2009年9月30日 (水)

映画(DVD) 赤毛のアン 第三作

  えっ、百円で映画が観られるのですか ・・・ 60歳を過ぎると、千円という入場料金で観られるところがあるのですが、DVDとはいえ、百円というのは,うれしいですね。

 というわけで、借りてきたのが、「赤毛のアン」シリーズ第三作 ・・・この映画の第二作までは,かなり前に観て、特に第一作ではカナダの美しい風景に目を奪われました。

 第二作はアンが教師として活躍し、ギルバートと婚約するところまでだったと思います。

 第三作は、副題にアンとギルバートの結婚とありますので、美しい映画を期待したのです。

 ところが、ところが ・・・ 慌ただしく結婚して,ギルバートは志願して戦争へ行き、音信不通になり、アンはフランス、イギリス、ドイツという具合に戦火の中をギルバートを捜してまわるという思ってもみない展開でした。

 第一作、第二作とは、なんと大きな違いでしょう。

 でも、戦争がどんなにそれまでの美しい日々を一転させ、切り刻み、平和な生活を奪ってしまうものかと、改めて描いて見せてくれているのだとも思いました。

 『赤毛のアン』は十巻まであるのですが、私はその最初のほうしか読んでいなかったのでこのような戸惑いもあったのかもしれません。

 映画には、完全オリジナル版と出ていたので、それがどういう意味なのかもつきとめなくてはいけないかもしれません。

 どなたか、『赤毛のアン』の全貌に詳しい方がおられましたら、お教えください。

 さて、9月も今日がフィナーレです。 おお、私の身近な女性の誕生日ではありませぬか。それにかこつけて、何かおいしい物を楽しくいただく日といたします。

 今日も,特別、よい日となりますように。

 

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2009年4月29日 (水)

電波の「解凍」

 「解凍」と申しましても、電子レンジではなく、テレビの電波のお話です。

 地上アナログ放送が地上デジタル放送に切り替わるのがご存じのように20011年7月だそうです。

 地上デジタル放送 ・・・ いわゆる地デジ ・・・このことばは、どなたが聞いてもよい響きには聞こえないと思います。

 まず、それがスムーズな切り替わりを阻んでいるように思います。

 それはそれとして、地上デジタル放送は、精細でくっきりした映像が楽しめること・・・電波に一定以上の強さがあれば、映像が重なったりずれたりして見えるゴーストがおきないそうです。

 また、ドラマの出演者や、番組に出てきたお店の情報などの付加情報を同時に受信できるとのことです。

 一週間先まで表示できる電子番組表も利用できます。

 けれど、アナログ放送を受信していた機器は、そのままでは使えないという問題があります。新しいテレビの価格はだいぶん、下がっては来ましたけれど。

 それから、私が心配することではありませんが、女性の出演者は、今まで以上にお化粧に念を入れる必要があるようです。

 今宵(28日)の月は、なかなか風情がありますが、以前、望遠鏡で見たときには、それまで鏡のように思えていた月に、実はたくさんの凹凸、クレーターがあるのが丸見えになったのを思い出します。  上の文章とのつながり、お察しくださいますか。

 それから、アナログの時よりもたくさんのデータを電波に込めているので、それをいわば解凍する時間が必要になり、時報がアナログテレビよりも2秒ほど遅くなるそうです。

 でも、2011年には、切り替わるのだそうです。

 技術が進むといいことばかりではないことをこんなところからも思いますね。

 ちなみに我が家では、地上デジタル放送が受信できるDVDレコーダをアナログのテレビにつないでデジタルの番組も見ています。アンテナもデジタル放送が受けられるように整備しました。

 精細な美しさは味わえませんが、それもまたよしか、などと思っております。

 デジタル放送も見られ、パソコンもつなぐことの出来るテレビ・モニタも安くなってきました。 でも、そういう環境にするとおそらく、パソコンでの仕事はあまりすすまないでしょうね。

 いろいろ考えつつ、この連休をすごすのかもしれません。

 今、ふっと、思いました。  「 夜目 遠目 傘の内 」 ・・・ やっぱりデジタルハイビジョンを買うのは見合わせようかと ・・・

 よき日、よきゴールデンウイークとなりますように。

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2009年4月21日 (火)

映画「四日間の奇跡」

 「四日間の奇跡」 ・・・ 映画館で観たことがあるこの映画を、テレビで放送していたので録画して、もう一度観ました。

 有望なピアニストが、小さな女の子を銃弾から守ったのですが、大事な手を撃たれてしまい、ピアノを続けられなくなりました。そのときにかばった女の子は重い知的障害があるのですが、あるときからピアノに卓越した才能があることを示しはじめ、このピアニストはその才能を開花させることに懸命に尽くします。 ・・・ 映画の筋を紹介するのは野暮ですからこのくらいにさせていただきますね ・・・

  ある施設に勤めて懸命に働いている女性が、その施設の入所者の心のよりどころとなっていることも描かれています。

 映画館に観に行ったとき、当時、介護福祉士として働いていた家内は、その女性の姿に励まされ、自分の仕事に向かったそうです。

 映画の中でベートーベンの「月光の曲」がすてきに演奏されます。

 いろいろなエピソードのある「月光」ですが、私もたどたどとでなく心を込めてこの曲が演奏できるようになりたいと思います。

 よき日となりますように。

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2009年4月15日 (水)

映画「ミス・ポター」

 近所のビデオ屋さんが、特売期間を設けていたので、DVDを百円で借りてきました。

 昨年、映画館で上映されていた比較的新しい映画「ミス・ポター」です。

 ご存じの方が多くて、むしろこのブログのほうが皆さんより遅れているだろうとも思うのですが、書かせていただきます。

 主人公のミス・ポターは実在の絵本作家 ・・・ 「ピーターラビット」の産みの親です。このシリーズの売り上げによる収益は、イギリスの湖水地方を保つために捧げられています。

 この映画に登場する湖水地方の美しいこと ・・・ 秀逸ですね。

 フィアンセの突然の病死もあって、幸せな場面ばかりではないのですが、後味のよい美しい映画なので、一度見終わった後、すぐに二回目の上映となりました。

 もし、まだこの映画をご覧になっていない方がおありで、そしてDVDを安く借りられる機会がめぐってきましたら、ご覧ください。

  ピーターラビットの絵の付いたマグカップが我が家にあったような気がしたのですが、家にあるのはぐりとぐらでした。

 今日もよい日となりますように。

 

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2009年2月28日 (土)

『ハイジ』

  『ハイジ』 ヨハンナ・スピリ ・・・ 「アルプスのハイジ」 は、TVのアニメで人気を博しました。そのスポンサーにちなんで、「カルピスの少女」などと言われたこともありました。

 2月も末になって、今年の正月に録画した『ハイジ』を見ました。いつか見ようと思いながら見ずにたまっていく番組の多いこと ・・・ これは、欲張りかもしれませんね。

 アルプスの美しさ、そして周囲から敬遠され、冷えていたアルムおんじの心がハイジによってほぐされていくことなどがよく描かれている実写の映画でした。ペーターのおばあさんにとってもハイジはすてきな存在となりましたし、クララにとってもそうでしたね。

  たまたま、昨夜は「サウンド・オブ・ミュージック」が放映されていたのですが、閉ざされていたトラップ大佐の心がマリアや音楽の力によって開かれていくのが印象に残りました。

  寒さの厳しい地方にもエーデルワイスが咲くように、心が、そして身体が、また家族の状況が心に添ったようには展開しないときにも、希望をしっかりともって歩んでいけたらと思います。

 希望をもって歩むにはアルプスのような美しい自然も大切ですが、少女ハイジや、マリヤ、そして『小公女』のセーラー、『小公子』のセドリックなど、前向きに元気に歩む人物の存在が何といっても大きいですよね。

 物語の主人公のような人物が現実にいるかどうかはなかなか難しいですけれど、人間というのはおたがいをそのような存在へと高め合っていける力も与えられているように思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

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2008年9月26日 (金)

映画「ベン・ハー」

 先日、テレビで「ベン・ハー」を放送していました。封切られたときに映画館で観て以来、何回か観たことがあり、大作なので、今回はかいつまんで観たのですが、記憶にある以上にイエス・キリストが大きく登場していることに今回、気がつきました。

 原作者は、神がいないことを証明しようと意気込んでスタートしたのだそうですが、聖書を初め、いろいろな書物、歴史書などを調べていく内に、神がいることを確信するようになりました。

 作者のその歩みを反映して、復讐心に燃えていたベン・ハーは神を信じ、愛に生きる人へと変えられていきます。

 聖書の最初の巻、創世記の冒頭は次の言葉で始まっています。

初めに、神が天と地を創造した。

 これが聖書に記され、あかしされている神です。この世を、そして人をも創造されました。

 人に作られた神ではなく、人をも創造された神なのです。

 ベン・ハーの原作者のように、「神などいるはずがない」というところから出発なさってよいのです。真剣に神様が実在するかどうかという問いに、人生をかけて向き合ってみませんか。

 聖書は、「創世記」から始まって、「ヨハネの黙示録」まで、66巻の書物からなっています。キリストが誕生する以前に書かれた39巻の旧約聖書と、 キリストが誕生してから以後に書かれた27巻の新約聖書。合計66巻です。ご存じのように紀元前と紀元後は次のように分けられています。

  紀元前をB.C.、紀元後をA.D.と略して記されます。B.C.は英語の Before Christ で「キリスト以前」の意味。A.D.はラテン語の Anno Domini で「主の年」の意味です。つまり西暦は、 キリストであるイエスの誕生年を基準にしているわけです。 ーインターネット上の辞書Wikipediaより ー

 映画「ベン・ハー」から書き始めて、つい熱が入りましたが、どの人の人生にとっても、神がいるのかどうかという問いと真剣に向き合うことはたいへん重要だと私は考えています。

 今日もよい日となりますように。

 

 

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2008年8月31日 (日)

映画「明日への記憶」

 映画「明日への記憶」 主演 渡辺謙・樋口可南子 ・・・ 50歳目前のばりばりの働き手が、アルツハイマー病と診断され、それまでの人生が一変してしまいます。

 「俺が俺でなくなっても平気か?」 「平気じゃないわ、誰だって・・・ でも、私はここにいます。」

 備忘録を書き、若い頃に二人が結婚するきっかけとなった陶芸に久しぶりに取り組み・・・

 脳の海馬と呼ばれる、記憶をする部分がぽっかりと欠落していき、血流も悪くなる ・・・

 この映画は、既に観られた方もおありと思いますので、これ以上は略させていただきます。

 ここからは、友人に聴かせてもらった実話です。ヨーロッパのある修道尼が、アルツハイマーになり、だんだん記憶が薄れていくことに気がつき、一つのことを恐れていました。

 「私がイエス・キリストを忘れてしまう日が来たらどうしよう・・・」

 ただ、そのことだけを恐れ、沈んでいた彼女の顔が、ある日、突然、輝くように明るくなりました。

 「何が・・・ 何があったの」 と尋ねる人たちに彼女は答えたそうです。

 「聖書を読んでいて、私、はっきり分かったの。確信したの。たとえ、私がイエス様を忘れても、イエス様は決して私を忘れないことが、そして愛していてくださること・・・・・・

 何という恵み、そして何という平安でしょう。私もその恵みの内に生かされているのです。   そして、あなたも・・・。

 今日は、日曜日、キリスト教会では聖書に基づくメッセージが語られます。

 よき日となりますように。

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2008年8月11日 (月)

映画「椿姫」

 DVDで「椿姫」を見ました。確か、原作者は小デュマ・・・ダルタニヤンの活躍する「三銃士」を書いたデュマの息子でしたね。

 臨終の床にあるマルグリット(グレタ・ガルボ)のもとに訪れたアルマン ・・・ 彼を待たせておいて忠実な召使いナニーヌは、マルグリットに告げます。

「He is here now !!」 ・・・ ぱっとマルグリットに生気がよみがえりました。

 この一言が印象に残りました。ヴェルディの歌劇にもなった名作のあらすじを書くのはやめて、他の映画での印象に残った一言

 ディズニー映画「アラジン」で、空飛ぶ絨毯に乗ったアラジンが姫君に手を差し出して彼女にも絨毯に乗るように呼びかけます。そのときの一言 ・・・ 「ぼくを信じろ」

 実際の人生では、そうそうすてきな一言は生まれないかもしれませんね。でも、生まれたときには、「事実は小説よりも奇なり」というのは少しニュアンスが違うかもしれませんけれど・・・「歴史の必然」も後押しして、すばらしい一言として末永く語り伝えられ、多くの人を鼓舞するものとなるのではないでしょうか。

 日常の生活の中で心を通わし、心と心を結ぶことばは歴史には残らないかもしれませんが、歴史に残ることば以上に重要かもしれません。

 考えてみますと語られた一言よりも、語られずに終わった一言 ・・・  そのことばを待ち望んでいた相手に届かなかった一言のほうが圧倒的に数が多いのかも知れません。

 発せられなかったことばを抱えて歩む人と、発してしまったことばを取り返せずに後悔して歩む人と ・・・ どちらが多いのでしょう。これは、数量の世界の対象ではなく、文学やそのほかの芸術の範疇に属することでしょうね。

 うーん、名画に心を動かされて、自分では簡単に抜けられない世界に思いを馳せてしまいました。 いつもながら、まとまらない文をお読みいただき、ありがとうございます。

 今日も、よき一日となりますように。

 

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2008年7月14日 (月)

「めぐりあい」という映画

 「邂逅(めぐりあい)」という映画をごらんになった方、おられると思います。

 船旅で親しくなった男女が、六か月後に当時、世界で一番高かったエンパイアステートビルの102階の展望台での再会を約束していったん別れます。

 二人はそれぞれのそれまでの婚約者との婚約を解消し、六か月後にベストの自分を相手に見てもらおうと精進します。

 ・・・ さて、この二人は再会できたのでしょうか。

 魅力ある原作なので、「めぐりあい」は三回、映画化されています。

 最初が、1933年、シャルル・ポワイエとアイリーン・ダンという女優さん、二回目は1957年、ケーリー・グラントとデボラ・カー(確か、ユル・ブリンナーと「王様と私」というミュージカル映画に出ていますね)、三回目は1994年、ウオーレン・ビーティとアネット・ベニング主演だそうです。

 一回目と二回目はレオ・マッケリーという同じ監督が作成していますから、この監督自身も魅せられていたということですね。

 私は、三回目のは見ていないのですが、一回目と二回目のは複数回見る機会がありました。

 この「めぐりあい」を受けて、「めぐりあえたら」というトム・ハンクスとメグ・ライアンの映画が作られ、そこでもエンパイア・ステートビルが大事な舞台の役割を果たしていますね。

 「めぐりあい」の一作目は、500円のDVDで見ることができます。

 いい映画とのめぐりあいは、人生のよき楽しみの一つですね。皆様のご覧になった映画から、おすすめの作品がありましたら、ご紹介くだされば幸いです。

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年7月 5日 (土)

アニメと実写 ?

 「猫の恩返し」というアニメ映画がテレビで放送されています。

 「平成 狸合戦」でしたか、そういうアニメが放送されたときに、家内が「あの狸、誰かさんにそっくり」と笑いながら言ったことがあり、私としてはマンガの狸にそっくりと言われたことにつむじを曲げているので、同じ監督の作品である「猫の恩返し」も、見る気にならないのです。

 「となりのトトロ」とか「耳をすませば」などは、なかなかいい作品でしたね。

 でも、「平成 狸合戦」と「猫の恩返し」は、見ません。

 プンプン ・・・ そういうわけで、今回のブログは短めです。久しぶりにインスタントラーメンでも食べようかというほどの気分です ・・ でも食べてどうなるというものでもありませんので、それはやめます。 やけ食いなどして、その結果は自分にふりかかってくるのですから  えらい、えらい ・・・ よく我慢したね。

 では、7月5日もよい日となりますように。

 

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2008年6月23日 (月)

映画「西の魔女が死んだ」

 映画「西の魔女が死んだ」を観てきました。梨木香歩 原作の小説は十数年前に発売され、ロングセラーだそうです。

 おばあちゃん役のサチ・パーカーさんは、女優シャーリー・マクレーンの娘で、12歳まで日本で生活していたのだそうです。

 実は、6月20日の新聞にこうしたことが掲載されていて、21日から上映ということだったので、上映初日に観に行くことにしたのです。

 映画を撮影したオープンセットは、山梨県北杜市・清里に建造され、この家も一般に公開されることになったと、これも新聞にありました。

 美しい自然の中で、出演者もきわめて少なく、大きな事件はないといってもよいような静かな日常が描かれています。家内は、もう一度観たいと申しております。映画の筋も気に入ったのですが、家の造りとか、調度品とか、食事などをゆっくりみたいということのようです。

 約2時間のこの映画、まだ観ておられなくて、行ってみようかなという方はどうぞ。

 新聞でも宣伝されていますし、特に映画については事前にあまり詳しく内容を紹介しないのがマナーでしょうね。時期も異なりますが、たとえば、NHKの紅白歌合戦、出場歌手、歌う歌、出場順まで事前に掲載されますが、本当は、できるだけ伏せておいたほうが観る楽しみが増すように思っているのは私だけでしょうか。

 言わぬが花  ・・・  秘すれば花

 奥ゆかしいことばがありますね。 場合にもよりますけれど。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年5月17日 (土)

テレビドラマ 「おせん」

 テレビドラマ「おせん」 ・・・ コミックを原作とするドラマのようです。漫画を実写でドラマ化するのはなかなかむずかしいことだと思うのですが、「ごくせん」「のだめカンタービレ」もそうですよね。

 「のだめカンタービレ」は、クラシックとはお堅い音楽で、自分とは無縁だと思っていた人たちをクラシックフアンへと導く作用もしているようです。演ずる人たちも原作をよく読んでいて、たとえばコントラバスなどをくるくるっと回転させる漫画にある動きを実際に手際よく回してみせるなど、見事な技術を披露しています。これは演奏技術とはまた別のものですけれど・・・

 さて、「おせん」ですが、蒼井優さんが演ずる主人公のおせんの生き方、行動、いろいろなことばがこのドラマの魅力でしょうね。

 素材となる野菜などを、人が聞いていてもいなくても「水菜さん」などとよぶところ、つめたいことばに接しても「教えていただいてありがとうやんす」と受けとめるなど、あたたかくてとらえどころのないほどの大きさをかもしだしているのがいいと思います。 

  私の知る最近のコミックでは、上記のほかに、「あん どうなつ」 アン・ドーナツ(主人公の名前は、安藤 なつ のようです) とか、「玄米先生」というのも、いい味を出しているように思います。

 えっ、コミックに詳しそうだとおっしゃいますか・・・いえいえ、以前、中学校に勤めていたときは「生徒の読む漫画は、できるだけ知っておく必要がある」という職業精神(?!)のもと、せっせと読んで、どうも生徒以上に読んでいるのではないかと自覚するほどの域に達してしまったこともありました。

 今は、歯医者さんや健康診断で訪れる医院などの待合室で、ごくたまに見る程度になりました。

 ところで、我が家の家内は、漫画やテレビドラマを喜んでみるということは、ほとんどありません。「どこがおもしろいの?」と尋ねられて、それを解説しながら漫画やドラマを楽しく見続ける、というのは至難の業です。

 例外は、「サザエさん」など、長谷川町子さんの作品くらいでしょうか。これは、説明ぬきで、家内も自力で楽しんでいるようです。

 夫婦でも別の人格 ・・・ 見たい番組も異なることが多いのですが、二台目のテレビを買うのも、やがて電波が切り替わる地デジのことが絡んできますし、何と言っても経済面に影響するので、平和の内にこのことを進めるのもむずかしい面がありそうです。

 そうそう、アンテナとDVDレコーダーは地デジ対応のものを整えたのですが、ブルーレイ方式とやらに一本化するそうなので、そうでない方式のDVDレコーダーは、いったいどうなるのでしょう。

 ずっと昔に、川が蛇行して流れが変わり、水の来なくなったところが三日月湖となることを学習しましたが、ブルーレイ方式以外のDVDレコーダーは、いつかは三日月湖となる運命なのでしょうか。

 メーカー同士の競争に振り回されるのは、うれしくありませんね。

 パソコンに挿すと地デジ放送の見られるワンセグチューナーというのも出ていますが、パソコンでTV番組を見るのは、何だか心がはずみにくいですね。それに、綺麗に写るディスプレイを買わないといけないのではないでしょうか。

 あまり、こういうことについて、よく分かっていない段階で私の迷いを書くと・・・一番迷惑なさるのは、そういうブログを読んでくださっている方々ですよね。

 どうも、申し訳ありませんでした。 「おせん」のように、おっとりと見えて大切な核心ははずさないのがいいとは思いながら、そのレベルにはほど遠いようです。でも、望みを持って前進したいと思いますので、お許しください。

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年5月10日 (土)

映画 「翼のない天使」

 DVDで、「翼のない天使」を借りてきて鑑賞しました。1998年のアメリカ映画です。 主人公は、フィラデルフィアに住む小学5年生のジョシュア・ビール。 大の仲良しだった祖父が亡くなった後、ジョシュアは祖父との思い出の世界にふけりがちです。心配だったのは、祖父が天国に行けたかどうかということ。神様を見つけて祖父のことを尋ねたいと決心しますが、かなりの期間をかけて苦労しながらさがしても神様は見つかりませんでした。
 「いくらさがしても見つからないのでもう捜すのはやめよう」 とジョシュアは思いました。 けれど、欠席した友人デイビッドの家を訪問したジョシュアは、病気で発作を起こしているデービッドを、大人では気がつかない階段下の物置で見つけました。以前からそこで一緒に遊んだ彼にしか分からない場所だったのです。 急いで母親を呼びに行くジョシュア・・・学校まで迎えに来てくれ、デイビッドの家にも寄ってくれたジョシュアの母親は、車の中でジョシュアを待っていました。彼女は・・・お医者さんだったのです。そうした幸運が重なって、危ない状況から救われたデイビッドはジョシュアに語ります。「なあジョシュア、神さまを諦めるなよ」
「何言ってるんだよディビッド。結局人は皆死んじゃうって、その後を見守ってくれる神さまなんかいないって、君はそう言ってたじゃないか」

「今、僕は信じるよ。僕が部屋で倒れていたとき、君は僕を発見して助けてくれたじゃないか。あれは奇跡だよ。あの日、僕の家に来てくれたのは偶然かい?
そして物置部屋に来てくれたのも偶然かい?・・・違う。偶然じゃない」

 このような出来事を経験する1年が過ぎて、ジョシュアは終業式の日に語ります。
「去年まではオモチャが宝物だった。だけど今は家族と友達と彼女が宝物。
去年までは、僕にとってデブはただのデブでした。いじめっ子は嫌なやつ。そして大切な人は死なないと思ってた。
でも今年、僕は気付きました。今までの僕はずっと寝ていたんだと。
そしてやっと今、目覚めたんです」
  ・・・ これ以上、詳しくは書きますまい。 主人公の子役のすばらしさ。景色の美しさ ・・・  いい映画だと思います。

 実は、家内はこのDVDを私が借りてきたとき 「あっ、この映画、とってもよかった。 絶対いい。」と申しました。 二男と一緒に見たのだそうです。 ムムッ ・・・そのとき、この私はどこで何をしていたのでしょう。

 この映画の中に、主人公が祖父にいいところを見せようと短距離走のレースで走るとき、途中で転んでしまう場面があります。けれど、気を取り直して立ち上がり、ただ一人で走ってゴールで手を広げて待つ祖父の胸に飛び込んでいくシーンなど、どうも断片的には見たことがあるようにも思えるのですが・・・見たことがなかったのか、見たことを忘れているのか、自信が持てません ・・・

 でも、いいのです。そういうことを越えて、いい映画でした。つきあって二度目を観る家内も、改めて感激しておりました。

 明日は日曜日、あなたも翼のない天使を通して神様に会えるでしょうか。

 よき日となりますように。

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2008年4月30日 (水)

映画「象の背中」

 映画「象の背中」については、まず主題歌から知りました。CHEMISTRY(ケミストリー)という二人グループの「最期の川」というバラードで、お聞きになった方もおありだと思います。

 映画の主演は役所広司・今井美樹 ・・・ 役所広司扮するところの敏腕の企業戦士が肺がん、それも転移していて余命6か月と知らされて、亡くなるまでの家族などとの生き方が描かれています。奥さん役が今井美樹・・・皆様ご存じのように雰囲気のある歌を歌う歌手が本業ですが、何年ぶりかの映画出演でいい雰囲気で演じていると思いました。私の長男がこの人のフアンなのです。

 映画館に行くと60歳以上は千円という料金のところが増えてきています。・・・年齢を証明するため免許証の提示を求められるところと、顔を見て「はい、どうぞ」という感じのところがありますが、前者のほうが何となく、「あなたは本当に60歳以上ですか、若く見えますよ」と言ってもらえているような気がして(もちろん、こちらの都合のよい解釈ですけれど)嬉しいです。

 ついでながら、この「象の背中」のDVDは、一泊二日(旅行みたいですね)借りて260円と、夫婦で値打ちに観賞することができました。質のよい感動は心の滋養分になりますね。

 認知症のサインは物忘れが多くなることではなく、感動しなくなることであるBy茂木健一郎(脳科学者)  

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年3月30日 (日)

映画「キュリー夫人」

 著作権の期限が切れた名作映画のDVDが数百円で購入できるようになりました。できれば映画は映画館で、というのが好きなのですけれど、DVDでの鑑賞もなかなかいいものです。

 そういうわけで購入した一つが「キュリー夫人」・・・よい出来栄えで、感銘を受けました。映画の展開や人物の動きなど、古典的なのですけれど、それがしっくり合うのは、私自身が古典的存在に近づいているからかもしれません。(映画は1943年公開で、私より少し年長です。)

 夫ピエールを馬車の事故で失った後も、こつこつと研究に励んだキュリー夫人がパリ大学で開かれたラジウム発見25周年記念の会において会衆に、静かに、しかし力強く語る場面が映画の結びにありました。(キュリー夫人が学んだのはソルボンヌ大学ですね。)その言葉が印象的でしたので、ご紹介させていただきます。

 暗闇の中のろうそくが私たちの目の前を少しずつ照らし、世界を形作る真理をおぼろげに見せてくれます。

 だからこそ、私は今、思うのです。科学は美しいものだと。

 さらに、科学の精神が、世界を悪の道から救うこともできます。

無知、貧困、病気、戦争、そして悲しみ ・・・

真実の光を求めましょう   未知なる道を進みましょう

 たとえ、人類が賢くなっても、神の創造力は私たちを驚かせ続けます。

 どんな時代にも、人々の夢が存在します。古い固定観念にとらわれず、知識というたいまつの火をかかげ、光り輝く未来を築くのです。 

 神への信仰・畏敬の念と人類への愛なき知識は、争いと破滅をもたらします。

 ラジウムに関する特許をとれば、巨万の富が得られることが分かっていても、多くの人を生かす道をひらくために特許をとらず、清貧にあまんじて研究に没頭したキュリー夫妻・・・ 自らは汗することなく、暴利を得ようとする人の多い現代の風潮と対極にあるように思えます。もちろん、キュリー夫妻の時代にも富を得るためには手段を選ばないような人が居たに違いありませんけれど。

 現代にも、お金に走らず、自分の信ずる道を歩み、人に尽くすことに生涯を捧げている人は多くあり、この世の光となっていることを私たちは忘れてはいけませんし、できればその一人でありたいと思います。

 今日は、日曜日、よき日となりますように。

 キリスト教会では、聖書に基づいてメッセージが語られます。よろしかったらどうぞお出かけくださいますように。

 

 

 

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2007年7月24日 (火)

映画「君に読む物語」

 映画「君に読む物語」は、多分、アルツハイマーでしょうか、愛する夫、家族のこと、そして自分がピアノを弾けることなども忘れてしまう女性に、自分は心臓の弱さをかかえている夫自身もその療養施設に住み込んで、若き日の自分たちの出会い、結婚にいたる物語・・・それはアリーというその女性自身がしたためておいたもののようですが・・・を読み聞かせるというストーリーです。

  医学的には効果が望めないと医師にも言われ、子どもたちにも、ぼくたちが交替で母さんを見舞いに来るからと言われながら、「自分に最高の人生をくれた人だから」と、自分たちの歩んできた物語を愛を込めて読み聞かせ続ける夫 ・・・ つかの間、記憶がよみがえり、自分と相手を認識し・・・けれど、また別の人格の世界へと去ってしまう妻。

  若いときの二人が出会い、身分を越えた恋の展開する画面は美しく、それだけに悲しくもあります。

 夫を演ずるジェームズ・ガーナーは、たしか西部劇でワイアット・アープ(だったと思いますが)を演じていたこともある俳優で、そういうことからも人はやがて老いるのだということを感じさせられました。

  話は変わりますが、ある修道女がアルツハイマーになり、「これ以上進行するとイエス様のことを忘れてしまうのではないか・・・そのことだけが心配・・・」と不安がっていたそうです。

 でも、あるときから彼女は、晴れ晴れとした表情を見せるようになりました。彼女は、こう言ったそうです。「今は、何の心配事もありません。だって、私が忘れても、イエス様は決して私のことを忘れないで愛してくださっていることに気がついたのですから。」

  私たち、一人一人を愛してくださっている神様の存在・・・何と大きな恵みであることでしょう。いえ、述べ方が逆になっているようです。神様の存在がまずあって、私たちがあるのですね。

 今日も、よき一日を歩むことができますように。

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