2009年11月26日 (木)

映画 「博士の愛した数式」から

 先週、テレビで、映画「博士の愛した数式」を見ました。

 数字のおもしろさ ・・・ 素数、友愛数、完全数 というようなことばが出てきて、得意ではない数学が何だかおもしろく思えました。

 博士が小学生に文章題の解き方を手ほどきするとき、まず問題文をリズムよく読めるようにすることが大事なのだと語り、小学生の男の子の音読するのをじっと聞いていて具体的にほめるところが印象に残りました。

 『国家の品格』を書いた藤原正彦さん(山岳小説を書いた新田次郎さんの息子さんです)は、「一輪の花を美しいと感じる心が数学」と、ある本に書いておられますが、それと通ずる言葉がこの映画の結びに画面に現れました。

 「 一つぶの砂に  一つの世界を見

  一輪の野の花に 一つの天国を見

  てのひらに 無限を乗せ

  一時(ひととき)のうちに 永遠を感じる」     ウイリアム・ブレイク

  見終わった後にさわやかな気持ちになる ・・・ そういう映画は、きっといい映画なのでしょうね。

 今、映画館に掛かっている映画では デイッケンズ原作の「クリスマス・キャロル」 ・・・3Dアニメだそうですね ・・・ 眼鏡をかけると立体的に見えるというのでしょうか。 ・・・ そうだとすると、DVDが出てから家庭のテレビで見るというわけにはいかないかもしれませんし。

 その映画を見たい気がしています。 私が小学生の時に、教会学校のクリスマス劇で、スクルージの役をした思い出が誘っているのかも知れません。 好演の評判を聞いた映画会社が子役の誘いに来た  というようなことは、いっさいありませんでしたよ。(念のため)

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月30日 (水)

映画(DVD) 赤毛のアン 第三作

  えっ、百円で映画が観られるのですか ・・・ 60歳を過ぎると、千円という入場料金で観られるところがあるのですが、DVDとはいえ、百円というのは,うれしいですね。

 というわけで、借りてきたのが、「赤毛のアン」シリーズ第三作 ・・・この映画の第二作までは,かなり前に観て、特に第一作ではカナダの美しい風景に目を奪われました。

 第二作はアンが教師として活躍し、ギルバートと婚約するところまでだったと思います。

 第三作は、副題にアンとギルバートの結婚とありますので、美しい映画を期待したのです。

 ところが、ところが ・・・ 慌ただしく結婚して,ギルバートは志願して戦争へ行き、音信不通になり、アンはフランス、イギリス、ドイツという具合に戦火の中をギルバートを捜してまわるという思ってもみない展開でした。

 第一作、第二作とは、なんと大きな違いでしょう。

 でも、戦争がどんなにそれまでの美しい日々を一転させ、切り刻み、平和な生活を奪ってしまうものかと、改めて描いて見せてくれているのだとも思いました。

 『赤毛のアン』は十巻まであるのですが、私はその最初のほうしか読んでいなかったのでこのような戸惑いもあったのかもしれません。

 映画には、完全オリジナル版と出ていたので、それがどういう意味なのかもつきとめなくてはいけないかもしれません。

 どなたか、『赤毛のアン』の全貌に詳しい方がおられましたら、お教えください。

 さて、9月も今日がフィナーレです。 おお、私の身近な女性の誕生日ではありませぬか。それにかこつけて、何かおいしい物を楽しくいただく日といたします。

 今日も,特別、よい日となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月29日 (水)

電波の「解凍」

 「解凍」と申しましても、電子レンジではなく、テレビの電波のお話です。

 地上アナログ放送が地上デジタル放送に切り替わるのがご存じのように20011年7月だそうです。

 地上デジタル放送 ・・・ いわゆる地デジ ・・・このことばは、どなたが聞いてもよい響きには聞こえないと思います。

 まず、それがスムーズな切り替わりを阻んでいるように思います。

 それはそれとして、地上デジタル放送は、精細でくっきりした映像が楽しめること・・・電波に一定以上の強さがあれば、映像が重なったりずれたりして見えるゴーストがおきないそうです。

 また、ドラマの出演者や、番組に出てきたお店の情報などの付加情報を同時に受信できるとのことです。

 一週間先まで表示できる電子番組表も利用できます。

 けれど、アナログ放送を受信していた機器は、そのままでは使えないという問題があります。新しいテレビの価格はだいぶん、下がっては来ましたけれど。

 それから、私が心配することではありませんが、女性の出演者は、今まで以上にお化粧に念を入れる必要があるようです。

 今宵(28日)の月は、なかなか風情がありますが、以前、望遠鏡で見たときには、それまで鏡のように思えていた月に、実はたくさんの凹凸、クレーターがあるのが丸見えになったのを思い出します。  上の文章とのつながり、お察しくださいますか。

 それから、アナログの時よりもたくさんのデータを電波に込めているので、それをいわば解凍する時間が必要になり、時報がアナログテレビよりも2秒ほど遅くなるそうです。

 でも、2011年には、切り替わるのだそうです。

 技術が進むといいことばかりではないことをこんなところからも思いますね。

 ちなみに我が家では、地上デジタル放送が受信できるDVDレコーダをアナログのテレビにつないでデジタルの番組も見ています。アンテナもデジタル放送が受けられるように整備しました。

 精細な美しさは味わえませんが、それもまたよしか、などと思っております。

 デジタル放送も見られ、パソコンもつなぐことの出来るテレビ・モニタも安くなってきました。 でも、そういう環境にするとおそらく、パソコンでの仕事はあまりすすまないでしょうね。

 いろいろ考えつつ、この連休をすごすのかもしれません。

 今、ふっと、思いました。  「 夜目 遠目 傘の内 」 ・・・ やっぱりデジタルハイビジョンを買うのは見合わせようかと ・・・

 よき日、よきゴールデンウイークとなりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月21日 (火)

映画「四日間の奇跡」

 「四日間の奇跡」 ・・・ 映画館で観たことがあるこの映画を、テレビで放送していたので録画して、もう一度観ました。

 有望なピアニストが、小さな女の子を銃弾から守ったのですが、大事な手を撃たれてしまい、ピアノを続けられなくなりました。そのときにかばった女の子は重い知的障害があるのですが、あるときからピアノに卓越した才能があることを示しはじめ、このピアニストはその才能を開花させることに懸命に尽くします。 ・・・ 映画の筋を紹介するのは野暮ですからこのくらいにさせていただきますね ・・・

  ある施設に勤めて懸命に働いている女性が、その施設の入所者の心のよりどころとなっていることも描かれています。

 映画館に観に行ったとき、当時、介護福祉士として働いていた家内は、その女性の姿に励まされ、自分の仕事に向かったそうです。

 映画の中でベートーベンの「月光の曲」がすてきに演奏されます。

 いろいろなエピソードのある「月光」ですが、私もたどたどとでなく心を込めてこの曲が演奏できるようになりたいと思います。

 よき日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2009年4月15日 (水)

映画「ミス・ポター」

 近所のビデオ屋さんが、特売期間を設けていたので、DVDを百円で借りてきました。

 昨年、映画館で上映されていた比較的新しい映画「ミス・ポター」です。

 ご存じの方が多くて、むしろこのブログのほうが皆さんより遅れているだろうとも思うのですが、書かせていただきます。

 主人公のミス・ポターは実在の絵本作家 ・・・ 「ピーターラビット」の産みの親です。このシリーズの売り上げによる収益は、イギリスの湖水地方を保つために捧げられています。

 この映画に登場する湖水地方の美しいこと ・・・ 秀逸ですね。

 フィアンセの突然の病死もあって、幸せな場面ばかりではないのですが、後味のよい美しい映画なので、一度見終わった後、すぐに二回目の上映となりました。

 もし、まだこの映画をご覧になっていない方がおありで、そしてDVDを安く借りられる機会がめぐってきましたら、ご覧ください。

  ピーターラビットの絵の付いたマグカップが我が家にあったような気がしたのですが、家にあるのはぐりとぐらでした。

 今日もよい日となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月28日 (土)

『ハイジ』

  『ハイジ』 ヨハンナ・スピリ ・・・ 「アルプスのハイジ」 は、TVのアニメで人気を博しました。そのスポンサーにちなんで、「カルピスの少女」などと言われたこともありました。

 2月も末になって、今年の正月に録画した『ハイジ』を見ました。いつか見ようと思いながら見ずにたまっていく番組の多いこと ・・・ これは、欲張りかもしれませんね。

 アルプスの美しさ、そして周囲から敬遠され、冷えていたアルムおんじの心がハイジによってほぐされていくことなどがよく描かれている実写の映画でした。ペーターのおばあさんにとってもハイジはすてきな存在となりましたし、クララにとってもそうでしたね。

  たまたま、昨夜は「サウンド・オブ・ミュージック」が放映されていたのですが、閉ざされていたトラップ大佐の心がマリアや音楽の力によって開かれていくのが印象に残りました。

  寒さの厳しい地方にもエーデルワイスが咲くように、心が、そして身体が、また家族の状況が心に添ったようには展開しないときにも、希望をしっかりともって歩んでいけたらと思います。

 希望をもって歩むにはアルプスのような美しい自然も大切ですが、少女ハイジや、マリヤ、そして『小公女』のセーラー、『小公子』のセドリックなど、前向きに元気に歩む人物の存在が何といっても大きいですよね。

 物語の主人公のような人物が現実にいるかどうかはなかなか難しいですけれど、人間というのはおたがいをそのような存在へと高め合っていける力も与えられているように思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月26日 (金)

映画「ベン・ハー」

 先日、テレビで「ベン・ハー」を放送していました。封切られたときに映画館で観て以来、何回か観たことがあり、大作なので、今回はかいつまんで観たのですが、記憶にある以上にイエス・キリストが大きく登場していることに今回、気がつきました。

 原作者は、神がいないことを証明しようと意気込んでスタートしたのだそうですが、聖書を初め、いろいろな書物、歴史書などを調べていく内に、神がいることを確信するようになりました。

 作者のその歩みを反映して、復讐心に燃えていたベン・ハーは神を信じ、愛に生きる人へと変えられていきます。

 聖書の最初の巻、創世記の冒頭は次の言葉で始まっています。

初めに、神が天と地を創造した。

 これが聖書に記され、あかしされている神です。この世を、そして人をも創造されました。

 人に作られた神ではなく、人をも創造された神なのです。

 ベン・ハーの原作者のように、「神などいるはずがない」というところから出発なさってよいのです。真剣に神様が実在するかどうかという問いに、人生をかけて向き合ってみませんか。

 聖書は、「創世記」から始まって、「ヨハネの黙示録」まで、66巻の書物からなっています。キリストが誕生する以前に書かれた39巻の旧約聖書と、 キリストが誕生してから以後に書かれた27巻の新約聖書。合計66巻です。ご存じのように紀元前と紀元後は次のように分けられています。

  紀元前をB.C.、紀元後をA.D.と略して記されます。B.C.は英語の Before Christ で「キリスト以前」の意味。A.D.はラテン語の Anno Domini で「主の年」の意味です。つまり西暦は、 キリストであるイエスの誕生年を基準にしているわけです。 ーインターネット上の辞書Wikipediaより ー

 映画「ベン・ハー」から書き始めて、つい熱が入りましたが、どの人の人生にとっても、神がいるのかどうかという問いと真剣に向き合うことはたいへん重要だと私は考えています。

 今日もよい日となりますように。

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年8月31日 (日)

映画「明日への記憶」

 映画「明日への記憶」 主演 渡辺謙・樋口可南子 ・・・ 50歳目前のばりばりの働き手が、アルツハイマー病と診断され、それまでの人生が一変してしまいます。

 「俺が俺でなくなっても平気か?」 「平気じゃないわ、誰だって・・・ でも、私はここにいます。」

 備忘録を書き、若い頃に二人が結婚するきっかけとなった陶芸に久しぶりに取り組み・・・

 脳の海馬と呼ばれる、記憶をする部分がぽっかりと欠落していき、血流も悪くなる ・・・

 この映画は、既に観られた方もおありと思いますので、これ以上は略させていただきます。

 ここからは、友人に聴かせてもらった実話です。ヨーロッパのある修道尼が、アルツハイマーになり、だんだん記憶が薄れていくことに気がつき、一つのことを恐れていました。

 「私がイエス・キリストを忘れてしまう日が来たらどうしよう・・・」

 ただ、そのことだけを恐れ、沈んでいた彼女の顔が、ある日、突然、輝くように明るくなりました。

 「何が・・・ 何があったの」 と尋ねる人たちに彼女は答えたそうです。

 「聖書を読んでいて、私、はっきり分かったの。確信したの。たとえ、私がイエス様を忘れても、イエス様は決して私を忘れないことが、そして愛していてくださること・・・・・・

 何という恵み、そして何という平安でしょう。私もその恵みの内に生かされているのです。   そして、あなたも・・・。

 今日は、日曜日、キリスト教会では聖書に基づくメッセージが語られます。

 よき日となりますように。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年8月11日 (月)

映画「椿姫」

 DVDで「椿姫」を見ました。確か、原作者は小デュマ・・・ダルタニヤンの活躍する「三銃士」を書いたデュマの息子でしたね。

 臨終の床にあるマルグリット(グレタ・ガルボ)のもとに訪れたアルマン ・・・ 彼を待たせておいて忠実な召使いナニーヌは、マルグリットに告げます。

「He is here now !!」 ・・・ ぱっとマルグリットに生気がよみがえりました。

 この一言が印象に残りました。ヴェルディの歌劇にもなった名作のあらすじを書くのはやめて、他の映画での印象に残った一言

 ディズニー映画「アラジン」で、空飛ぶ絨毯に乗ったアラジンが姫君に手を差し出して彼女にも絨毯に乗るように呼びかけます。そのときの一言 ・・・ 「ぼくを信じろ」

 実際の人生では、そうそうすてきな一言は生まれないかもしれませんね。でも、生まれたときには、「事実は小説よりも奇なり」というのは少しニュアンスが違うかもしれませんけれど・・・「歴史の必然」も後押しして、すばらしい一言として末永く語り伝えられ、多くの人を鼓舞するものとなるのではないでしょうか。

 日常の生活の中で心を通わし、心と心を結ぶことばは歴史には残らないかもしれませんが、歴史に残ることば以上に重要かもしれません。

 考えてみますと語られた一言よりも、語られずに終わった一言 ・・・  そのことばを待ち望んでいた相手に届かなかった一言のほうが圧倒的に数が多いのかも知れません。

 発せられなかったことばを抱えて歩む人と、発してしまったことばを取り返せずに後悔して歩む人と ・・・ どちらが多いのでしょう。これは、数量の世界の対象ではなく、文学やそのほかの芸術の範疇に属することでしょうね。

 うーん、名画に心を動かされて、自分では簡単に抜けられない世界に思いを馳せてしまいました。 いつもながら、まとまらない文をお読みいただき、ありがとうございます。

 今日も、よき一日となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月14日 (月)

「めぐりあい」という映画

 「邂逅(めぐりあい)」という映画をごらんになった方、おられると思います。

 船旅で親しくなった男女が、六か月後に当時、世界で一番高かったエンパイアステートビルの102階の展望台での再会を約束していったん別れます。

 二人はそれぞれのそれまでの婚約者との婚約を解消し、六か月後にベストの自分を相手に見てもらおうと精進します。

 ・・・ さて、この二人は再会できたのでしょうか。

 魅力ある原作なので、「めぐりあい」は三回、映画化されています。

 最初が、1933年、シャルル・ポワイエとアイリーン・ダンという女優さん、二回目は1957年、ケーリー・グラントとデボラ・カー(確か、ユル・ブリンナーと「王様と私」というミュージカル映画に出ていますね)、三回目は1994年、ウオーレン・ビーティとアネット・ベニング主演だそうです。

 一回目と二回目はレオ・マッケリーという同じ監督が作成していますから、この監督自身も魅せられていたということですね。

 私は、三回目のは見ていないのですが、一回目と二回目のは複数回見る機会がありました。

 この「めぐりあい」を受けて、「めぐりあえたら」というトム・ハンクスとメグ・ライアンの映画が作られ、そこでもエンパイア・ステートビルが大事な舞台の役割を果たしていますね。

 「めぐりあい」の一作目は、500円のDVDで見ることができます。

 いい映画とのめぐりあいは、人生のよき楽しみの一つですね。皆様のご覧になった映画から、おすすめの作品がありましたら、ご紹介くだされば幸いです。

 今日もよい日となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)