンパパのシルエット」と名付けている私ですので、ふるさとから届いたような感じがいたします。

 ムーミン谷の住民は冬眠するので、ある冬にムーミンが寝ぼけて目を覚ますまでは、ムーミン谷の人たちはクリスマスを知りませんでした。 今は、こうしてクリスマスカードに登場するまでになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 右側のカードは、ご自宅に飾られたオーナメントを0009_20201224085501

写真にして作成されたカードです。本当に、そのお家を

訪問させていただいているような思いになり、和ませて

いただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 左のカードは,

カシオの素材集を生かしてプリントして送ってくださったカードです。

 全部を紹介しきれませんけれど、美しいクリスマスカード 温かいお心をお送りくださった方々にお礼申し上げます

 今日のブログをご覧くださったあなたと、クリスマスの喜びを分かち合うことができましたら幸いです。

 メリークリスマス!!

良い日となりますように。0001_20201223145601

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2020年12月23日 (水)

クリスマス礼拝の朝 ・・・雪の山々

Photo_20201221084401  12月20日・・・ 私の通う尾崎キリスト教会の庭から遠望する山々は雪で輝いていました。ホワイトクリスマス 美しかったです。ふるさと高山市から見る北アルプスのようでした。

 クリスマス礼拝・・・この世にひとりひとりのひとの罪の身代わりとなって十字架にかかってくださった神の御子、イエス・キリストの降誕を感謝しお祝いする礼拝(ミサ)を捧げました。

 そのあと、例年は、持ち寄った食事をいただき・・・愛餐会(あいさんかい)と呼んでいます・・・讃美歌を歌ったり、ゴスペルの練習を積んできた方たちのコンサートなどをしたりするのですが、今年は規模を縮小してクリスマスをお祝いする会を開きました。

 手話での讃美、羊飼いなどが集まっての最初のクリスマスの美しいスライド、牧師さんのお祈りなどなど。

 男子中学生が毎年演奏してくれるヴァイオリン演奏・・・今年は♪「カントリーロード」・・・年々上達していて、皆さんも楽しみにしています。 農作物を栽培しておられるクリスチャン家族が、丹精の収穫物をプレゼントしてくださいました。 ほかほかの焼き芋・・・心身をあたためていただきました。 岐阜の名物、富有柿も・・・。 小規模でしたが、素敵なクリスマスとなりました。ありがとうございます。

 クリスマスの最高のプレゼントは、神さまからの救い主、イエス・キリストです。この最高のプレゼントをぜひ、あなたの心に受け取ってくださいますように。 お近くのキリスト教会を訪れていただいたり、パソコン・スマフォで検索して ラジオで放送されている「世の光」、カトリックの教会が支えての「こころのともしび」、福音歌手 森祐理さんの「モリユリこころのメロディ」など、訪れてくだされば嬉しいです。

 素敵なクリスマスを !! 今日も、良い日となりますように。

 

 

 

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2020年12月 2日 (水)

アドヴェント 第一週

 12月・・・クリスマスの月 ・・・ 恒例で聖誕祭は12月25日、その前日がクリスマス・イブとなっています。その前に待降節(たいこうせつ) アドヴェント があり、アドヴェントリースの最初のろうそくがともされました。

0005_20201130183401  リース ・・・ 手作りで作った自前の品でも リースというのですね (^J^)

 調べてみますと、アルファベットの綴りが異なっています。

・飾るリース【wreath】花・葉・実・枝・蔓(つる)などでつくった輪飾り、

・お金を払うことになるリースは【lease】(賃貸借契約の意)動産または不動産の

比較的長期の賃貸。

 

 

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 クリスマスは、Christ キリスト 救い主 と Mas ミサ 礼拝 を合わせた言葉で、救い主 イエス・キリストの降誕を喜び、祝い、感謝してささげる礼拝のことです。

 

 今年は、新型コロナウイルスの感染が広がらないように、クリスマスの集まりも密集することを避け、時間的にも長くならないように配慮しておこなうことになりますけれど、キリスト教会でのクリスマスをお祝いなさりたいかたは、お近くのキリスト教会でのプログラムについて電話などでお問い合わせください。

 どうぞ、暖かくして、お健やかでお歩みくださいますように。

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2019年12月23日 (月)

クリスマス 

0002_20191222230401  昨日の日曜日 ・・・ 朝10時から イエス・キリストの誕生を感謝し、お祝いする礼拝。礼拝後、食事会、そして歌を歌ったり、クリスマスの由来を記した絵本の朗読・・・子どもたちがヴァ0007_20191222230501 イオリンを演奏してくれたり、クイズを考えてみんなを楽しませてくれたり・・・素敵な時間を過ごさせていただきました。

 お食事は、栗ご飯の赤飯、おでん、ミートローフ・デザートなどなど、とても種類が多く、そしてたいへん美味しかったです。砂糖煮のきんかん、なまのきんかんが好きな方は、枝からちぎってどうぞ という コーナーもあり、心があたたまりました。



0018_20191222230701 クリスマスの主役は、救い主として

遣わされたイエス・キリスト 遣わしてくださった神さま ・・・

 そのイエス・キリストは、ベツレヘムの家畜小屋で誕生しました。 宿屋などには泊めてもらう場所がなかったのです。

 そのことが描かれた絵本をプロジェクターで拡大して写し、朗読していただきました。0009_20191222232001

 イエス・キリストが誕生したところに訪れたのは、社会的に低い地位にあった羊飼いたちでした。

 

 救い主としてこの世に来たのに、どうして王宮などではなく、家畜小屋で誕生 ・・・

 聖書に、イエス・キリストについて いろいろな表現がある中の一つで、私の心を捉えている表現に「ワンダフル・カウンセラー」という言葉があります。

 大きな悩みをかかえてカウンセリングに訪れる人の心の重荷を軽くするのがカウンセラーの使命だと思います。 この世のすべての人のために遣わされた「ワンダフル・カウンサー」であるイエス・キリストが、家畜小屋で誕生したのは、 お風呂の排水口がお風呂の一番低い位置に設けられている理由に通じるものがあると私は思います。 その位置でなければ、お風呂の水を排水しきることは出来ないように、世の中の一番底辺に位置しなければ、すべての人の苦しみ、悩みを聴き、理解し、心の重荷を受け止め、ともに担ってかつぐことは出来ません。

 イエス・キリストを、救い主として心に・・・自分の魂にお迎えすること・・・それこそが本当のクリスマス ではないでしょうか。

 今日も、良い日となりますように。

 岐阜駅に設置されている駅ピアノは、12月25日までのようです。 一度、弾かせていただきましたが、もう一度訪れて クリスマスの讃美歌を中心に弾かせていただきたいと願っています。

 

 

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2018年12月25日 (火)

「受けるよりも与えるほうが幸せです」

 この時期、どなたかからクリスマスプレゼントがありましたでしょうか。

 新聞には、子ども時代に辛い思いをされた方が、クリスマスケーキを贈って笑顔になってもらおうと何十年もプレゼントし続け、贈った総数は8万個ほど、という方が紹介されていました。 すてきなかたですね。

 今日のタイトルの「受けるよりも与えるほうが幸いです」は、聖書にあることばです。

 必ずしも、品物でなくてもよいのです。あなたの笑顔・あいさつ・ひとことなどなど  どうぞ、プレゼントしてあげてください。

 とびっきりすてきな よい日となりますように(^J^)

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2018年12月24日 (月)

クリスマス・イヴ

 12月24日の夜は、クリスマス・イヴと呼ばれ、多くの教会では燭火礼拝・・・キャンドルサービスが献げられます。  どうぞ、お出かけくださいますように。

  実は、キリストの誕生日は12月25日という根拠は聖書にはありません。今年は12月23日にクリスマスの礼拝を献げ、24日のクリスマス・イヴはクリスマスの翌日という順番になります。 

  復活祭・・・イースターは、立春の後の最初の満月のあとの日曜日 ということに決められていますので、早い年と遅い年とでは大分、幅が出来ています。

 何にしても、クリスマスのこの時期、本命のキリスト教会での礼拝に足を運んでくださると、すてきな時間を過ごすことが出来ます。

 聖書

 わたしの目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。

 くれぐれも、「教会でもクリスマスをお祝いするんですか?」とお尋ねになったりしないでくださいね。 この文脈ですと、クリスマス=どんちゃん騒ぎ と思っていらっしゃるのだろうと想像されますけれど。

 よい日となりますように。

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2018年12月23日 (日)

雪よりも白く・・・

 ある喫茶店に「デザート パンナコッタ」と書かれていました。

 うーむ、「パンナコッタとは何のこった」と思っていましたら、このようなものでした。 皆さまは、ごぞんじなのですね、きっと。

0002 この日の私の理解としてはパンナコッタとは白いプリンでした。合っていますでしょうか。

 ともかく、美味しくいただきました。

 聖書にこういう表現があるのを思い出しました。

 私を洗ってください。そうすれば私は雪よりも白くなります。

                                詩篇51章7節

  罪を犯している人間の心は、真っ黒です。そのひとりひとりの身代わりになってイエス・キリストは十字架にかかられました。 そうしてくださった神様の愛を信じ、救い主としてイエス・キリストを心に受け入れた人の心は、雪よりも白くなります。

    神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

                          ヨハネによる福音書 3章16節17節

  パンナコッタのことから、いきなり聖書全体に書かれていることを集約している → 小聖書とよばれている ヨハネによる福音書3章16節のところにまいりました。

  詳しくは、お近くのキリスト教会の礼拝のメッセージをお聞きください。

  よい日となりますように。

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2018年12月22日 (土)

教会のクリスマスのご案内 ー長良教会 編 ー

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  先日、私が通っている各務原市の尾崎キリスト教会のクリスマスのチラシを掲載いたしました。

  今日は、岐阜市の長良キリスト教会のクリスマスの案内です。23日・24日の計画には参加していただけますので、よろしければ、どうぞ。

 24日に歌われる山川由貴さんの歌唱は、とてもすばらしいと思います。

 2018年もあと10日ほどとなりました。暖かくしておすごしくださいますように。

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