2019年3月21日 (木)

『小説 星守る犬』 原田マハ

『小説 星守る犬』
原田マハ 著
双葉社 2011年6月5日 第1刷発行
 題名に「小説」と付いているのは、村上たかしさん 原作のコミック『星守る犬』を書店で見かけたとき、不思議な光を放っていると感じ、「ほとんど運命的に、吸い寄せられるように買ってしまった」原田マハさんが、このコミックをぜひとも小説化したいとの願いを抱き、書き上げたのがこの作品だからだそうです。
 原作を読んだとき、「そんなことはいままで一度もなかったのだが、本を胸に抱きしめて」原田マハさんは泣いたとのこと。 原田さんは、かつて11年をともに暮らした犬がいて、その犬は「私が作家となって世の中に出ていくのを見届けると、安心したように逝ってしまった。愛犬を失うのと作家デビューの両方をいっぺんに体験した私は、以来、人間に一途に寄り添う犬という生きものを、物語の中で生かしてやりたい、と強く思うようになった。」とあとがきに記しておられます。
 この本をご紹介するに当たって、迷いました。登場する犬の一途さに胸がうたれてとても悲しいのです。 でも・・・でも、とても美しいのです。 それで、ブログにこの本のことを書かせていただくことにいたしました。 よろしければ、どうぞ。
 昨日書いたような事情で、表紙の美しい本なのですが、表紙の画像が出ないかも知れません。近日中には画像も出せるように努めます。
 今日も、良い日となりますように。

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2019年3月16日 (土)

アリが妨害にもめげず巣に戻る力 『完訳 ファーブル昆虫記』から

0004 今日の内容は『完訳 ファーブル昆虫記』 第2巻上 からです。

2. アカサムライアリがクロヤマアリを狩りに出かけるときに往路も復路も必ず 同じ道を通る・・・それを可能にしているのは何だろう。

 これについては、アリも大迷惑に思うほど、ファーブルさんはいろいろな実験を仕掛けています。

・箒で掃いたり、水を流したりして往路の匂いを遮断する ・・・迷わない

※丈夫な箒で往路の道を 1メートルぐらいの幅で横にはいた。しかも、そうしたところを四箇所設ける、という念の入れ方です。

・ハッカを撒く ・・・ 別の匂いにも混乱しない

・新聞紙を置いたり黄色い砂を撒いたりしてみる ・・・ 障害物は問題ではない

上記の場合、アカサムライアリは困惑しながらも、しばらく動き回って 往路を見つけ出し、巣に帰って行ったそうです。

 この根気のよい実験には、ファーブルさんの孫娘、幼いけれど時間に余裕のあるリュシーさん6歳が、「科学」という高貴なもののために役割を果たすことに誇りを感じて見張ってくれ、「赤が黒の家に入ったわ。早く来て。」と教えに来てくれました。

  こうした協力者を得て根気よく実験した結果、ファーブルさんの出した結論は、アカサムライアリは非常に近眼だけれども、ファーブルさんによって景色の一変した地帯を何度も何度も行き来して、ついにはるかかなたに見なれた場所を見出すことによって巣に帰る・・・視覚と記憶がそれを成し遂げさせるというものでした。

   ◇    □    ○   ※   ☆

 その後の研究によって、現在ではアリの帰巣は、ファーブルの時代には分かっていなかった匂いの道標物質フェロモンが、微量だけれども強力で、水を流したり、箒ではいても道標の匂いを消し切れないことが明らかになったそうです。

 そのフェロモンの強力さは、0.33グラムで地球を一周するアリの道しるべができるといわれるほどだとのこと。

 ファーブルさんは、そうした学問の成果を見聞することが出来たら、自分の実験とそこから導き出した結論に落胆するでしょうか。

 いえいえ、決してそうではないと思います。昆虫の世界の真実がより明らかにされていることを喜び、そしてなお、自分が追究したい課題をたくさん持って新しい科学の知見も活かしながらその課題の解決に元気に邁進なさることでしょう。

 今日も、良い日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

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2019年3月15日 (金)

ファーブルさんの飽くなき追究心 『完訳 ファーブル昆虫記』から

0002  『完訳 ファーブル昆虫記』をつまみ読みして、私が子どもの時に読んで記憶に残っていたファーブルさんの実験のいくつかと出会うことが出来ました。今日の内容は、第五巻下からです。

1. セミが人が近づいたときに逃げるのは、音が聞こえるからか、姿が見えるからか・・・。

 【実験】

  大砲で空砲を放つ。 村役場から砲手も来てくれて、2門の小さな臼型の大砲を撃ってもらった。聴衆は6人。セミが歌っているプラタナスの木の根元で、まさに雷のような音で。 しかし、セミの歌のリズムも音量も何も変わらなかったというのが6人の一致した証言だった。

 このことから、セミは耳が聞こえないという結論を出す人もいるかも知れないが、私はあえてそこまでは言わないでおこう。・・・少なくとも、セミは耳が遠いということ、そしてあの「耳が遠い人は声が大きい」という有名な言い回しをセミにあてはめることができる、とは言えると思う。

 ・・・セミはとても鋭い目をもっていて、その大きな複眼は、自分の左右で起きることをちゃんと見ている。三つの単眼は、ルビーでできた望遠鏡のように、額の上のほうの空間をじっとにらんでいる。人が近寄るのを見ると、たちまちセミは歌を止め、飛び立ってしまう。

  ◇    □    ○    ※   ☆

 大砲の他に、ファーブルさんはセミが歌っている枝の背後に隠れ、話をしたり、口笛を吹いたり、手を叩いたり、二つの小石を打ち鳴らしたりしています。詳しくは書かれていませんが、いずれの場合もセミは逃げなかったようです。

  ただし、訳者の奥本大三郎さんは次のように訳注に記しておられます。

 ・・・ファーブルは結論を保留しつつも、耳が聞こえないのではないかと推測している。ファーブルは大きな音を鳴らすために大砲を持ち出したのであろうが、残念ながらこれは勘違いであって、セミが聞いている音域と大砲の音域がかけはなれているため、セミが反応しなかっただけのことなのである。

 ・・・現在のセミの研究では、種ごとの声をソノグラフ(音響記録図)で記録し、雄同士の競い鳴き、雌を呼ぶ鳴き声、他人の鳴き声を妨害する声から、地域ごとの〝方言〟の存在まで、細かな分析が行われている。

 ファーブルさんは1823年生まれ。苦学しながら師範学校に進み、教師になってからも独学で数学・物理学・博物学を学んで学士号を取得。1915年に91歳で亡くなられた方で、当時として可能な実験、観察手段を駆使しながら昆虫の行動観察を30年にわたって記録し、『昆虫記』全10巻を書き上げられました。

 ダーウインと親しく手紙のやりとりをしたことも、この『完訳 ファーブル昆虫記』に記されています。

    ◇    □    ○    ※   ☆

 今日も、良い日となりますように。

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2019年3月13日 (水)

『たゆたえども沈まず』

0002『たゆたえども沈まず』

原田マハ 著

幻冬舎

2017年10月25日 第1刷発行

  原田マハさんの著作の太い軸である美術の世界を描いた作品であることが表紙から伝わってきますね。史実をもとにしたフィクションと、巻末に書かれています。

  メインの舞台をパリにおき、ゴッホと弟のテオ、そしてゴーギャン、二人の日本人などが登場しています。

  浮世絵、日本文化が大きな衝撃をもたらし、マネ・モネなどの印象派が台頭する時代 ・・・ とご紹介しなくても、先日、テレビに原田マハさんが登場して対談相手とこの作品のことをお話になっていました。

 そのテレビ番組をご覧にならなくても、美術に詳しい方、原田マハさんのフアンの方たちは既にこの本をお読みになっているのではないかと思います。

  よろしければ、どうぞ。

  題名の「たゆたえども沈まず」は、パリのことだとこの本に書かれています。 花の都パリ・・・しかし、昔からその中心部を流れるセーヌ川が幾度も氾濫し、街とそこに住む人々を苦しめてきた。けれど、その都度、人々は力を合わせて街を再建した。・・・街の様子はいっそう華やかに、麗しくなったという。 セーヌで生活する船乗りたちは、ことさらにパリと運命を共にしてきた。・・・いつしか船乗りたちは船のプレートに書いて掲げるようになった。「たゆたえども沈まず」

  今日も、良い日となりますように。

 

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2019年3月 6日 (水)

完訳 『ファーブル昆虫記』

 まだ、この本の実物にふれたことはないのですが、フランス文学者 奥本大三郎(おくもと だいざぶろう)という方が30年ほどかかって成し遂げられた大事業とのことです。
 次のホームページに詳しく紹介されています。
http://fabre.shueisha.co.jp/
 『文藝春秋』2017年9月号に奥本大三郎さんがお書きになっている「三十年、訳稿一万枚」という文章から、引用紹介させていただきます。
    ◇    □    ○    ※   ☆
 ・・・『昆虫記』はかつての岩波文庫版で20分冊になっていた。中西悟堂さんという詩人で「日本野鳥の会」を創立した方のリライとした『昆虫記』を奥本大三郎さんは小学四年生の時に夢中になって読み、小学六年生の時、岩波文庫版を読んだのだそうです。そのとき、どうにも表現が硬く、難しくて、とても読み通せなかったことが、自分で翻訳、注釈することにつながったのだとのこと。 
  日本では、1915年にファーブルが亡くなって、1922年に大杉栄さんの翻訳で『昆虫記』の第一巻が出版されているのだそうで、フランスでは未だ『子供版昆虫記』というのは見当たらない、と奥本さんは書いておられます。
      ◇    □    ○    ※   ☆
  全部を読み通すことはたいへんでしょうが、少なくとも、中学一年生の国語の教科書に載っていた「フシダカバチの秘密」、アリがどうやって自分の巣に戻るのか、セミは人が近づいたのをどうやって感知して逃げるのか、などのところを抽出してでも読みたいと思います。
 ファーブルが亡くなってから分かった昆虫の習性などについても注釈などで紹介されている労作だそうです。
 セミの習性を知るために、大砲で空砲を撃ったり、アリが通った跡に水をまいたり、砂山を築いて帰り道を妨害してみたり ・・・ 虫たちにとっては大迷惑だったと思われるファーブルの熱心さをたどってみたいと思います。  きっと図書館にはあると思いますから。
0004    ありました。岐阜県図書館に ちゃんとそろっていました。
  図書館のありがたみを改めて感じました。  
  その巻に書かれている昆虫によって、中央の昆虫の絵がハチだったり、カマキリだったり、チョウチョだったりいたします。
  しばらく楽しみつつ読ませていただきます。 完訳に30年をかけられたライフワークを。
 ファーブルさんもこの本の完成を喜んでおられることと思います。
今日も、良い日となりますように。

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2019年3月 1日 (金)

『総理の夫』

0002 『総理の夫』

原田マハ 著

実業之日本社

初版第1刷 2013年7月20日

  図書館でこの本を見かけて、すぐには借りませんでした。

   一瞬ですが、『総理の夫』という書名から『料理の夫』を連想したような気が・・・ いえいえ、原田マハさんの書かれる作品は、美術関係の実在の人物・名画とそれにフィクションを交えた展開が主流だと勝手に思い込んでいたので、ちょっとこの本は異質だと思ったのです。

 けれど、やっぱり読んでみることにしました。『総理の夫』 ・・・表紙にfirst Gentleman の文字があります。

 読み終わって浮かんだのは、異質だけれど、しごくまっとうという感慨でした。

   妻が思いがけなく総理大臣になったこの夫の本業は鳥類学者 ・・・ その関係で、世界にはおよそ9千種類の鳥類が存在し、日本には540種以上、世界の鳥類の約6%が棲息 とか、カッコーの托卵とか、20世紀を代表する動物行動学者でノーベル生理学医学賞の受賞者でもあるコンラート・ローレンツ博士の「刷り込み」の論理=カモのヒナが卵から孵化した直後に目にする動くものを母親だと思い込み、その後に付き従う・・・などの、鳥に関する蘊蓄(うんちく)も散りばめられています。

 政治の世界のいろいろなことが出てきて、策謀も明らかになったりしますけれど、読後感はさわやかです。

 よろしければ、どうぞ。

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2019年2月24日 (日)

「ことばのちから」

 昨日の『いのちのことば』から、もう一箇所、引用紹介させていただきます。

0005
 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

「わたしの目には あなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している」

聖書 イザヤ書 より

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2019年2月23日 (土)

『いのちのことば』 八木重吉

0003 小さな冊子なのですが、読み応えのある記事がたくさん詰まっていました。

 特集となっている八木重吉さんに関する見開きのページを引用・紹介させていただきます。

 画像の上でクリックすると文字が大きくなると思います。

0008
 今日も、良い日となりますように。

  明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

  つぎのように述べておられる神様が喜んでくださいます。

「わたしの目には あなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している」

聖書 イザヤ書 より

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2019年2月22日 (金)

『金のおさら』

0004『金のおさら』

バーナデット・ワッツ 作

福本友美子 訳

BL出版

2015年10月15日 第1刷発行

 イザベルはなかよしのエリーの家にあそびにいきました。

  人形の家の台所の壁にかかっていた小さなお皿が金色に光るのがあまりにも美しかったので、イザベルはつい、そのおさらを自分の家に持ち帰ってしまいました。

 小さなお皿なのに、どうしたことかだんだん重くなりました。

 かざってみましたが、ちっともきれいでなくなっていました。お母さんの作ってくれたせっかくの金色のケーキも、食べる気になれません。夜もねむれませんでした。

 イザベルは、泣きながらおかあさんにお皿のことをすっかり話しました。

 おかあさんは、イザベルを抱きしめて「エリーにかえさないとね」といい、イザベルは登り坂になってしまったように感じながらエリーの家への道を歩いて行きました。

  エリーは、おとうさんとおかあさんといっしょに、げんかんのドアをあけてまっていてくれました。 イザベルのおかあさんが電話してくれていたのです。

 イザベルはしっかりとあやまり、エリーはゆるしてくれました。 おさらをもっててもいいといってくれましたけれど、イザベルは「これはエリーのだもの」とことわりました。

 二人はなかよく遊び、帰り道はエリーとおかあさんが家までおくってくれました。

    ◇    □   ○   ※   ☆

 それからしばらくして、イザベルの誕生日がやってきました・・・詳しくは書きませんが、とってもすてきな誕生日となりましたよ (^J^)

  あたたかな絵とストーリーに惹かれて、引用紹介させていただきました。ありがとうございます。

  今日も、良い日となりますように。

 

続きを読む "『金のおさら』"

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2019年2月20日 (水)

『一粒の麦』・『乳と蜜の流るゝ郷』

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『一粒の麦』・『乳と蜜の流るゝ郷』

賀川豊彦 著

一般財団法人 アジア・ユーラシア総合研究所

2017年11月7日

初版第1刷発行

  この本は、賀川豊彦選集 第三巻です。

 巻末のコメントに鳥飼慶陽という牧師さんが、賀川豊彦の円熟期ともいえる40代の名作二つが収まっていると書いておられます。

 そのコメントに賀川豊彦が昭和22年と23年に二年連続でノーメル文学賞の候補にあがり、さらに昭和29年から31年の三年連続ノーベル平和賞候補にあがったことが記されています。

『一粒の麦』という書名は聖書の中でもよく知られている「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます」(ヨハネの福音書12章24節)からとられたもので、主人公 山下嘉吉の妻、芳江の記念碑のところの章名にもなっています。

  酒に溺れる人の多かった時代、嘉吉が禁酒会を立ち上げて、その席上で嘉吉が力説した「日本の急務は土を愛すること、隣を愛すること、神を愛することの三つ」という言葉が、賀川豊彦自身の強い信念だったと思います。

  『乳と蜜の流るゝ郷』・・・神様の約束の地の表現として聖書に登場しています。

 二つの作品には、農家が生計を立てていくための成功した実例がたくさん記述されています。山羊を飼うことも奨励されています。 作品の中に「羊一匹で年十五円儲けるよりか、山羊の乳を毎日一升ずつ搾った方が、収入から云っても羊の十倍以上の利益があります」という農学士の言葉があります。

 興味深かったのは、猿蟹合戦に登場するカニの味方の意味づけです。例えば、ハチは養蜂の象徴だと解き明かされていて印象に残りました。

 二つの作品を合わせて五百ページを越えますけれど、オーラと申しますか、筆力にひきこまれて読み進みました。

 今日も、良い日となりますように。

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