今日は、養護学校に長く勤められた同郷の先輩の二通のメールからお許しを得て一部を紹介させていただきます。
【第一信】
先日、以前勤めていた養護学校の小学部会がありました。ある時期、小学部の教師集団がとてもよくまとまって、いい時代がありました。みんながその時代を懐かしんで、時々「あのころの小学部会」と称して集まっているのです。
今回、皆さんの話を聞いていて驚いたことがあります。親の虐待によって精神を病み、普通学級にいられない子どもが大変増えているということです。小児精神病院内に併設された特別支援学校や普通校の中の特別支援学級の先生方の話はすさまじいものでした。
親に虐待された子はまったく人を信頼することができず、すぐに切れて暴れ出すのだそうです。先生にむかって「くそじじい、死ね」とわめきながら殴る蹴るは日常茶飯事で、先生方は身体中痣だらけになるのだそうです。
そういう子どもに向かって「暴力はいけません」などの正論を言って指導しようとすれば火に油をそそいだようにますます荒れ狂うのだとのこと。
聞いていると心が痛くなるような話でした。でも私と働いていた頃はまだ若かった先生方が、今は中堅の働き盛りの先生になられて、日々、そうした子どもたちに身体を張って向き合いがんばっておられる様子に、頭が下がる思いでした。
【第二信】
その会で聞いた心に残る話をお伝えしたくなりました。 親の虐待によって心を病んだ子どもたちのための特別支援学級の担任の先生の話です。
ひとりの子が転校のため学級を去ることになりました。別れの日までいつものように先生(若くて美しい先生です)に向かって「くそババア 死ね」などと暴言を吐いて暴れ、帰るときに先生に向かって折り紙の紙ヒコウキを投げつけて去って行きました。
その後で先生が何気なく紙ヒコウキを開いてみたら中に『先生 ありがとう』と書いてあったそうです。
親から虐待され愛情に飢えていた子は、先生にどんなに反抗しても受け止められたことが、心に灯がともったようにうれしかったのでしょう。
でも、それを素直に表すことができない屈折した子どもの心がいとおしくて思わず涙ぐんでしまいました。話す先生の目もうるんでいました。きっと、その紙ヒコウキは先生の宝物になったことでしょう。
◇ □ ☆ ○ ※ ◇ □ ☆ ○ ※
一番自分を愛してくれるはずの親から虐待を受け続ける子の日々は、耐え難い絶望感に満ち、世の中の誰に向かっても敵意を抱き、愛を受け付けない人間不信の状態に陥ってしまいます。
でも、そういう暮らしの中でも、この子の魂は、自分を本当に大切に思ってくれている先生の心を感知する力は失っていなかったのです。
もし、この先生が紙ヒコウキを拾い上げ、開いてみなかったら、この子の「ありがとう」は気付かれないままに終わってしまったかも知れません。けれど、この子は、乱暴な言葉で投げつけた紙ヒコウキに込めたメッセージをきっとこの先生は開いて見てくれると信じていたことと思います。
その先生のもとから転校していったこの子の先行きが今どうなのかということなどを考えると、暗雲が払拭されるわけではありませんが、でも、闇の中にまぎれもなく一条の光がさす思い、希望を皆様も味わってくださったのではないでしょうか。
文脈からはずれるかもしれませんが、結びに書かせていただきます。
あなたが思いきって口にするひとことが、相手に希望の光を与えることがあるかもしれません。
今日も、よい日となりますように。
聖書のことば
わたし(神)の目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。
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