2019年1月21日 (月)

『かちがらす -幕末を読み切った男ー 』

0002_2『かちがらす  -幕末を読み切った男ー』

植松三十里(うえまつ みどり) 著

小学館 2018年2月27日 初版 第1刷発行

  明治政府の重職を占めたのは「薩長土肥」 と小学校・中学校の歴史の時間に習った記憶があります。薩摩・長州・土佐 ・・・さて肥は? → この本を読んで肥は「肥前 佐賀藩」をさしていることが分かりました。 主人公は佐賀藩主 の鍋島直正です。

  驚いたのは、イギリスでジェンナーによって開発された疱瘡の予防法である種痘を日本で広めるために、鍋島直正が我が子に種痘を受けさせたと書いてあることです。オランダ船に頼んで種痘の種を取り寄せ、我が子に受けさせ、成功したのが嘉永2年(1849年)のことだそうです。この成功をもとに、江戸藩邸にいた娘にも種痘を受けさせ、やがて、江戸の町にも種痘が広まって多くの命が救われたそうです。

  反射炉を築かせ、大砲を鋳造 ・・・ これも、備えがあることを諸外国に見せつけて、日本が食い物にされることを防ごうという意図の元に行ったことで、疱瘡の予防のための種痘 武力で攻められないための予防という考え方で力を入れたことだったとのこと。

  書名のかちがらすはカチカチと鳴くことから縁起がよいと言われた鳥で、初めてお国入りした直正の瑞祥とされたという設定で文中に登場いたしました。

 あとがきで、植松三十里さんは、最近のサイバー攻撃と戦う専門家になぞらえて、鍋島直正をとうてい太刀打ちできそうにない西洋との技術戦争に、最初に踏み出した日本人と位置づけています。

  今日も、よい日となりますように。

※ この記事を公開する日時の設定を間違えていました。いつもより時間が遅れましたが、健康でいますので、ご安心ください(^J^)

 

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2019年1月14日 (月)

『パリ左岸のピアノ工房』

0001『パリ左岸のピアノ工房』

T.E.カーハート 著

村松 潔  訳

新潮社

2001年11月30日

 このブログに何回か登場している本です。なんと申しますか、フィーリングが合うのです。発売当時、ベストセラーになったようです。

 つい手が伸びてしまいそうな題名もさることながら、次から次へと引き込んでくれる内容です。

 アメリカ人の著者は、パリで働くようになって、子どもたちを送り迎えする通りで小さな店を見かけます。

 ピアノ・ショップのようですけれど、何回か訪れても愛想のよさそうな店主なのに中へ入れてくれません。

  好奇心はかき立てられるのですが、門前払いを食わせられるのでいいかげんあきらめようかと思っていたとき、たまたま、いつもの店主ではなく、後に親しくなるリュックがドアを開けてくれて、店への道が開かれます。

  という具合に話していますと長くなりますので、あと少しだけ。

    ◇    □    ○    ※   ☆

リュックの言葉

 (この世には滅多に演奏されることのない飾り物になってしまっているピアノがかなりあるが、)「それこそ話術の名人が独房に閉じ込められているようなものだ」 ・・・そしてきれいに磨かれた、あまり弾かれていないピアノがやってくると歓迎して「さあ、これからは、これは置物であるのをやめて、生きはじめられるんだ」

       ◇    □    ○    ※   ☆

  ピアノという楽器への愛が伝わってきますね。

  特にピアノに魅力を感じておられないかたも、あなたご自身の心惹かれるものと置き換えてリュックの言葉を味わっていただけたら嬉しいです。

  250キログラムほどの小型グランドピアノをほぼ一人で二階まで担ぎ上げるピアノ運送屋・とびっきり腕はよいけれど、もし調律を頼むなら酔っ払っていない時間帯に、という大事な条件が付くピアノ調律師 登場するピアノもショパンの好んだ銘器プレイエル、リュックが仲を取り結んだシュティングル、世界のベストスリーに入るピアノメーカーと言われて、イタリアの工場まで取材に足を運んだファツィオーリ など、たくさんのピアノも紹介されています。

 今日も、よい日となりますように。

 今日は、あのシュバイツアー博士、そして牧師として51歳の生涯を歩んだ父の誕生日です。 

  

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2019年1月 9日 (水)

『群青 日本海軍の礎を築いた男』

0002『群青 日本海軍の礎を築いた男』

植松三十里

文藝春秋

2008年5月15日第1刷発行

  題名の『群青』は、この本の第1章、「出藍の誉れ」とつないで、つけられたようです。

 天下の俊秀の学ぶ学問所である昌平黌(しょうへいこう)の教師の中でも随一の頭脳と称された岩瀬忠震(いわせ ただなり)とその教え子である主人公、矢田堀景蔵とのやりとりにまず惹かれました。

 「出藍の誉れ」は、師を越える域に成長した弟子を誉める言葉のようだが、自分を越える弟子を育てた師こそ、偉いのではないか、と景蔵は考えを述べます。

 教師の岩瀬は、面白い解釈だと認めた上で次のように語ります。

    ◇   □   ○  ※  ☆

 「青は藍より出でて藍より青し」の後に「氷は水これを成して、しかも水より寒し」と続く。人は努力しだいで、持って生まれた資質よりも、優れたものに変わりうるというたとえだ。おまえたちもこれから、いくらでも変われるということを、忘れてはならない」 「しかし本来の意味にとらわれる必要はない。通説も疑ってかかるべきだ。ここは自分で考える場なのだ」

        ◇   □   ○  ※  ☆

  この本の結び近く、矢田堀の甥はこう言います。

 「叔父上が育てた青たちは、いわば群青ですね」

 「青の群れで群青か・・・」

◇   □   ○  ※  ☆

  本書には、徳川慶喜 勝海舟 榎本武揚 なども登場していますが、著者 植松三十里さんは、 歴史の表に華々しく登場はしなかったけれど地道に、誠実に生きて歴史を支えた人物を描くことに取り組んでおられるからこそ、矢田堀景蔵が主人公となって描かれています。

  今日も、よい日となりますように。

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2019年1月 8日 (火)

『千の命』

0003 『千の命』

 植松三十里(みどり) 著

講談社

2006年6月8日

第1刷発行

 江戸時代、難産で命を落とす人が多かった時代に、京都で、生涯に千人の命を救いたいと取り組んだ医師、賀川玄悦が主人公です。

  彼が育てた弟子たちの救った人たちと合わせると千人をはるかに越えるひとの命が救われたそうです。協力者を得て『産論』という書も著し、多くの医師がそれを通して学びました。

  命を救うことを使命とし、生涯をそのこと一つに注ぎ込んで生きた医師の熱い生き方に感銘を受けました。

※ 12月28日のブログに『おばさん 四十八歳 小説家になりました』という記事を書かせていただきました。  それで、植松三十里さんの本に関心を持って、二冊、読みました。明日は、もう一冊についてです。

 今日も、よい日となりますように。

 兄(酪農を学んだことのある牧師です)の誕生日、おめでとうございます。

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2018年12月29日 (土)

『蝶のゆくへ』

0006『蝶のゆくへ』

葉室 麟 著

集英社

2018年8月10日 第1刷発行

 葉室麟さんは2017年12月に逝去されました。 その後に世に出た本ということになります。

  死ぬことは一つの区切りですが、終止符ではないと教えられる思いがいたしました。

  さて、この本には『小公女』などを翻訳し、「われにたためる翼あり」の一節のある『花嫁のベール』という詩を書いた若松賤子、その賤子に会いたいと願っていたけれど会えなかった樋口一葉、北村透谷と絆で結ばれていた齋藤冬子、島崎藤村が思いを寄せた佐藤輔子(すけこ)、国木田独歩の妻となった佐々城信子、勝海舟の息子の梅太郎と結婚した梶クララなどが、きらめく星のように登場しています。

  葉室麟さんの著書で、これだけ女性が登場している作品は、多分、他にはないと思います。 関心をお持ちになった方、よろしければ、お読みください。

  今日も、よい日となりますように。

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2018年12月28日 (金)

『おばさん 四十八歳 小説家になりました』

0002『おばさん 四十八歳 小説家になりました』

植松 三十里(みどり) 著

東京堂出版

2013年12月10日

初版発行

  図書館でこの本を見かけ、タイトルに惹かれて借りてきました。

  いえ、小説家になろうと思い立ったわけではありません。遅咲きの小説家がどのようにして世に出たのか、知りたいと思ったのです。

  著者の植松さんも、ある編集者に上記のような人も居るだろうから、書いてみたら と根気よく勧められたので、この本を執筆する気になったのだそうです。

 なかなか、面白い本でした。

 華々しく歴史の舞台に登場したヒーローではなく、一部のひとにしか知られていないけれども地道に活躍して世の中の平和のために尽くした人物を描きたいという思いを植松さんが抱いていることが伝わって来ました、

   ◇   □   ○  ※  ☆

 歴史を学ぶ大きな意味のひとつは、戦争を避けることだ。武力ではなく、外交努力で国家間の問題を解決する方法を、歴史の中から探すことが大事だと思う。

   ◇   □   ○  ※  ☆

 この本を読んで、重光葵(しげみつ まもる)という政治家、結城秀康という武将、矢田堀景蔵など、植松さんが今まで出版した本の主人公のことを知りたく思いました。

 二宮金次郎のことも本にされたそうです。現在も多くの学校の校庭に薪を背負って歩きながら本を読んでいる二宮金次郎の像があるのは、富山県の鋳造会社に熱心に全国の学校を回って営業活動を展開したかたが居たことに起因するのだそうです。  初めて知りました。

  植松さんは、作家の早乙女貢さんの講座を西新宿のカルチャーセンターで学ばれたそうです。 そこで学ばれた歴史小説を書く上で気をつけることを項目名だけですが紹介させていただきますので、関心を覚えられた方は、本書をお読みください。

・かならず女性を登場させなさい

・史料は行間を読みなさい

・冒頭で読者を引きつけなさい

・登場人物の人間的な面を描きなさい

・時代背景などの説明は、必要最低限に

・書き慣れないうちは、骨格をつくってから肉付けするとよい

・小説は納得です

・時代考証は、一生、勉強です

 この本の終わり近くの言葉をご紹介して、この項の結びといたします。

   ◇   □   ○  ※  ☆

 これから作家になりたいという人に、「やめたほうがいい」と諭す作家は少なくない。でも私としては、本当にやりたいのなら、がんばる価値はあると思う。ただ、お小遣い稼ぎのつもりであれば、ちょっと難しいかなという感じはある。

  ◇   □   ○  ※  ☆

 今日も、よい日となりますように。

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2018年11月28日 (水)

『小説 河井継之助』

0002『小説 河井継之助』

童門冬二 (どうもんふゆじ) 著

東洋経済新報社

2008年3月13日 発行

 新潟の長岡藩・・・しばらく前に「米百俵」の話が有名になった藩を率いて、心ならずも新政府軍と戦って亡くなった幕末・明治初期の先覚者、河井継之助のことが書かれています。

 河井継之助が積極的に学び、行動する人でしたので、幕末の歴史について、いろいろな人物、どんな人がどんな考えを持って生きていたのかということや、歴史の歯車がどのようにまわったのかなど、私には初めて知る内容が多く書かれていて、勉強になりました。

 この本に、こんな箇所がありました。

 かつては徳川慶喜にもブレーンがいた。平岡円四郎や原市之進という人物である。・・・陰気な黒幕でなく、堂々たる政略家であった。京都に行った時に、河井継之助はこれらの存在を知って、「かれらも名臣の一人だ」と感じた。  しかし、二人とも敵方の手にかかって暗殺されてしまった。それほどかれらは知る人ぞ知る存在であり、敵方にとっては邪魔な存在だったのである。以来、慶喜は精細を失った。

  それほど大きな存在だった上記の二人がどんな人だったのだろうという関心が呼び覚まされました。それと、暗殺という手段の理不尽さ、卑劣さ、乱暴さにも、腹が立ちました。

  ◇     □     ○    ※   ☆

  新政府は、「王政復古」を宣言した。王政とは、すなわち王道政治ではないのか。王というのは仁と徳を持った存在だ。もし本当なら、自分が理を尽くして説けば必ず理解してくれるに違いない。もし理解しない時は、それは王者ではない。覇者だ。継之助はそう思っていた。

  ◇     □     ○    ※   ☆

  混沌とした歴史の状況の中で、現状を把握し、望ましい出口を見出すことにかけては天才的だった河井継之助は、戦死してしまいました。

  目先のことに振り回されず、民全体の幸せを実現する道を平和的に見出して世界が歩めるように、政治に志し、政治に携わる方たちは、ぜひ、河井継之助に学んでいただきたいと切に願います。

 今日も、よい日となりますように。

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2018年11月26日 (月)

『湖底の城』 第九巻 

0004『湖底の城』 第九巻 

宮城谷昌光 著

講談社

2018年9月26日 第1刷発行

 月刊誌に連載され、ほぼ一年分が単行本として年に一回発行されてきた『湖底の城』 ・・・ 毎年、秋になると新しい巻が図書館の書架に姿を現すのを楽しみにしてきました。

 第九巻 ・・・ 私も九年がかりで読んできたことになります。

 前の巻までの展開を忘れてしまうので、時々まとめて借りてきて、読み直すというより、ほぼ忘れているのでとても新鮮に読み返す ということを繰り返してきました。

 ああ、その楽しみも今年で終わってしまいました。 ・・・ 物語は完結して、この九巻が最終巻となったからです。 

  この物語は、呉越春秋とありますように呉と越の長きにわたる戦いを、前半は、伍子胥(ごししょ)、後半は范蠡(はんれい)という人物の活躍を中心に描いています。

  最終巻ですから、その戦いもけりが付くのですが、そのことについて、こんな記述が心に残りました。

  呉王の夫差は、おのれの命令を最上位に置きそのために軍あるいは隊をあずかる将は、いちいち夫差の指示を仰がなければ動けなくなってしまった。そのため、軍全体は夫差に示される目的をみることはできても、目的より上にある志を失ってしまった。おそらく呉軍にあったのは兵術であり、以前、孫武が確立し伍子胥が受け継いでいた兵法ではない。

  いっぽう、越軍は甲(よろい)を着けない兵卒でさえも、長年呉にとらわれの身となって屈辱に耐えて戻ってきた国王、勾践の艱難辛苦をわがことのように感じ、ひとりひとりの復讐心が合わさって、天をも焦がす烈火のごとき勢いを生じていた。

  ◇     □     ○   ※   ☆

  よく知られている「臥薪嘗胆」、「呉越同舟」ということばも、呉と越の長い戦いのなかで生まれました。 そうしたことばが長編の文学の文脈に息づいている姿をみることも、読む愉しみの一つですね。

  これからも、この九巻をおりにふれて読み返す愉しみもあります。宮城谷昌光さん、すてきな作品をありがとうございます。

  長巻のフィナーレ、西施と范蠡の再会の場面もすてきだと思いました。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2018年11月22日 (木)

『こころよ いっておいで』 5

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  新聞では、既にけっこうなお金持ちなのに、大きな自動車会社の代表取締役会長が所得を隠したり、会社の大切な資金を流用して自分のふところを豊かにしたりし続けていて逮捕されたことが報道されています。欲が欲を生むということでしょうか。

  八木重吉さんの詩は、静かに、大事なことを語りかけてくれますね。

    今日の詩から、聖書の言葉を思いました。

死ぬときは、何ひとつ携えて行くことができず
名誉が彼の後を追って墓に下るわけでもない。【詩篇49:18】

稼ぎが多くても正義に反するよりは 僅かなもので恵みの業をする方が幸い。
(箴言16章8節)

 5回にわたって八木重吉さんの詩 坂西清子さんの絵 にふれさせていただきました。 ありがとうございます。

 今日も、しなやかで、よい日となりますように。

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2018年11月21日 (水)

『こころよ いっておいで』 4

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 「カウンセリング・マインド」という言葉があります。 優しく受容する心ということでしょうか。

 プロであるカウンセラーは、いつも しっとりとした心で、たとえば野球の名手が飛んできた強い打球をふわっと勢いをそぎながら受け止めるようなことが求められているのだと思います。  アスファルトのような心にならず、ぎすぎすすることなく ・・・ うーむ

 今日も、よい日となりますように。 

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