2009年12月 4日 (金)

三日会わざれば刮目(かつもく)して見るべし

 勤めている大学の教育学部の3年生の学生さんたちは、9月に4週間の中学校での教育実習、そして11月に同じく4週間の小学校での教育実習を体験しました。

 インフルエンザによる学級、学年閉鎖の相次ぐ中での授業計画変更、自分自身の健康管理、中にはこの期間だけ慣れない地での下宿生活体験などなどいろいろなハードルにもチャレンジしながら、授業での子どもとの真剣勝負 ・・・ そうした期間を経て大学に戻ってきた彼らの表情は  一言で言って、「おおっ、たくましくなったな」あるいは「顔つきがひきしまったな」 「うーむ、大人になったな」 「成長したなあ」  ・・・ あれっ、いつのまにか一言でなくなってしまいました  ・・・ それぐらいよい表情をしています。

 (成長をし続ける人には) 三日会わざれば (再会のおりには) 刮目(かつもくして・・・ 目を見開いて ・・・ 見るべし

 という言葉があります。 何を隠そう、若き日に『巨人の星』という漫画で出会った言葉です。

 教育実習で成長した若者たち  育ててくださった指導教官の先生方 そして各学校の児童生徒たち ・・・ みなまぶしいほどです。

 でも、私も今の到達点に安住せず、わずかずつでも進みます。進もうと努めます。たとえ匍匐(ほふく)前進であっても ・・・ えっ、そういう言葉自体が古い ・・・ 失礼いたしました。でも、老兵ですが消え去りません ・・・ これもマッカーサーの言葉を知っている方にしか通じないでしょうか  でも、歴史を学ぶことは大事ですよね。

  とにかく、 若者たち お帰りなさい。 そして学校の児童生徒の皆さん、指導してくださった先生方、ありがとうございました。

 さて、今日もよい日となりますように。

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2009年11月19日 (木)

「男は黙って・・・」 から グローバルコミュニケーションの時代へ

 一昔前に「男は黙ってサッポロビール」というコマーシャルがありました。

 そして、その会社の入社試験で、面接の時にいっさい無言で通し、「なぜ、君は大事な面接試験に口をつぐんでいるのかね」と尋ねられて、ついにひとこと、「男は黙ってサッポロビール」と答えた受験者がいたとのこと。

 彼はめでたく採用されたとのうわさを聞きましたが、真偽のほどはわかりません。

 けれど、それから時が経ち、現在のところ、国際的な流れは、以心伝心、行間を読む、空気を読む、沈黙は金、雄弁は銀というところにはなく、グローバルコミュニケーションが重視される世界へと動いております。

 グローバルコミュニケーション というのは、価値観や文化の異なる人が国境を越えて、お互いの考えを相手に理解できるように的確に伝え合うことだそうです。

 ことばによる表現力、説得力が強調される傾向がありますが、土台となるのは、相手に心を向け、相手の考え、心をしっかりと理解できるように真剣に聴くことだと、今、読んでいる本 ・・・ 『フィンランドメソッド実践テキスト』諸葛正弥(もろくず まさや)著 毎日コミュニケーションズ発行 2008年4月26日 初版第一刷 発行 に書かれています。

 日本古来の文化のよさもしっかりと大切にしながら、フィンランドなどのよさも無理のない形で採り入れ、生かそうという柔軟な構えで書かれているところがよいと思います。

 「男は黙って・・・」からの意義ある進展を一人一人が図り、実現することができるでしょうか。

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  まず、夫婦の間のコミュニケーションなど身近な家族、そして同国人同士のコミュニケーションをより確かで豊かにするように努めつつ、やがてそれをグローバルコミュニケーションにまで鍛え上げることができたら、と考えております。

 うーん、なかなか取り組み甲斐のあることですね。 いえいえ、ため息などはついておりませぬ ・・・

 今日も、よい日となりますように。

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2009年11月11日 (水)

早口言葉

 大学二年生に、「小学校国語科教育法」という授業をいたしました。

 途中に、作業・・・書き取り的なこと、熟字訓の読み、詩の読み取りなどをはさんで、私の一方的な話にならないように工夫しました。

 ただ、そうした作業、途中にはさんだことのほうが本題よりも記憶に残るようで、それが私の授業の課題でもあります。

 それはそれとして、そうした作業の一つに、早口言葉を入れておきました。よろしければ、口に出して、三回繰り返してください。

 ちゃんと、早口言葉といえるところまで到達できましたら、脳の活性化、そして滑舌というのでしょうか、口の回転に自信をもっていただいてよろしいかと思います。

 でも、自己責任で取り組んでください。 舌がからまって(二枚以上ある方には起こりうるかも)も、責任は負いかねます。

1. バスガス爆発

2,黄パジャマ 茶パジャマ 赤パジャマ

3.ひきぬきにくいくぎ

4.ひまごがめ

5.新春歌謡シャンソンショー

6.お綾や 母親におあやまちをおあやまりなさい

7,かえる ぴょこぴょこ みぴょこぴょこ 

  合わせてぴょこぴょこ むぴょこぴょこ

 お疲れ様でした。 一般に伝わっているのと少し異なっているのもあると思いますが、お許しください。

 ちなみに、私は7番がとても苦手です。

 さて、生活のほうは、落ち着いて着実に歩み、今日もよい日とすることができますように。

 

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2009年11月 7日 (土)

教育の実りを見る喜び

 5日の研究会の折に,小学2年生の国語の授業で、こんな男の子に出会いました。

 物語(古典)をいくつかの場面に分けて数人で受け持ち、それを元気に音読する練習をして、今度、家の方などに聞いていただこうという授業でした。

 参観者にも聞いていただこうという時間になったら、私のほうへまっすぐに来て、「すらすら読めるようにするというめあてで読みます。聞いて下さい。」と言って、読み始めたのが、Nくんでした。名前まで覚えたのは、彼が、まっすぐにまなざしを向けてきたからです。たいしたものですね。

 それだけでなく、Nくんは、授業のおわりに、先生に指名された級友が「たくさんの人に私の読むのを聞いてもらえ、意見を言ってもらえたのでよかったです」と発言し、さあ、授業は終わりという雰囲気になったときに、さっと手を挙げて「質問!」と言ったのです。

 先生も、さあこれでフィナーレだと思っておられたようで、ちょっと戸惑われたようですが、さすがです。「はい、どうぞ」と発言の機会を与えられました。

 Nくんは、落ち着いて、こう言いました。「どんな意見を言ってもらえたのですか?」

 先の発言者もすごいです。具体的にいくつかの意見をあげ、実のあるまとめが成立して、授業は終わったのでした。

 小学2年生といえば、7歳、誕生を迎えて8歳です。多くの参観者の前で授業が終わろうという時に、あわてずさわがずに発言するその堂々とした構え、すばらしいと思いました。

 翌日の6日、今度は岐阜市の中学校の研究会に参加しました。

 小学校の研究会では和やかな表情で授業を見ている参加者がほとんどなのに、中学校の研究会では、全員とは申しませんが、ちょっと怖いくらいの表情で見ている人がいるのです。親の敵を見るような ・・・というと言い過ぎかも知れませんけれど。

 そんななかに、授業を見つめる表情のとてもすてきな先生がおられました。そのかたに、表情のあたたかさ、すばらしさをとてもよいことと思いますと、(年を取るとあつかましくなるのですね、きっと ・・・ いえ、これも全員とは申しません)後でお伝えしました。 「いいえ、そんな・・・」とおっしゃる笑顔に、この先生の受け持っておられる子どもたちの幸せを感じました。

 気温が下がる11月、インフルエンザの影響で、研究会当日に学級閉鎖をしなければならない学校もありますが、教育の確実な実りを見せていただく喜びは、何物にも代え難いものです。

 今日も、よい日となりますように。 明日は,日曜日、キリスト教会へどうぞ。

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2009年11月 5日 (木)

闇の中の光

 今日は、養護学校に長く勤められた同郷の先輩の二通のメールからお許しを得て一部を紹介させていただきます。

【第一信】

 先日、以前勤めていた養護学校の小学部会がありました。ある時期、小学部の教師集団がとてもよくまとまって、いい時代がありました。みんながその時代を懐かしんで、時々「あのころの小学部会」と称して集まっているのです。

 今回、皆さんの話を聞いていて驚いたことがあります。親の虐待によって精神を病み、普通学級にいられない子どもが大変増えているということです。小児精神病院内に併設された特別支援学校や普通校の中の特別支援学級の先生方の話はすさまじいものでした。

 親に虐待された子はまったく人を信頼することができず、すぐに切れて暴れ出すのだそうです。先生にむかって「くそじじい、死ね」とわめきながら殴る蹴るは日常茶飯事で、先生方は身体中痣だらけになるのだそうです。

 そういう子どもに向かって「暴力はいけません」などの正論を言って指導しようとすれば火に油をそそいだようにますます荒れ狂うのだとのこと。

 聞いていると心が痛くなるような話でした。でも私と働いていた頃はまだ若かった先生方が、今は中堅の働き盛りの先生になられて、日々、そうした子どもたちに身体を張って向き合いがんばっておられる様子に、頭が下がる思いでした。

【第二信】
  その会で聞いた心に残る話をお伝えしたくなりました。 親の虐待によって心を病んだ子どもたちのための特別支援学級の担任の先生の話です。

 ひとりの子が転校のため学級を去ることになりました。別れの日までいつものように先生(若くて美しい先生です)に向かって「くそババア 死ね」などと暴言を吐いて暴れ、帰るときに先生に向かって折り紙の紙ヒコウキを投げつけて去って行きました。

  その後で先生が何気なく紙ヒコウキを開いてみたら中に『先生 ありがとう』と書いてあったそうです。

 親から虐待され愛情に飢えていた子は、先生にどんなに反抗しても受け止められたことが、心に灯がともったようにうれしかったのでしょう。

 でも、それを素直に表すことができない屈折した子どもの心がいとおしくて思わず涙ぐんでしまいました。話す先生の目もうるんでいました。きっと、その紙ヒコウキは先生の宝物になったことでしょう。

      ◇  □  ☆  ○  ※  ◇  □  ☆  ○  ※

 一番自分を愛してくれるはずの親から虐待を受け続ける子の日々は、耐え難い絶望感に満ち、世の中の誰に向かっても敵意を抱き、愛を受け付けない人間不信の状態に陥ってしまいます。

 でも、そういう暮らしの中でも、この子の魂は、自分を本当に大切に思ってくれている先生の心を感知する力は失っていなかったのです。

 もし、この先生が紙ヒコウキを拾い上げ、開いてみなかったら、この子の「ありがとう」は気付かれないままに終わってしまったかも知れません。けれど、この子は、乱暴な言葉で投げつけた紙ヒコウキに込めたメッセージをきっとこの先生は開いて見てくれると信じていたことと思います。

 その先生のもとから転校していったこの子の先行きが今どうなのかということなどを考えると、暗雲が払拭されるわけではありませんが、でも、闇の中にまぎれもなく一条の光がさす思い、希望を皆様も味わってくださったのではないでしょうか。

 文脈からはずれるかもしれませんが、結びに書かせていただきます。

 あなたが思いきって口にするひとことが、相手に希望の光を与えることがあるかもしれません。

 今日も、よい日となりますように。

聖書のことば

 わたし(神)の目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。   

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2009年11月 1日 (日)

教育は未来への投資 ?

 今日から11月 ・・・ 気温は下がりますが、食べ物は、魚介類も含め、ますますおいしくなりますね。

 10月31日、NHKテレビの子どもサポートネットという番組で、国際的な学力調査でトップを続けているフィンランドの前教育大臣が語っている場面がありました。

 教育に力を入れようとの提案に対し、財務省は反対したそうです。そこで、前教育大臣が出したのが、失業保険を払うときと、学力の高まった国民が仕事に就いたときに期待できる税金の納入額を試算したデータを提示したそうです。

 財務省はその数字に説得されて教育に力を入れる政策の実行に歩みより、その結果、子どもの学力は世界一と評価されるようになり、質の高い労働力に支えられた産業の振興により、経済的にも力をつけてきて現在にいたっているとのことです。

 教育は国家百年の大計を実証しているようなフィンランドの姿に、(そうだ、そうなんだよな)と私も言いたくなりました。

 ただし、そこで出された「教育は未来への投資」ということばに、今一歩、残念な思いを抱きました。

 子ども自身の現在の生活を充実させ、幸せを味わわせつつ育てるということ、そしてそれがさらに建設的な夢をはぐくんで実現に至らせる ・・・ そういうことではないかと感じたのです。

 けれど、フィンランド版の「米百俵」の精神を具体的に見る思いがいたしました。

 いろいろな国のよいところだけを取り出して、パッチワークのようにちりばめても、それはおそらく、機能しがたいと思います。

 壁に水道の蛇口だけ取り付けて形だけ真似しても、壁の中に水源地とつながった水道管が配置してなければ、水は出ない ・・・ 乱暴なたとえですが、熱い心と高い志、冷静な計画と不屈の実行力が伴わなければ、そして多くの人の力が結集されなければ、この国の子どもが、いきいきとした夢をデザインし、元気に歩むことは困難になると、たくさんの方が感じておられることではないでしょうか。

 大人自身が希望に向かって歩むこと ・・・ まず、そのことを大切にいたしましょう。

 きょうは、日曜日 ・・・ キリスト教会へどうぞ。 よき日となりますように。

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2009年10月10日 (土)

雨にも 風・風邪にも負けず

  8日は、台風18号で暴風警報が発令され、休校した学校がたくさんあります。明けて9日は気温が高くなるほどの日ざしが注ぎ、校庭で元気に活動する子どもたちの姿が見られます。

 台風の進路などを見極め、インフルエンザから子どもたちを守る手立てを講じながら、日々の教育活動、そして、修学旅行などの行事を実施している学校関係者のお働きに敬意を表します。

 子どもたちの登下校の安全、学力の育成・・・・これは、とても大事なことです。

 そして、たとえば給食を実施するかどうかなど、いろいろなことを気象情報も参考にしながら判断しつつ、教育委員会・学校は歩んでいます。

 雨にも 風 風邪(インフルエンザ) にも 負けず   ・・・ 見通しを立てながら進む道の何と厳しく、そしてやり甲斐のあることでしょう。

 これは、教育だけでなく、すべての職業、そして政治家にもいえることでしょうけれど。

 時々引用させていただく児童の権利条約の根幹の精神を表している 

「すべての大人は 子どもに最善のものを贈る義務を負う」

ということばを改めて思い出します。

 嵐の夜にこそ 灯台は ますます 光を強めなければ その存在意義をまっとうできません。

 そして、嵐に備えて、平生から足腰を鍛えておくこと、小さく見えることにも手入れを怠ることなく日々を歩む大切さを思います。

 今日も、よい日となりますように。 明日は日曜日、キリスト教会では聖書に基づくメッセージが語られ、讃美歌を歌って神様を讃美いたします。

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2009年9月11日 (金)

教育実習生の授業

  岐阜大学教育学部の二年生は、今、小学校に一週間の教育実習をさせていただいています。そして三年生は中学校で四週間の教育実習中です。

 教壇に立って授業をするのは、三年生になってからです。

 10日(木)に短時間でしたが数人の実習生の授業を見る機会がありました。うーむ・・・初々しい !!  大きな声を出すように、そして生徒のほうを見るように努めていることが伝わって来ます。

 黒板の文字は、丁寧に書き、提示している資料も懸命に準備した痕跡がうかがえます。

 必死に準備し、ひたむきです。心を打たれました。

 教育実習の時期に、「自分は授業の天才だ !!」 と自信を持つ学生がいるとしたら、これほど心配なことはありません。

 大いに悩みながら準備し、ああ、うまくいかない、どうしてだろう、よし、今度こそ・・・というふうにもがく姿こそ、順調だと言えましょう。

 私自身が教育実習生だったのは、おお、40年ほど前のことです。でも、まるで昨日のことのようによく覚えているのですよ。

 秋めいた風が感じられ、涼やかな教室が多かったのですが、教育実習生たちの熱いがんばりが伝わって来ました。 これぞ、青春です。

 9日に訪問した学校では、中学校で受け持った生徒が教師になっていて、声をかけてくれました。何と、彼は50歳 ・・・ うーむ、私は、いったい何歳でしょう(1946年生まれです。計算なさりたい方は、ご遠慮なくどうぞ(^_^;)

 でも、私も現役の人生を歩んでいます。 音楽療法研究所の講座を受けていますが、先日は、「合格基準に達していませんので、レポートを再提出してください。足りない点は、これこれこういうところです」との評価とアドバイスをいただき、頑張って再提出のレポートを仕上げました。 

 先日、そのレポートの評価が郵送されてきました。今度は合格させていただいたので、再挑戦で合格する喜びを味わいました。  ・・・ どうです。りっぱに現役の学び手でしょう ・・・ いえ、自慢しているわけではありませぬ。

 それは、ともかく、若い学生さんたちと、さらに若い小学生、中学生の学びと成長を願っております。

 今日もよい日となりますように。

 

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2009年9月10日 (木)

子どもから力をもらいました

 勤めていた小学校から卒業生を送り出した中学校を訪問させていただきました。

 体育大会に向けての練習中の校庭に校長先生が案内してくださり、小学時代のことを思うとずいぶん体格の大きくなった子たちと会うことが出来ました。

 練習を終えて教室に入る前の子たちとの再会・・・軽度のダウン症のA君が、顔を見るなり、とんできて、文字通り、しがみついてくれました。

 小学時代には毎朝、私のメタボをおなかをクッションとしておでこであいさつしてくれていたのですが、背丈も伸びていて、今回はハグ、というのでしょうか ・・・ プロレスのベアハッグほどではありませんが、かなりの力です。

 校長先生にお礼の挨拶をしていると、今度は背中に飛び乗ってくれました。

 人目も何も気にしないで、ひたすら心から歓迎のあいさつをしてくれるA君 ・・・ 辞去しての車中で、彼に力をもらってとても元気な自分になっているのに気が付きました。

 A君の歓待にあって、まるで、自分がとてもいい人のように思えたのです。欠点も、いたらないところもいっぱいの自分の教師としての歩み ・・・ でも、いたらないながら、小さな何かは実を結んでいるのかもしれないと思うことができたのかもしれません。

 教育実習中の学生たち、そして教員採用試験を終えて結果待ちの上級生たち、また、今年の採用試験では合格しなくても、講師として働きながら来年度の教員採用試験の合格を期している学生たち ・・・ そうした若人たちに 「教師は、それを目指し、一度しかない人生の時間をそそぐにたる職業です」と、改めて語りたいと思います。

 A君、ありがとう。

 今日も、よい日となりますように。 

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2009年7月28日 (火)

少し晴れ間が見えてきて

 先ほどまで、まるで台風が接近しているのかと思うような風雨の激しさでした。といっても、私は窓から外を眺めていただけなのでしたけれど。

 手にとって読み始めた本に次の詩が載っていました。ご紹介します。

 りんごとなみだの落ちる音

  小学四年生 澤田龍太

 黒い雲の広がった空を見上げて

お母さんは、手をあわせておがんでいた。

目には、

いっぱいなみだがたまっていた

せなかをまるくして、

じっと手をあわせている。

こんなお母さんを見るのははじめてだ。

ぽたぽた ぽたぽた

畑でりんごの落ちる音がする

赤い大きな「世界一」が、

ふくろのかかったままの「むつ」が、

風にたたかれて

枝からはなれていく

ぽたぽた ぽたぽた。

りんごの落ちる音は、

お母さんのなみだが落ちる音だ。

お母さんの丸いせなかを見ていたら、

ぼくの目からもなみだが落ちた。

( 『リンゴの涙』 弘前大学編集委 刊の中の詩の一つ )

 1991年の9月28日、青森県の津軽地方は激しい台風(19号)におそわれ、りんごの樹も果実も壊滅状態になったそうです。百年に一度といわれる台風の猛威で、被害額は数百億円にのぼったといわれているそうです。

 この詩は『わが子の学力 親にできること』 坂本光男 著 労働旬報社 1993年5月30日発行に紹介されていました。

 著者の坂本光男さんは、この本を書かれた当時、中央大学の講師・日本生活指導研究所所員だと本に記されています。(現在のことはわかりません)

 この詩を読んで胸を打たれた坂本さんは「こうした深い感受性とみずみずしい表現力をもった子は、どのような生活や教育のなかで育つのだろうか」と思い、学校に電話したそうです。

 担任は「よく働く子ですよ。だから生活を感じられるのでしょうね」と答えたとのことです。澤田君の家は農家で、生活を支えるために両親・祖父母・きょうだいのみんなが力を合わせて働いているそうです。とくにめだつ子ではないけれど、ものごとをじっくり考える子だそうです。

 今、私は、日本の将来を担う子どもを育てるためには、学校はもちろんのこと、その子どもの保護者たち、そして日本全体の社会人たちが本気で子どもたちのことを考えないといけない時期に直面していると痛切に感じています。

 前々から感じてはいたのですが、今からでも間に合うこと、小さくても実行可能で有効なことを見いだしたいと思居ます。至らないことだらけの私ですが、ブログにコメントをくださるなど、お力添えいただけたら、嬉しく思います。

 よき日、よき明日となりますように。

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