2019年3月29日 (金)

科学の発展って こうありたいな

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 この記事を読んで、私は思いました。「科学の発展ってこうありたいな」

 発明王エジソンは、武器、兵器は作らなかったそうです。作ったのは電球・蓄音機・映画・・・。電球のフィラメントの材料として最適なのは何か 研究員がいくつもの国に派遣されて、有望視されたのが日本の竹だったそうです。その後の展開は変わりましたけれど。

 アインシュタインはヒットラーに先んじて、抑止力を得るために核兵器の開発に助力していたのだそうで、それが実際に用いられたと知ったときには絶句したそうです。「ほんとうに ほんとうに 人の上に あれを落としたのか・・・」

 作家、井上靖さんは世界ペンクラブの大会において、戦国時代の中国で、各国が黄河を戦争のために用いないことを誓い合った故事をひいて、人類の叡智への希望とペンを持つものの使命を語りました。その講演は中学校の国語の教科書に載っていたことがあります。

 全世界の政治に携わる人たちがエジソンやアインシュタインや湯川秀樹さん、マザー・テレサ、ナイチンゲール、井上靖さん、杉原千畝さんなどなどの生き方、平和への願い、働き、志に学んで叡智ある歩みを為すことが出来ますように。

 今日は3月29日。岐阜市の金華山の高さは329メートル。

今日が結婚記念日であるご夫妻が友人にいます。 おめでとうございます。 おお、そういえば、私たち夫婦もそうでした。 ← わざとらしくてすみません(^J^) 良い日となりますように。

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2018年9月14日 (金)

障害のある人の強さ

 岐阜新聞2018年8月31日朝刊から 「初めての給料」 ー労働は社会とのつながりー  ※ 画像をクリックしていただくと大きくなると思います。

0007 この記事の結びの「よく障害者は社会的な弱者だと言われるけれど、彼らは本当に強い人たちです。・・・私はそれまでの固定観念がことごとく崩されました」という文章が心に響きました。

 私は、大学での専攻は国語教育でしたが、特別支援教育(当時は特殊教育と呼ばれていました)で熱い講義をなさる先生がおられると耳にして、その先生の講義を受講しました。

 講義の第一声は「教育は人間を人間たらしめるものと定義するならば、特殊教育は、まさにその原点に位置するものといえます。」でした。心が震えました。

 その先生、柚木馥先生は、講義だけでなく、大学の砂場でひとりの子どもに寄り添っておられる姿も見かけましたし、特殊学級・養護学校の卒業生が働く場を作ることにも精力的に働かれました。

  ずっと後になってお目に掛かったとき、にこにこしておられ「働いてパンやクッキーを喜んで食べていただき、そのお金を貯めて、みんなでハワイ旅行をしようと歩んできたその夢が実現するんだ」と語られました。

 不肖の教え子ではありますが、本当にすばらしい師との出会いでした。

 柚木先生を海にたとえるならば、私は小さな杯をひっくり返したその底面のくぼみともいえないほど小さな器です。

 私は、教師になった最初の三年間、白川町の白川中学校で特殊学級の設立を和田三里という校長先生にご指導いただきながら進め、誕生したそのクラスの担任として歩みました。

 長男が生まれて間もない頃、教員住宅に遊びに来た教え子が、乗り物絵本を「先生のお子さんに」 とプレゼントしてくれました。 彼は新聞配達をしていて、手にしたお金の中からその絵本を贈ってくれたのです。 今から思っても、頭が下がる思いです。 彼は今、愛知県で働いていて、奥さんと会いに来てくれたこともあります。 駅で待っていた私を「あの人が先生じゃない?」と彼よりもさきに初対面の私を奥さんが見つけてくれたことも、懐かしい思い出です。

  今日も、よい日となりますように。


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2018年9月13日 (木)

他人事と 見過ごすことなく

 関根一夫牧師先生のメールマガジン「いてくれてありがとう」に先月末、こういう文章が掲載されていました。

 よく知られていることなのかも知れませんが、のんびりしている私には衝撃を受けるニュースに思えました。

  実験したことはありませんが、カエルをいきなりお湯の中に入れると、敏捷に飛び出すけれど、水の中に入れて、ゆっくりと下から温めると、徐々の変化にならされて、身の危険を感知できなくなって飛び出さないのだそうです。

  下の話を読んで、そのことを思い出しました。関根先生がお書きになっているように、正しいと思うことには「イエス」、納得がいかないことには、今、その理不尽さが他の人にだけふりかかっていることに思えても、断固として「ノー」といえる歩みを貫くことがとても大事だと考えさせられました。以下は引用です。 今日も、よい日となりますように。

   ◇   □   ○   ※  ☆

【8月の終わりに】

 8月が終わりますね。
1年は12ヶ月ですから6月が終わった時点で半分が過ぎているわけですが、私の中ではなんとなく8月が終わると一年の半分の大きな山を乗り越えたという気持ちになります。
 でも、気がつけば今年もあと4ヶ月しかないわけですから、一年の終わりがあっという間だというのは当然のことです。
 そして、プロ野球や相撲や高校野球やアジア大会などスポーツの話題で心ワクワクしている間に、政治の世界や国際社会では深刻な問題が起こっており、国内では新しい法律がどんどん作られて生活の規制が入り込んできているような気がします。

  気がつけば、報道への規制や言論への規制、道徳の押し付けや憲法無視に近い政治家たちの言動など、冷静にはいられないほどの深刻な「全体主義」の足音が聞こえてくるような気がしてなりません。
8月、毎年のことながら私は平和について考え、本を読み、映像を見てあれこれ考えました。
近代における戦争が始まる前には「国民総動員」を扇動する声や「政治に無関心な雰囲気」が蔓延しているような事態が起こされていることに気付かされました。
 マルティン・ニーメラー牧師の言葉として知られている詩を思い出しています。

 ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義ではなかったから
 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 ちなみに丸山眞男氏は著作の中でこのように訳し直しています。

  ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。
  それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。
  それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。
  さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。 しかしそのときにはすでに手遅れであった。
丸山眞男訳、「現代における人間と政治」(1961年)

+++
「いてくれてありがとう」の心が排除される出来事について
イエスはイエス、ノーはノーとはっきり言える者でありたいと心から願っています。

   ◇   □   ○   ※   ☆

 まさに、警鐘ですね。

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2017年12月21日 (木)

「こども本の森中之島 仮称」 安藤忠雄さん

  建築家の安藤忠雄さんが「こども本の森 中之島(仮称)」という図書館を、ふるさとの大阪市に建てて寄贈されるというお話を知りました。 このことは、今年9月19日に発表されたそうです。

  およそ1000㎡ ・・・ 戸外や階段など、いろいろな場所で、伸び伸びと読書できるようにと構想されているそうで、子どもたちへのとてもすてきなプレゼントになるようです。

 がんと闘い、五つの臓器を摘出された体で、あと20年は建築の仕事を続けたいと元気に語る安藤さん ・・・ この図書館の蔵書や運営については、幅広く民間に寄附・協力を求め、民の力で進めていきたいとのことです。

  安藤さんは、テレビで、「誰も、死後の世界にお金を持っていくことは出来ない。私だけ例外ということにしてもらうわけにもいかない。 持っていけないお金をどう活かすかを考え、こどもにもっと本を読める環境を贈りたいと考えた。」という意味のことを語っておられました。

 カーネギーさんは、子ども時代に工場で糸巻きのボビンを渡す仕事をしながら、世界一の糸巻き渡しになると決心し、後に、ロックフェラーのような大富豪になると、得た富を社会のために役立てようと、多くの芸術家がその舞台に立つことを目指すようになったカーネギーホールを建て、子どもが集える図書館についても熱心で、実に2000近く建てたそうです。

 自分に与えられた賜物を活かし、得た利益を社会への還元、こどもたちへのよいプレゼントのために用いる ・・・ 安藤忠雄さんも、カーネギーさんもすてきな生き方をなさるなぁ、と嬉しくなりました。

  スマトラの孤児院からのSOSが、高山市の、長くサポートを続けている団体に届いているそうです。  よろしければ、下記を訪れてくださり、ご無理のない範囲で助力いただければ、幸いです。下記のブログを執筆している担当者は私の妹です。

 http://hidaaakyuen-iryou.cocolog-nifty.com/blog/

 今日も、よい日となりますように。 

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2017年6月 4日 (日)

「今こそ音楽の力を」 イギリス マンチェスターで 歌う

 5月22日にコンサート会場で自爆テロ事件が起きた英国マンチェスター・・・犠牲者を追悼する中心部の広場で、22歳の女性ミュージシャン、フランチェスカ・ピジョンさんが「イマジン」「ヘイ・ジュード」を歌いました。 写真は、岐阜新聞5月28日(日)朝刊からです。 ありがとうございます。

0003_2ピジョンさんは語ります。

「音楽の場が狙われ、本当に悲しい。少しでも力になりたい」

 聴衆の一人は「激しい怒りや悲しみでみんな心が疲れている。今は本当に音楽が心に染みるよ」と涙を浮かべて語ったそうです。

 とうとい働きをしているミュージシャンですね。 頭が下がります。

 聖書  平和をつくり出す人は幸いである。その人は神の子と呼ばれるから

 きょうは、日曜日。 教会では神様に礼拝が献げられます。

 よい日となりますように。

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2017年1月 7日 (土)

最年少プロ棋士と最年長プロ棋士の対戦

 1月6日夜、NHKテレビのナビゲーションNという番組で、愛知県瀬戸市の中学二年生、藤井聡太四段と将棋界の現役最長老、加藤一二三九段との対戦が紹介されていました。

 年齢差、六十二・・・ 藤井四段にとってはプロデビュー戦とのこと。
 結果は・・・藤井四段の勝利で終わりました。・・・ これは後で利いてくるかもしれないと、藤井四段が打った8五歩という手が、それから60手後に形勢を逆転し、相手を追い詰めることに生きたのです。
 将棋の駒の動かし方も忘れかかっている私が、番組をメモして、こう書いても、これは伝わりませんよね。 すみません。
 脳科学者がこの驚くべき14歳の能力と成長過程とを調べて、藤井君が幼いときから親しんでいた立体ブロック積み木が最善の手をきわめて短時間で直観する能力を育てるのに効力があったと述べていました。 脳の「けつ前部」「大脳基底核」というところの連携がきわめて優れているのだそうです。積み木詰め将棋に大いなるつながりがあるとのことでした。
 ただ、藤井君のお母さんから見ると、お母さんができない立体ブロックの組合わせを、そんなに苦労せずにさっさとやっていたそうなので、立体ブロック積み木をする前から、脳に直観力のもとのようなものが備わっていたのかも知れないと・・・おっとこれは私が勝手に思ったことです。
0003 文が長くなりますので、本日の日付にちなんで、七草がゆの写真を。
 さて、今日、私は何を書こうとしたのでしょう。ひと言で申しますと多分、「好きこそものの上手なれ」ということです。
 中島プロゴルファーは、上達法を問われると、「まず、ダンプカー数台分のゴルフボールを打ちなさい」 と話されるそうです。取り組むことにもよるでしょうが、「何事も一万時間取り組むとある程度見えてくるものがある」という説があるそうです。
 本当かな、と思っている暇があったら、ご自分が得意なものにかけてきた時間と、それほど得意でないものに注いできた時間を比べてみてください。得意なものにかけて来た時間のほうが、圧倒的に多いのではありませんか?
 昨日、書きました私の卓球 ・・・ これは、中学・高校時代にとっても熱心に打ち込みましたから、一万時間は越えていると思います。体力・筋力はダウンしていますが、若いときのレベルの何十%くらいかに達するのに一万時間は要らないと思います。
 ピアノの練習や読書などにも時間が欲しいですから、有限な時間の家計簿を構想して、焦点化してこれからの人生、まだまだ何かに習熟することは可能だと希望が湧いてまいりました。
 中学二年生のプロ棋士、藤井聡太くん、どうぞ、これからもどんどんご活躍ください。
 応援しつつ、私も自らの人生、頑張ります。
 今日もよい日となりますように。
 
 

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2016年9月10日 (土)

獣医を訪れたヘラジカ

 岐阜新聞9月9日朝刊の「海外こぼれ話」のこんな話が掲載されていました。

     ◇    □    ○    ※  ☆   

行くべき場所

 アメリカのアリゾナ州でのこと。 ある女性の自宅の庭に、ヘラジカが現れた。なんと角にタイヤと木の枝がぶらさがっていた。ブランコの一部がロープで絡みついて、動くたびに、その木の枝が揺れて顔にぶつかる状態だった。

 この女性は、怖がるヘラジカをなだめながらロープを切り、タイヤと木の枝を取り除いてやった。12時間かけて。

 地元のテレビは「ヘラジカはどこへ行けば助けてもらえるか知っていた。」と報道したそうです。 そうです。この女性は獣医さんだったのです。

                  ◇    □    ○    ※  ☆

  最初に「ある女性の自宅の庭」とありますから、おそらく仕事場である医院は別のところにあるのでしょう。いえ、ヘラジカが病院の看板を見てやってきたのではないらしいと思ったものですから。

 困ったヘラジカが訪れたのが獣医さんの庭だったのは偶然だったのか、本能のなせるわざだったのか・・・ それとも何か他に不思議な力が働いたのか、そうしたことは分かりませんが、私たちも、どこか、行くべき場所があるのではないか 助けを求めて行く所か、あるいは、助けを待っている人の所か  何だか、そんなことを思いました。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

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2015年12月 7日 (月)

星は光り続ける 雲にさえぎられることは あれど

 パリでのテロ事件で犠牲になった女性のご主人が、インターネットを通じて表明したメッセージ ・・・ ご覧になって心を打たれた方は多いと思います。私もその一人です。

 強い愛と意志、そして勇気をもって発信されたそのメッセージを改めて、敬意を表しつつ掲載させていただきます。
 テロで妻を失ったレリスさんのメッセージ
(和訳全文)
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金曜の夜、君たちは素晴らしい人の命を奪った。
私の最愛の人であり、息子の母親だった。
でも君たちを憎むつもりはない。
君たちが誰かも知らないし、知りたくもない。
君たちは死んだ魂だ。
君たちは、神の名において無差別な殺戮をした。
もし神が自らの姿に似せて我々人間をつくったのだとしたら、
妻の体に撃ち込まれた銃弾の一つ一つは
神の心の傷となっているだろう。
だから、決して君たちに憎しみという贈り物はあげない。
君たちの望み通りに怒りで応じることは、
君たちと同じ無知に屈することになる。
君たちは、私が恐れ、隣人を疑いの目で見つめ、
安全のために自由を犠牲にすることを望んだ。
だが君たちの負けだ。
(私という)プレーヤーはまだここにいる。
今朝、ついに妻と再会した。
何日も待ち続けた末に。
彼女は金曜の夜に出かけた時のまま、
そして私が恋に落ちた
12年以上前と同じように美しかった。
もちろん悲しみに打ちのめされている。
君たちの小さな勝利を認めよう。
でもそれはごくわずかな時間だけだ。
妻はいつも私たちとともにあり、
再び巡り合うだろう。
君たちが決してたどり着けない
自由な魂たちの天国で。
私と息子は2人になった。
でも世界中の軍隊よりも強い。
そして君たちのために割く時間はこれ以上ない。
昼寝から目覚めたメルビルのところに行かなければいけない。
彼は生後17カ月で、
いつものようにおやつを食べ、
私たちはいつものように遊ぶ。
そして幼い彼の人生が幸せで自由であり続けることが
君たちを辱めるだろう。
彼の憎しみを勝ち取ることもないのだから。
      (朝日新聞DEGITAL)
 今日も、よい日となりますように。

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2015年10月28日 (水)

大学祭 

0006  岐阜大学の大学祭のゲートが設置されました。29日から始まるのですが、特に10月31日(土)・11月1日(日)の両日は、農学部・・・応用生物学部・・・が花木などを値打ちに販売する企画もあり、休日でもありますからお薦めかと思います。 よろしければ、お出かけください。 駐車場も開放されております。

  このゲート、なかなかの力作で、別面はレイアウト、配色が異なっています。
 学生たちが、ベニヤ板や木材を金槌と釘を持って、掲示板などを作り上げている光景を、そこここで見かけます。
  女子学生も、私などよりよほど釘打ちが上手に見えます。 頼もしいですね。 もちろん、それぞれ専門の学問においても情熱を注いでいるようです。
 フレー フレー  若者たち ・・・ そういえば、私の学生時代、オーケストラでは、「ブラームスの「大学祝典序曲」などを演奏したのでした。 懐かしいです。
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 今日も、よい日となりますように。

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2015年9月 8日 (火)

「新図書館利用 居心地に満足」

 9月6日の岐阜新聞朝刊の投書欄に、岐阜市の複合施設「みんなの森 ぎふメディアコスモス」について、「新図書館利用 居心地に満足」という記事が掲載されていました。

 ※ クリックしていただくと、画像が少し大きくなると思います。 書かれたのは、岐阜市在住の桐山 桂さん(74歳)とのこと。
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 文中の「閉じられた本は識者を作らず」ということば、そして司馬遼太郎さんのことばとして引用されている「三行書くのに図書館いっぱいほどの本を読む」が、印象に残りました。
 私も、新しいこの図書館をとても大好きです。 
 作家、宮城谷昌光さんは、「正しいことが必ず力をもつ。これを文化という。」とある書に記しておられます。
 そうした奥行きのある文化を築くためにも、せっせと図書館に通いたいと願っています。
 今日も、よい日となりますように。

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