2019年8月15日 (木)

ことば

 関根一夫牧師先生の「いてくれてありがとう」を時々引用掲載させていただいています。昨日もそうでした。今日は、関根一夫先生の別のメールマガジン、「今日の聖句」8月14日号を引用掲載させていただきます。 聖句というのは、聖書のことばということです。

   ◇   □   ○  ※  ☆

【箴言】

12:18 軽率なひと言が剣のように刺すこともある。知恵ある人の舌は癒す。
++++
人の心を傷つける「軽率なひと言」を経験したことがありますか?
言ってしまった場合もあるでしょうし、言われた場合もあるでしょうが、どちらにしても心が痛みます。
しかし自分のひと言が人の心をひどく傷つける可能性が
あるという認識は必要です。「本当のことを言っただけなのだから私は悪くない」と言いたい気持ちもあるかもしれませんが、「それを言っちゃ、おしまいだよ」と言いたくなるような物言いは、慎まなければなりません。
嫌みのひとつも言いたくなる場合ってあるものです。でも、それを言って関係が良くなる可能性はありません。
喧嘩別れをしたいのであれば、それは選択肢のひとつでしょうが、後味が悪い経験となります。
むしろ、人を癒す言葉もあるのだということに注目したいと思います。
あなたの言葉、私の言葉が、人を生かし、人を癒す役割を果たす場合があるという可能性だけでも信じることができたら、人との出会いが楽しみになります。
説教や説話、演説などにおける内容の吟味はとても大事です。それは軽率なひと言が、人を傷つける場合があるからです。癒す言葉を語りたいものだと心から思います。

+++++++++++

◎主の平和と祝福がありますように!

関根一夫

  ◇   □   ○  ※   ☆

 あのときの あの言葉、言わなかったことにできないかなぁ と いうこと あなたには あるでしょうか。 私にはあります。それも、あの一言 という一つには留まらず、とってもたくさん・・・ とても苦しいことに、そういうことばほど、相手の人もよく覚えているように思います。

 8月10日の岐阜新聞朝刊にこんな見出しがあり、驚きました。「トランプ大統領の後悔」 ・・・えっ、あの人でも後悔するのか まさか と思いました。 (自分のことは さておいて、ずるい 転換です。) このような内容でした。 

 ◇   □   ○   ※   ☆

 トランプ大統領はお酒を飲まない。それは、パイロットになりたがっていた兄を家業を継ぐようにと父親とトランプの二人が強引に説得し、パイロットをあきらめて家業を継いだ兄がそのことを苦にしてアルコール依存症になり、亡くなってしまったことに自責の念を感じているからである。 「それほどまでに家業よりもパイロットになりたかったとは・・・」

 ことばにおいて 行動において  自分を律することが出来る今日となりますように。 関根先生、ありがとうございます。

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2019年8月13日 (火)

面白い語源  ー かすま草(ぐさ)ー

 かすみ草(カスミソウ)と一字違いのかすま草(カスマグサ)・・・その名の由来を教えてくださったのは、理科の先生でした。

 実物を見たことはないのですが、図鑑を早速眺めた記憶があります。

 辞書には、こんな説明が書かれています。

かすま‐ぐさ【かすま草】

〘名〙 マメ科の二年草。本州、四国、九州の日当たりのよい山野に生える。高さ三〇~五〇センチメートル。葉は互生し、羽状複葉で二~五対の小葉をもち、先端は巻きひげになる。各小葉は長楕円形。春、葉腋から葉とほぼ同長の花柄をのばし、一~二個の淡紅紫色の蝶形花を開く。豆果は長さ一〇~一五ミリメートルの扁平な長楕円形で三~四個の種子をもつ。カラスノエンドウとスズメノエンドウの中間状なのでその頭文字をとって名づけられた。〔日本植物名彙(1884)〕
 ◇   □    ○   ※   ☆
つまり、こういうことです。
ラスノエンドウ
ズメノエンドウ
上の二つの中の大きさの草  = カスマグサ
 その後、水辺にたたずむ いかにも妖精のような雰囲気を備えている植物の分類に「妖精目」(ようせいもく)という項目があることも教わりました。 妖精 nymph(ニンフ)にちなんで、 「ニンファーシス」と呼ぶのだそうです。
 なんだか、ロマンが感じられてすてきですね。
 カラスノエンドウ カスマグサ スズメノエンドウ の三つを並べた写真入りの植物事典を見たこともあります。
0009_20190812020301  でも、花の名前を覚えても、野原に出て その実物を 「これが そうです」と自信を持って言える 「本当に知る」 に至るのはなかなか難しいことだと思います。
   「秋の七草」あるいは「春の七草」を名前だけでなく、正確に「これがそうです」と野原で指し示せたら、かっこいいですよね。
 心がけてはいるのですが、覚えた回数だけ、忘れてしまいますので、 穴の開いたバケツに水を注ぐ感じがしないではありません。 
 ちなみに、左の写真は、8月11日の礼拝堂の花、「グロリオーサ」です。とてもすてきでした。ありがとうございます。
 今日も、良い日となりますように。

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2019年8月 9日 (金)

ソリッド ロック(硬い岩) ー関根一夫先生の メールマガジン 「いてくれてありがとう」 から

 関根一夫牧師先生のメールマガジン 「いてくれてありがとう」8月6日号を引用・紹介させていただきます。 ありがとうございます。

 ◇   □   ○   ※  ☆

【ソリッドロック】

先週の月曜日から木曜日までの万歩計による歩数は50821。
一日平均が12705歩。
まぁ、山に登ったことを考えれば比較的少ないようにも感じます。
今回の山、北アルプスの北穂高岳は岩山でした。
一歩一歩進みながら、私は自分が歩くことを楽しんでいることに気づきました。
それは岩山ならではの楽しみだったのかもしれません。

一歩一歩しっかり歩こうと思う時、岩山においては「しっかりした岩や石を確認して」足を乗せたり、手で掴んだりしながら登ります。ソリッドロック(Solid Rock)という言葉があります。
「岩盤、硬い岩、硬岩」などを意味する単語であり、同時に宗教的にはキリストを表現する言葉でもあるのですが、まさに、一歩一歩ソリッドロックを探しながら、足を乗せ、手をかけ、登っていきます。その作業が楽しくて、楽しくて。
それを無視したり、失敗すると滑落することになります。

岩場ではところどころに「浮石」というのがあります。グラグラ不安定になり転びやすいのです。また、砂利のような石の多い場所もあります。そこでは滑りやすいのです。
特に下り道では本当に要注意とのこと。事故の多くは上りではなく下りの道で起きているとガイドの方が言っていました。

そういう浮石や砂利道の中にしっかり土中に埋まったソリッドロックを発見してその上に足をかけると滑らないので転びにくくなります。
また急斜面の岩場を登るときにも手をかける石や岩を探しますが、そのときも注意して割れて落ちてこない岩を探して手がかりにし、足をかけるときも岩場にしっかり足を固定し体重をかけても大丈夫そうなところを探します。

こういう作業って、人生そのものだと思いながら、楽しみました。自然の中に教訓が山のように用意されているものだとしみじみ思いました。だからこそ、字を読むことが苦手でも自然と向き合うことで教訓をしっかり学ぶことができるのだなぁと思いました。
人生は旅のよう。山登りのよう。
だからこそ目のまえに置かれているさまざまな小石を前に足場となる「ソリッドロック」を探すことって大事です。

私は登山は全くの素人ですので、今朝の文章はたまたまの体験談でしかありません。
でも硬い岩を探しながらの歩行は楽しいものでした。
岩に向かって「いてくれてありがとう」
本気でそう思いました。

写真は
https://blogs.yahoo.co.jp/pastor_kazsek/56498629.html


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 ◇   ◇   ○  ※  ☆

 この関根一夫先生の文章の冒頭にある登山については8月5日号の「登山 熊との遭遇」に詳しく書かれています。 北穂高岳3106メートルに登って、そして元気に下山されたのですね。 とてもお元気あることにも教えられます。平日には、三つのメールマガジンを発行し続けておられることにも頭が下がります。

 私も老け込まないで、歩みたいと思います。 今日も、良い日となりますように。

 写真は岐阜市金華山のりす村で写したりすです。 餌は、トウモロコシの粉だそうです。

0008_20190806071501

です。

 

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2019年5月13日 (月)

ジャン・バニエさん  ー関根一夫牧師 メールマガジン 「いてくれてありがとう から ー

 時々引用掲載させていただく関根一夫牧師のメールマガジン「いてくれてありがとう」の5月8日号にジャン・バニエさんというかたの追悼文がありました。日本にもこの方と親交があったり、この方から学ばれていた方がたくさんおられるとのことですので、ご紹介させていただきます。
 結び近くのジャン・バニエさんの言葉が心に残りました。  今日も、良い日となりますように。
以下は引用です。関根一夫牧師さん、ありがとうございます。
     ◇   □   ○    ※    ☆
   
【追悼 ジャン・バニエ】
ラルシュ共同体を創設したジャン・バニエがこの世を去りました。私は彼が書いた毎日配信されてくる随想が大好きで、楽しみにしていました。
ラルシュ共同体について、ウイキペディアで調べると
「設立経緯」
1964年、ジャン・バニエは、友人のトマ・フィリップ神父を通じて、ラファエルとフィリップという知的障がいを持つ男性と出会った。
病院に閉じ込められるように暮らしていた彼らの状況を知ったバニエは、「施設」ではなく「家庭」で暮らすことが大切と考え、彼らとともにフランスのトロリー村で祈りを中心とする共同生活を始めた。これが、ラルシュ共同体の始まりである。
その後、ラルシュのスピリチュアリティ(霊性)に基づくグループ・ホームは世界各地に作られるようになり、現在では世界38か国に149のコミュニティーがある。「ラルシュ」は、フランス語で「箱舟」の意味から付けられた名前である。
ジャン・バニエは
ジャン・バニエ(Jean Vanier)(1928年9月10日 - 2019年5月7日)はスイスのジュネーブに生まれた、フランス系カナダ人のカトリックの思想家。
知的障がいや発達障がいなどの知的ハンディを持つ人々と持たない人々の共同体であるラルシュ(L'Arche)の創設者、
ならびに知的ハンディを持つ人とその家族や友人が定期的に集まり、支えあうネットワークである信仰と光 (Foi et Lumi?re) の共同創設者。
2015年、宗教分野のノーベル賞とも言われるテンプルトン賞を受賞した。享年90歳。
マザー・テレサやブラザー・ロジェの親しい友人であり、
ヘンリ・ナウエンにも大きな示唆と影響を与えた人物である。信頼、障害、暴力、平和、共生などのテーマについて数々の著作があり、その多くは日本語にも翻訳されている。
その霊的指導者としての功績からカトリックの司祭と誤って紹介されることが多いが、聖職者ではなく、レイ・パーソン(平信徒)である。
++
私は彼の書いた「共同体・ゆるしと祭りの場」(新しい改訂版は『コミュニティー─ゆるしと祝祭の場』 佐藤仁彦 訳、一麦出版社、2003年)という本を読んで彼の思想に惹きつけられました。
そして、それは礼拝そのもののあり方にも通じることだと感じ、学ばせていただきました。
「いてくれてありがとう」をそのまま実践なさった人物です。
ジャン・バニエの言葉を紹介します。
「愛するとは、その人の存在を喜ぶことです。
その人の隠れた価値や美しさを、気付かせてあげることです。人は、愛されて初めて、愛されるにふさわしいものになります。」 
寂しくなります。
いてくれてありがとう。
同じ時代を生きられたこと、そして学ばせていただけたこと、本当にありがたいことだと感謝しています。
++
ジャン・バニエはたくさん本を書いています。

『ジャン・バニエの言葉: 講話とインタビュー』 浅野幸治 訳、新教出版社、2012年
『人と出会うこと』 原田葉子 訳、聖パウロ女子修道会、2008年、
『あなたは輝いている─ラルシュ・コミュニティーからの思索』 佐藤仁彦 訳、一麦出版社、2008年
『永遠の泉─いま、泣いているあなたは幸いです』 佐藤仁彦 訳、一麦出版社、2006年、
『人間になる』 浅野幸治 訳、新教出版社、2005年
『暴力とゆるし』 原田葉子 訳、女子パウロ会、2005年
『うつを越えて』 原田葉子 訳、女子パウロ会、2004年、
『コミュニティー─ゆるしと祝祭の場』 佐藤仁彦 訳、一麦出版社、2003年
『ラルシュのこころ─小さい者とともに、神に生かされる日々』 佐藤仁彦 訳、一麦出版社、2001年、
『心貧しき者の幸い』 鳩の会 訳、あめんどう、1996年、
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2019年5月10日 (金)

師弟

 シドニーオリンピックのマラソンで、日本女子で陸上競技史上初めての金メダルに輝いた高橋尚子さん・・・彼女が師と仰いだのが小出監督です。 ちなみに、高橋尚子さんは私の二人の息子の通った中学校の卒業生です。小出監督との二人三脚で、オリンピック金メダル獲得、そして世界新記録を高橋尚子さんは成し遂げました。

 五月四日の岐阜新聞の「素描」という蘭に、こんな記事がありました。師弟ということで心に響きました。

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Yumemain  杉浦さんのホームページから、上記の記事にある「夢」と「ありがとう」の結びついた「めっせー字」を見せていただきました。 なるほど・・・夢という漢字とありがとうが見事に結びついているのですね。驚き、感動いたしました。
 卵からひながかえるとき、殻の内側からひなが殻を突っつくのと、親鳥が外側から殻を突っつくのと、息が合うことを、ご存じのように「啐啄同時 」(そったくどうじ)と申します。上記の文章を読んでいて、この言葉が思い浮かびました。
 しばらく前に、叱ってくださる人をもつことの幸せについて書きました。私には、叱ってくださる人が何人か居てくださいました。自分は本気で愛をもって人を叱ることが出来ていただろうか ・・・このことを問いつつ、遅まきですけれど、これからに生かしたいと思います。
 今日も、よい日となりますように。

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2019年4月29日 (月)

負の遺産を 子どもたちに 負わせたくない

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 昨日のフジの花と同じく、4月26日の岐阜新聞朝刊からの引用記事です。2011年3月11日の東日本大震災からの復興は・・・福島の原子力発電所の放射能被害は、どれだけ危険が回避され、被害に遭った方々への補償がなされているのでしょうか。
 2011年3月11日以来、多くの外国の方が、放射能被害を心配して日本から避難して行かれました。そうした中で、元気づけるために日本でリサイタル、コンサートを開いてくれた音楽家たちがいました。ドナルド・キーンさんは日本に帰化して勇気づけてくださいました。
 NHKの朝のドラマ「なつぞら」で北海道の開拓農家の生活・・・朝早くから乳牛を世話する場面が出てきます。
 思うのは、福島の乳牛農家の方々に、この朝のドラマに登場してくるのと同じように大事にされて育ってきた乳牛たちが、避難命令に従ってその地を立ち退いた人たちと別れて、意味も分からないまま死んでいったことです。
 それから、どれくらい安全な環境に復元してきているでしょうか。 復興五輪を担当する省の大臣が情けない発言をして罷免されたことはご存じの通りです。
 原子力発電は、やめようという声は少なくないのに・・・以前の総理大臣経験者も原子力発電に反対しています。それなのに、原子炉の再稼働を進め、それだけでなく、外国に原子炉を売っている政府 ・・・震災前に決まったことだからと答弁されました。 震災前に決まったことだからこそ、見直しが必要なのではないでしょうか。 国民に顔を向けずに、臆面もなく総理と副総理に忖度したと発言して罷免された副大臣のことも記憶に新しいところです。 私たちは軽々しく「記憶にございません」とは申さないのですよ。
 オリンピックを誘致するとき、総理は、「完全にコントロールできている」と放射能漏れの事態について世界に向けて述べました。同じ総理がフランスの寺院の火災による被害に対して、「全面的に支援する」と述べています。外国のことを全面的に支援するのなら、国内のことは、もっともっと手厚く進めてくださいね。 こう書くのは、総理は、被爆された方から面と向かって尋ねられたことがあるからです。「あなたは、どこの国の総理ですか?」
 川端康成さんは、ノーベル賞を受賞したときに「美しい日本の私」と講演されました。 初めて総理になったとき、今の総理は「美しい日本の私」と通い合う題名の本を出版なさいませんでしたか。
 今の日本の世界平和に対する在り方、東日本大震災やいろいろな被害に遭った方々に対しての国の在り方 ・・・美しいとお思いでしょうか。 信頼したいと思いますが、総理の言葉の響きがうつろに響いてしかたありません。 誇りの持てる国 ぜひ 実現してください。負の遺産を子どもたちに負わせたくないのです。誇りを持って世界に胸を張れる国の国民でいたいのです。
  読み返してみて、上記のように書いている自分を反省する気持ちも湧いてきました。それで、星野富弘さんの詩画集から一枚引用させていただくことにしました。 私の勝手な文脈に付き合わせていただいてすみません。星野富弘さんの詩画の世界はもっと大きくて深く、そして美しいのに・・・。
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 今日も、良い日となりますように。

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2019年4月20日 (土)

杏林(きょうりん)・・・あんずの林

 このブログを訪れてくださる人の中に、私の初任校時代の教え子がいます。彼も自分のブログを書いていて、写真がとても美しいのです。登山歴も長い彼が山や花などを愛情込めて撮影していることが伝わってくるのでしょうね。ある日のブログに花盛りの「あんずの林」の写真がありました。彼の許可を得て、その写真を二枚、掲載させていただきます。 画素数を少し落としましたので、原画はもっともっときれいですけれど。

0012

 奇しくも、その頃に私が読んでいた本にこんな文章がありました。

   ◇   □   ○   ※   ☆

0011  「杏林(きょうりん)」ということばがあります。昔、中国に薫奉(とうほう)という医者がおられた。病人を治療しても報酬をとらず、記念に「杏(あんず)」を植えさせた。その杏が立派な林になったという故事があります。杏林は医者の異称です。「名医」ということばには、そういうふうな「徳を備えた人」というイメージもあります。  ( 工藤信夫 著 『信仰による人間疎外』 いのちのことば社 刊 1989年9月30日発行)

   ◇  □  ○  ※  ☆

 著者の工藤信夫さん自身、お医者さんなのです。 人を doing 何が出来るか で価値づけるのではなく being 存在すること自体 を尊いこと としてとらえている方です。 上記の文に続けて、およそ、このように書いておられます。

 医学の急速な進歩で、いま「一人の名医より専門家医三人のチームづくり」という雰囲気があるようです。・・・それに伴って医者と患者の人間関係の希薄化、医者は人間でなく病気を、患者も医者よりも検査データを見つめているような気がしてなりません。今ほんとうに大事なことは、患者の感じている悩み、苦しみを医者が聞くことです。相手の身になって考えないと、相手を本当に理解することはできません。思いやりも生まれません。相手の心の内を読みとって、手を差し伸べる。それには豊かな経験と想像力が要求されます。現代医学はここが問題だと思います。医療が専門分化する中で「心」の領域が忘れられているからではないかと思います。

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 長くなり、すみません。 私の頭に 日野原重明先生のことが浮かんできました。

 腹八分が健康によいことを、日野原先生は次のように話されました。

 □ バイキング方式のレストランで3千円払って、5千円分ほど食べようとする人は、長生きできません。

 別の話です。

 ある患者さんを退院させるかどうかの検討会で、いろいろな検査データをそろえて日野原先生の承認を待っている医師グループに日野原先生は、こう尋ねられました。「退院してこの人が帰るのは どんな住まい環境ですか?」

 誰も答えられなかったので、「それでは、ご本人にうかがいましょう」と、病室に移動しました。 日野原先生の専門は心臓です。 その患者さんは、アパートの3階に帰ることになり、エレベーターはないことが分かりました。 病院でなら大丈夫ですので、退院はもっと体力が回復してからということになりました。 医師グループへの助言 「あなたがたも 一度 死なないほどでいいから 病気を体験しなさい」

 もう一つ。 「最近、外出すると心臓の動悸が激しいのです。手術が必要でしょうか」と高齢の女性が日野原先生の診断を受けに来ました。

 数分後、日野原先生のところから帰る時、この人の動悸は治まっていました。 日野原先生がなさったのは、その方の外出用の肩掛けかばんの重さを中身を整理して軽くするようにと指示することでした。(来たときと帰る時の重さも本に書いておられましたが忘れました。2キロほどの減量だったでしょうか)

    ◇    □   ○   ※  ☆

  ○○くん  美しい杏の林の写真をありがとう。 あなたのおかげで、今日のブログが書けました。

  今日も、良い日となりますように。

 

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2019年4月 4日 (木)

育てること  関根一夫牧師先生のメールマガジンから

 時々引用させていただく関根一夫先生のメールマガジン「いてくれてありがとう」から、昨4月2日の文章を引用・紹介させていただきます。
「教育」を教え育てることと読むと、大人からの働きかけばかりにみえますが、「教え 育つ」と読むと両者の交流、通い合う姿がイメージされてきますね。あなたは、どのようにお考えになりますか。
今日も、良い日となりますように。 それでは、関根先生、よろしくお願いいたします。いつもお世話になり、ありがとうございます。
  ◇   □   ○  ※  ☆
【育てること】
写真を整理していたら昨年の5月にどこかで写した「言葉」が
出てきました。きっと、その時何かを感じて撮ったのでしょう。
誰の言葉か定かではありませんが、読み返してみました。
こう書かれていました。
++++++
 
 「育てること」
 
 土を耕し
 種をまき 水をやる
 草を取り 肥料を施し
 光をあて 風通しをよくする
 苗は大地に しっかりと根を張り
 大空に向かってすくすくと伸びる
 やがて季節がめぐり 来ると
 これまでの苦労がふっとんでしまうような
 美しい花をみせてくれる
 そんな とき
 育てることのすばらしさを感じ
 育ててきてよかったとしみじみ思うのだ
 
 ++++
 
 「育てる」という出来事には、こちらの側の作業が多く
 相手の中に何が起こっているかすぐにはわからない場合が
 多いのですね。
 こちらから「与える」ことばかりが多いのです。
 特に地面の中にしっかり根を張る作業などはまったく
 こちらには見えません。
 でも、相手に対するケアの心を持ち続け、相手の必要に丁寧に、
 ちょうど良い加減に応対することで、いつか「花が開く」時が
 来るわけです。
 花を育てるのも、作物を育てるのも、はたまた子供を育てるのも
 似ているように思います。
 
 でも、同時に、この文章を書きながら、
 ふと気づきました。
 「育てる」という作業は自分に対しても、自分の心に対しても
 しっかり対応していく必要がある作業なのだなと。
 自分の心を耕し、種をまき、水をやり。光をあて・・・・。
 読書や思索、礼拝、研修、鑑賞、いろいろな方法で自分の心を
 もっともっと育てたいものだと思いました。
 
 自分の心に「いてくれてありがとう」を伝えながら育てたいですね。
 そして、あの人にも「いてくれてありがとう」を伝えながら
 一緒に育っていきたいですね。
 考えてみると、「できること」や「なすべきこと」はまだまだ山ほどありますね。
 ある日、「ああ、生きてきてよかった」と思える日を経験するためにも、育てる作業を休まず続ける必要があるようです。
 こんな拙い文章を継続的に書くことも、自分を育てるための大事な
 作業のひとつです。
 
 
+++++++++++
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関根一夫
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2019年3月14日 (木)

「ユーモアのセンス」 関根一夫先生のメールマガジンから

 時々、引用紹介させていただく関根一夫牧師さんのメールマガジン「いてくれてありがとう」の3月6日号を引用させていただきます。ありがとうございます。

 今日も、良い日となりますように。

  ◇   □   ○   ※   ☆

【ユーモアのセンス】

「のぞみはもうありません」
と面と向かって言われ、私は絶句した。
ところがその人が言った。
「のぞみはありませんが、光はあります」
なんと素晴らしい言葉だと私は感激した。
このように言ってくださったのは
もちろん、新幹線の切符売り場の駅員さんである」

(京都大学名誉教授 河合隼雄)
+++
いかにも河合先生らしいユーモラスなお話。先日フェイスブックに紹介されていました。
河合先生とは、何度か一緒に仕事をさせていただき、臨床美術の仕事を始めた時金子先生たちと京都のオフィスにも伺って一日お話を聞いたことがありました。
同じ河合先生の言葉を紹介します。
***
冗談による笑いは、世界を開き、
これまでと異なる見方を
一瞬に導入するような効果をもつことがある。
八方ふさがりと思えるとき、
笑いが思いがけぬ方向に
突破口を開いてくれる。

   ***
自立ということは、
依存を排除することではなく、
必要な存在を受けいれ、
自分がどれほど依存しているかを自覚し、
感謝していることではなかろうか。
依存を排して自立を急ぐ人は、
自立ではなく孤立になってしまう。

   ***
「まじめに、真剣に」
ということにとらわれると
視野が狭くなります。
これは一番怖いこと。
視野を広げるために一番大事なものは、
「道草、ゆとり、遊び」

***
お会いしてお話をしていた時、「いてくれてありがとう」の発想をとて高く評価してくださいました。
楽しい話をしながら、とても真剣で深刻な話も聞かせてくださった
河合先生、いてくれてありがとう。そのユーモアのセンス、忘れません。
すでに先生はこの世にいませんが「心の処方箋」という本をはじめ、
心のほっとする本を残してくださいました。
いてくれてありがとう!

+++++++++++

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2019年2月27日 (水)

壊れた友情を立て直す法則

壊れた友情を立て直す法則

 

※ 出典 「SAIWAINAHITO CALENDAR 2019」

     発行 小牧者(しょうぼくしゃ)出版 

 これも、立て直すには、まず倒そう ・・・ などと早まらないでくださいね。壊れていない友情をわざわざ壊して立て直す必要はありませぬ。

「壊れた友情を立て直す法則」

友の過ちは砂の上に書くものだ。

満ち潮で消されてしまうように。

友への感謝は岩の上に刻むものだ。

雨風に負けず永遠に覚えているように。

友の涙は雲の上に乗せてあげよう。

つらい時、雨が降ったら、

自分も一緒に泣いてあげるために。

生きていれば、誰かのせいで、

さびしい思いもするし、

ありがたいこともあるのが常だ。

ほとんどの人は、感謝はすぐに忘れ、

心のしこりは長く心に留めておくものだ。

しかし、思慮深い人は、感謝はいつまでも忘れず、

さびしさはすぐに払い落とし、

心のしこりを捨てて生きている。

友よ。

私たちも、もし誰かに対する心のしこりが残っているなら、

今、この瞬間からそれを振り払おう。

 

 ◇    □   ○   ※  ☆

 

 弟子たちに、どう祈ったらよいかと云われてイエス・キリストが教えられた主の祈りの一節に「われらが許すごとく われらの罪をも 許し給え」とあります。 お互いにゆるし、ゆるされあう存在へと成長してまいりたいと願うものです。

 今日も、よい日となりますように。

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