2009年11月15日 (日)

歌と人生

 NHKで、歌手松山恵子さん、そして、少し日をおいてちあきなおみさんの歌と人生を紹介する番組が放送されました。

 「歌は三分間のドラマ」と言われますが、人生を込めて歌われる歌は、それ以上の世界を描き出すように思われました。

 肝臓癌と闘いながら、命を込めて歌い続けていた松山恵子さん、その熱唱には心を打たれました。

 ちあきなおみさんの「紅とんぼ」、「ねえ、あんた」、「霧笛」、[朝日の当たる家」、「かもめの街」などなど ・・・ 天性の歌唱力もあるのでしょうが、それに甘んずることなく、魂を込めて一つ一つの言葉をいとおしみながら送り出しているように感じました。

 学ぶことは、この世にまだまだたくさん満ちているのですね。

 いろいろなことに慣れてしまわないで、感嘆しながら、楽しみながら、驚きながら毎日を歩んでいきたいと改めて思いました。

 今日も、よい日となりますように。 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝へ、お出かけください。

 聖書の言葉   静まりてわたしが神であることを知れ

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2009年11月 8日 (日)

♪ファミリーコンサート

Ca390031  11月8日・・・朝の礼拝後、14時から私の所属する教会には三か所の会堂があるのですが、その一つで聖歌隊、そして、日本女性とアメリカ女性それぞれの歌、さらに男声合唱というファミリーコンサートが開かれます。

  もし、お時間がありましたらぜひおいでください。

  私は、男声合唱の一曲の伴奏をさせていただくのですが、7日の午後に指揮、合唱団との練習に参加して、たいへん学ぶことがありました。

 というより、学ばせていただくことが多くあって、その課題の大きさに小さな胸、大きなおなかは(めずらしく)緊張しました。 いえ、だいたいにおいて、私は緊張すべきときに緊張することを控えているところがあるので、本当に大事な体験をすることができたのです。

  歌い手たちと息を合わせてピアノを弾く ・・・ 一言で言うとそういうことなのですが、息詰まる張り詰め方をすると行き詰まってしまうので、音楽の流れをともに感じながら一つになることの大切さを痛感いたしました。

 あるときにできたら、それ以降は大丈夫というものではなく、まさに一回、一回音楽はなまもの、生き物なのだと、身にしみて感じました。

 以前に書かせていただいたことがあるかもしれませんが、あるピアノの先生がお弟子さんに語った言葉を思い出します。

 「あなたが演奏に際して緊張したり、不安に陥ることは、もちろん理解できます。けれど、お客さんまで不安におとしいれる必要は、まったくありません。」

 すてきな先生だと思いました。

 それはそれとして、ファミリーコンサートに来てくださる方がおありでしたら、どうか伴奏ではなく、歌い手たちにご注目(耳も・・) くださいますように。

 今日もよい日となりますように。

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2009年10月26日 (月)

音楽は、ひとりにては成らず

 私の通わせていただいている教会では、25日の午後、コンサートを開催いたしました。

 題して、「天使のつばさコンサート」。

 感動する場面がいくつもありました。

 今、思うのは、音楽はひとりにては成らず ということです。

 聖歌隊のコーラスなどは、もちろんそうですが、美しい独唱も、歌い手だけでなく、聴き手と心が通いあって感動が生まれるのだということを改めて、感謝と共に思い起こしています。

 多くの方の配慮、心の通い合いがあって、すてきなコンサートをつどった全員で創り上げることができた幸せをかみしめております。

 来てくださった方、出演してくださった方 などなど、この場を借りて感謝申し上げます。

 私もピアノ伴奏をさせていただく機会があったのですが、ある本に書かれていたこんなことばを思い出しました。

 それは、ある高名なピアノの先生がお弟子さんたちにユーモアを込めて語ったことばです。

 「演奏がうまくできるかどうかあなたたちが緊張し不安がるのは理解できる。でも、音楽を楽しみに来た聴衆にまで演奏がうまくいくかどうかと緊張と不安を与える必要はないと思うよ。」

 うーむ、名言ですね。 糧にして、これからに生かしたいと思います。

 ちなみに、このコンサートのテーマに選んだのは、次の聖書の言葉です。

 「ハレルヤ。わたしたちの神をほめ歌うのは いかに喜ばしく 神への賛美は いかに美しく 快いことか。」  詩篇 141篇1節

 ハレルヤ というのは、神様をほめたたえます という意味の言葉です。 ヘンデルの「ハレルヤ・コーラス」という曲をご存じの方も多いことと思います。

 皆様も、芸術の秋をお楽しみください。

 今日も,よい日となりますように。

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2009年10月24日 (土)

若い日の修練

 わが家から徒歩で10分ほどのところに、70代の音楽の先生が住んでおられます。私が学生時代に岐阜交響楽団(現在は岐阜県交響楽団)で、指揮者に聞こえないようにトランペットを吹いていたころに出会った方です。

 (指揮者に聞こえると、下手くそ~と叱られるので、出来るだけ、聞こえないように吹いていました ・・・「セロ弾きのゴーシュ」は動物たちと出会って上達しましたが、ペット吹きのムーミンパパは、偉大なる可能性を秘めたまま、大輪の花は開くことがありませんでした。)

 その音楽の先生は、コントラバスを弾き、そして「運命」を指揮されたこともありました。

 近所のよしみで、お家にうかがったとき、ピアノを弾いてくださいました。

 その方がピアノソロを弾くのを聴かせていただいたのは、そのときが初めてでしたから、学生時代にお目にかかってから40年以上経ってのことでした。

 驚きました。このところ、ずっとピアノにさわっていないとおっしゃりながら、次々とショパンやモーツアルトなどを弾かれるのです。しかも暗譜でです。

 若い日の修練の大切さを目の当たりにする思いでした。

  この方に、先日我が家のピアノを弾いていただく機会がありました。調律して間もない我が家のピアノは喜んで、私では引き出せない音色で、私では弾けない曲を奏でていました。

  その方が帰り際におっしゃったのは、「今度聞いてもらうときは、ウオーミングアップを1時間半から2時間してから聞いてもらうことにするね」

 ・・・ おお、そんなにウオーミングアップしたら、私の場合、本番に臨む前にエネルギーが尽きてしまいます。  やはり、音楽を専門にしている方は、それだけの時間と情熱を注いで感性と技倆を磨いてこられたのですね。  頭が下がります。

 よい刺激をいただいたので、私もまた励みます。

 今日もよい日となりますように。  そうそう、今日は身内の一人の誕生日・・・東京オリンピックの年の10月24日は、大松監督率いる女子バレーチームが宿敵を破って金メダルを獲得した日でもあります。 誕生日、おめでとう。

 明日は、日曜日、キリスト教会の礼拝におでかけくだされば、嬉しいです。・・・私もうれしいですが、神様が一番喜んでくださいますよ。

【聖書の言葉】 

 わたし(神様)の目には、あなたは高価でたっとい。わたしはあなたを愛している。

 DoingではなくBeing・・・何か、立派なことをしたからというのではなく、あなたがそこにいるそのことを喜んで愛してくださっているのです。心強いですね。

 

 

 

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2009年10月21日 (水)

女性ピアニストとミステリー

Ca390023  『ショパンに飽きたらミステリー』 青柳いづみこ著 創元ライブラリ 

2000年 11月24日 初版発行

 ミステリー大好きのピアニストが、鍵盤をワープロのキーボードに替えて奏でる魅力溢れるエッセー  だそうです。

  著者の青柳いづみこさんによると、クラシックの演奏家にはミステリー・フアンが多いのだそうです。理由は、学生時代に約8時間のピアノ練習をし、実技試験やコンクールオーディションなどに神経をキリキリとがらせていると気軽に気分転換をはかる手段として、「ミステリーは、ショパンのノクターンのしなやかなパッセージのように、あるいはモーツアルトの無邪気で残酷なメロディのように私たちピアニストをうっとりさせる」からだとのこと。

 そういう学生時代の習慣はプロになっても引き継がれるようで、コンサートが近づくと古本屋に出かけて10冊ばかりミステリー小説を買いあさるピアニストの姿が跡を絶たないとか ・・・

 45編ほどが240ページあまりに収められているので、一つ一つは短く読みやすいです。

 ホームズのヴァイオリンの腕前はどの程度 ・・・ などと知りたい方は、本書の「シャーロック・ホームズのヴァイオリン」の章をお読みください。

 読書の秋 ・・・ 今日も よい日となりますように。  それでは、また。

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2009年10月15日 (木)

♪「乙女の祈り」は17歳の少女によって作曲されたそうです

 ピアノの名曲♪「乙女の祈り」は、ポーランドのテクラ・バダジェフスカという女性が17歳の時に作り、出版されたのだそうです。

 楽譜は100万部以上も売れたとのことですから、まさにミリオンセラーですね。

 でも、ポーランドで,このピアノ曲や作曲者のことを知っている人には会えなかったと、知人の音楽の先生はおっしゃいました。

 バダジェフスカは、1834年にワルシャワに生まれ、1861年になくなっています。27歳の生涯・・・♪「乙女の祈り」「天使の祈り」「母の祈り」(結婚して5人の子どものお母さんになったそうです)、「田舎小屋の思い出」」「かなえられた祈り(乙女の祈りへの答え」など、30曲以上の美しい曲を短い生涯で残しているそうです。

出典  『おはなしできく 名曲絵本』  文 おおたに みねこ 絵 渡辺 憬 河合楽器製作所 2008年10月1日 第一刷 発行

Ca390001   この本には、バダジェフスカの作品を集めたCD

 発売 キングインターナショナル KKCC-3019  「かなえられた乙女の祈り ~ バダジェフスカ作品集 演奏 ユリヤ・チャプリーナ 2800円 

 が紹介されています。 私も入手したいと思っています。

 クラシック音楽の歴史の中で、女性の作曲家は、バダジェフスカとクララ・シューマンの二人しか思い浮かびません。 私の不勉強のせいかもしれませんけれど。

 すぐれた演奏家は、たくさんたくさんおられますよね。

 クララ・シューマンの夫、シューマンのトロイメライはホロヴィッツがアンコールで好んで弾いた曲だそうです。 トロイメライ ・・・ 夢 ・・・  ピアノの小品は、短い曲ですが、中身が小さいわけではない ・・・ そんなことを思います。

 しっかりと練習を重ねて、さりげなく演奏できるようになりたいと願っています。

 そういう曲に出会えること自体、とても幸せなことではないでしょうか。

 よい日となりますように。

 

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2009年10月12日 (月)

美しき所作 清冽な音色

Ca390029 Ca390040          11日、箏曲の演奏会を聴かせていただきに名古屋に行ってきました。 ・・・ お琴とヴァイオリン、尺八、三弦 ・・・ いやあ、すてきでした。 

  曲目は宮城道雄さん作曲の「二軒の雨だれ」「五十鈴川」「春の海」「泉」、「昭和松竹梅」「水の変態」など そして、ディズニーメロディから、「星に願いを」「ミッキーマウスマーチ」「チムチムチェリー」etc、タンゴの「ラ・クンパルシータ」、ロシア民謡から「カチューシャ」などなど。

  指導にあたっておられる方が、伝統と新しさの両面を大切に生かされる生き方を基(もとい)として、この演奏会、プログラムをデザインされたことが私のような門外漢でのんびりした者にも伝わってまいりました。

 幼い生徒さんたちも、緊張の内に立派に演奏し終えておりました。どんなに懸命な手ほどきと、生徒さんたち自身の懸命な練習がその演奏の陰にあったことでしょう。

 強く感銘を受けましたのが、背筋をすっと伸ばした姿勢と指先まで心の通った美しい所作が清冽な音色を引き出し、会場に送り出していることでした。

 魂に発した音色は 魂に達す  ・・・ まさに、そんな印象を受けました。

 宮城道雄さんの処女作「水の変態」は、弟さんが朗読する水がいろいろ形を変える事を記した文章を耳にしたことに想を得て14歳の時でしたか、書き上げられた作品とか ・・・作曲されてちょうど百周年にあたるとアナウンスされていたと思います。

 リーダーとして心血注いでこられた姉妹お二人がこの曲を演奏されるとき、会場は文字通り、水を打ったように静まって、聴き入りました。

 芸術の秋に、魂に潤いを与えていただいた,至高のひとときに感謝しています。

 ありがとうございました。

 さて、今日も,よい日となりますように。 

 

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2009年10月 5日 (月)

ピアノの調律

 やっぱり、調律後のピアノの響きはひと味もふた味も違っています。

 前回の調律から、二年を経過していました。その間、毎日、ほぼ1時間弾いていたのですから、年数を経て安定しているとはいえ、ピアノも調律を欲していたのです。

 調律師さんは、我が家のピアノとちょうど同い年、40歳の熱心で穏やかな方です。丁寧に調律、そして各音の部品の具合などを調整してくださいました。

 お話ししていて、私が以前勤めていた学校の保護者だということが分かり、いい方に巡り会ったなと喜んでいます。

  さて、快くピアノに向かったあと、自分自身の生き方、人生に向かう姿勢の調律は大丈夫だろうかと省みています。

  インドのタゴールという詩人は、「張り詰めすぎた弦は良き音色を奏でること能わず」と書いているそうですが、私という人間の弦は、張り詰めすぎる心配はなく、ゆるみすぎることが多いので、引き締める方向を大事にしなければなりません。

 クリスチャン作家の三浦綾子さんは「罪とは、神様のほうを見ない,的外れの生き方のことだ」と書いています。

 調子外れの音ではなく、神様のほうを向いて、小さくてもよき音色を奏でる今日でありたいと思います。

 今日もよき日となりますように。

 

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2009年9月23日 (水)

むげん 

Photo_3  ピアノ教師をしている妹にギターをもらいました。しばらく使っていないということで、まずは、古くなっていた弦をはずしました。

 今日のタイトルは「むげん」 ・・・ ご覧の通り、弦の張ってない状態ですから、無弦 です。

 

 Photo_4           さて、どうにかこうにか弦を張り、そして、念願のベルトも取り付けて

ご覧のようなところまできました。

 妹は、ギターのスタンドもプレゼントしてくれましたので、それを使って立ててみました。

Photo_5  おお、りっぱなものではありませんか。

 後は ・・・ あとは練習し、腕を磨いて音楽タイムなどに用いるのみです。  うーむ、これが問題なのですね。コードネームを見て弾けるようになりたいと高校時代から思いつつ、さっぱりそのための努力をしてこなかったのですから。 でも、60の手習いということばもありますから(ここで、何歳か、どさくさまぎれに若くしてあります) ・・・ 

 でも、可能性は無弦 ではなく、無限にあります。挑戦いたしますね。

 それでは、秋の連休最終日、よい日となりますように。

 

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2009年9月18日 (金)

人が楽器に出会うとき

 さだまさしさんがバイオリンに堪能なことは、「精霊流し」などを歌うときにバイオリンソロが入るところがあり、よく知られています。

 彼がバイオリンを始めたのは、ピアノを弾けるようにさせようと考えたお父さんが楽器店で何十万もするピアノを見て、子どもに与える楽器にしては高すぎる値段だと考え、その横に置いてあった数千円のバイオリンを買って帰ったからだ、と彼のトークにあります。

 谷村新司さんは、コンサートで、「ピアノでは女性に近づいていけないので、近寄れる楽器の中でかっこいいのは?」と考えてギターを選んだ、と語ったとか。

 いずれも、ご本人たちが語られるのですから、ある程度信憑性があるのでしょう。

 えっ、私ですか ・・・ 小学校に上がる前のある日、食事中に父から何かを尋ねられ、何を聞かれたのか分からなかったのですが(何しろ、食事に専念していたものですから)、とにかく返事をしたほうがよいと思って「はい」と答えたのです。

 そうしましたら、「そんなら、習いに行きなさい」ということになりました。父は牧師でしたので、礼拝で讃美歌などの伴奏が出来るようになるといいなと考えたようです。

 当時、ピアノ教室を開いた方が教会に来ておられたことも、父が私に問いかけたきっかけの一つでしょうか。

  その先生のところで、初めてピアノにさわったとき、「ドレミファソ」と弾いたのですが、一音一音、弾くたびに手全体を高く上げながら弾いたので、先生がほほえんでおられたことを覚えています。手の形、指の長さなど、(練習さえすれば)将来有望と、付き添いの母に先生が話してくださっていたようです。

  練習よりは、帰り道で、みだらし団子 ・・・ 高山市のみだらし団子はしょうゆ味(味噌たまり味で有名です・・・ を買ってもらえるほうが楽しみでした。当時は10円で3本でした。

 やがて、団子は10円で2本、現在は1本60円か70円と時代は変わってきました。

 (練習さえすれば)将来有望の私は、音楽科を出てピアノ教師をしている妹のようにはなれませんでしたが、礼拝の奏楽を務めることは出来ています。

 練習さえすれば、というjことで、今は毎日、ほぼ1時間のピアノ練習をしています。

 そして、音楽療法というか、音楽タイムのときに活用できればと、コードネームを見てギターを弾けるようになろうと取り組み始めました。谷村新司さんのように、ギターを弾きながら女性に近づこうという純粋(?)な動機ではないかもしれませんけれど。

  またいつの日か、私のギターの進捗状況(不進捗状況)、兄のサックス、妹のフルートのことなど書かせていただくかも知れません。

 楽器は楽器として、今日も、よい人生の音色を奏でてくださいますように。

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2009年9月 7日 (月)

それぞれの楽器にそれぞれのよさ

 楽器の王様と呼ばれるピアノですが、弱点は、簡単に持ち運びできないことです。

 音楽療法などの場では、集まった方の身近に行くことができる楽器・・・ギターやアコーディオンなども演奏できると交流の輪が広がります。

 移動可能ということではハーモニカもいいですね。ただし、演奏しながら会話することはできませんけれど。

 タンバリンやマラカス、カスタネットなどのリズム楽器も、練習すればするほど雄弁になってくれます。

 楽器は人と人との音楽的対話、交流を深めるための架け橋と申しましょうか、まず、できるだけ多くの楽器と対話できるように修練を重ねたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2009年9月 5日 (土)

エッ、本当に ・・・

 8月は夏休みだった岐阜県音楽療法士認定前講座が再開されました。いつもは時間にゆとりを持って行くのですが、今回は、図書館で本を選んでいて、おっと気がついて会場に向かったので、講座開始のほんの少し前に到着しました。

 そこで耳にしたのが、受講生仲間が8月14日に肺炎で亡くなられたとのしらせでした。78歳の男性 ・・・ 7月末まで、音楽劇でサックスを吹いたり、民謡♪「おばば」を伸びやかな声で歌ったりしておられた方で、お元気だったのです。おだやかななかに存在感を豊かに漂わせておられたので、「エッ、本当に・・・」という思いで、今もいっぱいです。

 受講生有志で花をお贈りすることになりました。

  ルソーの『エーミール』の一節に、エミールが幼くしてこの世での生を閉じることになっても、その日までは精一杯生きたと彼自身が感じられるように育てたい、という意味のことばがあります。ルソーの時代には、特に子どもの生存率が低かったという事情もあると思いますが、そうしたことを考慮しても、意味のあることばだと思います。

 78歳で、音楽療法士をめざして学び続けられた方 ・・・ 思いを残すというよりも、充実感を日々、創りだしておられたという印象を私は抱いております。

 これから12月まで、3年計画の2年目の講座が12回ありますが、同級の方々と励んで学びたいと思います。 ・・・ うーん、どうも、私はそのクラスの最年長者になったような・・・  いえいえ、気持ちを前向きにもち、そのほかのことは特に考えないことにいたします。

 今日も、よい日となりますように。  

 

 

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2009年8月12日 (水)

まあ、ブラームスさんったら

  藤原真理さんの演奏するドヴォルザーク♪「チェロ協奏曲ロ短調」を聴きながらCD(DENON COCO70338)の解説書を読んでおりましたら、こんな文章が目にとまりました。

 ドヴォルザークを世に紹介したブラームスは、この曲を聴いてこう言ったそうです。

  「こんなすばらしいチェロ協奏曲がおよそ人間の手で書けるとは思ってもみなかった。そうと知っていたら、この私がとっくの昔に作曲していたのに」

  あの、生真面目な印象のブラームスがそのようにユーモアのある賛辞を呈したというのは、たいへん面白く思いました。

 それで、言ってみたくなったのです。「まあ、ブラームスさんったら」

  でも、考えてみたら、人間味のない人に人の心を揺り動かす音楽が書けるはずもないですよね。「さすが、ブラームスさん」とほめたたえていればいいのだと思います。

   ところで、藤原真理さんは、1978年のチャイコフスキー国際コンクールで第2位入賞を飾った方です。実は、岐阜(県)交響楽団と協演されたことがあり、そのとき、オーケストラとの練習の合間にも、ホールのロビーで熱心に練習されていたのをお見受けした記憶があります。

 世の中には、聴いた曲よりも聴いたことのない曲のほうがはるかに多いのでしょうね。でも、すべての曲を聴こうと渡り歩くより、自分の心に響いてくる曲を何回も聴くのが本当に音楽を楽しむことになるのかも知れません。

 まだ、この曲をお聴きになったことのない方がおられましたら、お薦めしたいと思います。お聴きになった後、あなたもおっしゃるでしょうか。「まあ、ブラームスさんったら」

 おお、作曲したドヴォルザークさんも、そういうかもしれませんね。この曲を作った私より、それを評した一言でブラームスのほうが有名になっては心境が複雑でしょうから。

  はい、ドヴォルザークさん、あなたのこと、ちゃんと覚えておきますよ。

  今日も、よい日となりますように。 

 

  

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2009年8月 2日 (日)

殻を破る

 ほぼ、毎月一回、ある施設を音楽訪問させていただいています。

 パソコンに歌詞や季節の景観の写真、ちょっとしたクイズなどを入れておいて、それをプロジェクタで映し出しながら進めるパターンを重ねてきました。

 今回は、前回の訪問から十日あまりと、間隔が短いことでもあり、いつものパターンからのチェンジを図ろうと思っておりました。

 そうしましたら、ちょうど、パソコンを故郷へ置き忘れてくるという幸運(?!)にも恵まれましたので、8月1日の音楽訪問は新しい進め方をすることができました。

 県の音楽療法研究所で、ほかの仲間から教えていただいたことも採り入れました。

◇ 指遊びと歌で スタートする

◇ 好きなタレントさん、好きな食べ物などを言ってもらい、それを司会が叫び、全員に真 似して叫んでもらう

◇ リストバンドに鈴がつけられている楽器などを用意し、皆さんに選んでもらう

◇ おもしろい内容で視覚的にも楽しめる広がる絵本、伸びる絵本を 読んでもらう

◇ フィナーレは、地域の盆踊りに備えて、この日の朝、公民館で講習を受けたばかりの踊りをひろうしてもらう ・・・ ちなみに曲目は「炭坑節」 でありました。

 この日の音楽訪問には、プロのアナウンサー、そして郡上踊りや炭坑節の熟練者が同席していただいたので、絵本の朗読、演示など、質的にも高いものがありました。

 私自身、楽しませていただきながら、皆さんの表情、反応などを見ながら進めることができ、たくさんのことを学ぶことができ、さいわいなひとときでした。

 マンネリ化せず、焦らずに成長していこう ・・・ そんな思いとエネルギーをいただけて、感謝しています。 ムーミンパパの音楽タイム ・・・ これからにご期待ください。

 今日は、日曜日。 私のお世話になっている教会では午後に夏休みの子どもたちのための特別な集会を計画しています。

 よき日となりますように。 

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2009年7月31日 (金)

バイオリニスト 「ダイアナ 湯川」さん

 CD 「天使のカンパネラ ダイアナ湯川 デビュー!」 BMGファンハウス BMCC-31040

というのを聴きました。

 録音当時15歳(現在は24歳ほどでしょうか)とのことですが、情感溢れる美しい音色での演奏です。

 お父さんは、1985年8月の日航機墜落事故で亡くなり、湯川さんはその一か月後、英国人のお母さんから生まれたそうです。

 生前、この子が音楽家になってくれたら、と語っていたお父さんはピアノの上手な方だったそうです。

 その遺志を受けて、5歳からバイオリンの練習に励んでバイオリニストになったダイアナ湯川さんは事故機の墜落した御巣鷹山から、お父さんのピアノと合わせて演奏できたらよかったのにとの願いを込めてバイオリン演奏したことが、CDの文書には記されています。

 お父さんと同じ飛行機に乗り合わせていた坂本九さんの大ヒット曲、「上を向いて歩こう」そして、特別に作曲されたエレジー 「嗚呼 御巣鷹山」などがこのCDには収められています。

 もし、機会がありましたら、お聴きください。 音楽は、それを演奏する人の魂なくしてこの世に生まれ出ることはない ・・・ そんなことを改めて感じました。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月25日 (土)

チェリスト シュタルケルのことば

 昨日ご紹介した『新・ハネケンの 音楽は愉快だ』の中に、桐朋学園のチェロ専攻の学生たちに公開レッスンをしたハンガリーのチェロの巨匠ヤーノシュ・シュタルケルの一言が強く印象に残ったと書かれています。

 「どうして君たちはそんなに眉間にシワを寄せて、怖い顔をして弾くんだ? 音楽を演奏することを、英語ではなんと? プレイ! プレイ・ミュージックだろう。プレイとは別の言い方をすれば”遊ぶ”じゃないか。つまり、音楽と遊ぶ、聴衆とともに員楽と遊ぶんだ。だから眉間にシワを寄せて怖い顔をして弾くのは、家で練習しているときだけにしなさい。少なくとも、公開レッスンであれ、コンサートであれ、人前で弾くときには楽しい顔をして弾きなさい。そうしないと、聞いている人はけっして楽しくないものだ」

 ハネケンさんは、このシュタルケル氏のことばは、結果として私のポリシーとベースになった、と書いておられます。

 練習はとことん厳しく、そして辛いものだ。けれども人前では楽しく弾く。すると聴いている人も楽しく聴ける

 ・・・ これは、音楽の演奏だけでなく、周囲の人と人生の道行きを歩むときにも通ずることかもしれませんね。

 ともあれ、そのハネケンさんの編曲した曲を楽しんで弾けるようになろうと、サンサーンスの「白鳥」、映画音楽「ひまわり」、「道」、ビートルズの「イエスタデイ」「ミッシェル」などに取り組んでいるこのごろです。

 今日も、よきひとなりますように。 明日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 

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2009年7月11日 (土)

♪チューリップ  その2 

 チューリップはオランダの国花で、オランダ製の花瓶には、数輪のチューリップを一輪ずつ活ける形の花瓶があるそうです。

 さて、私の妹が保育園に勤めていたとき、花壇のほうから、♪「チューリップ」を歌うことが聞こえてきたそうです。

 一人の園児が、迎えに来たお母さんと花壇にいて、その子が一輪のチューリップごとにその歌を歌って聴かせていたのだとか ・・・ お母さんは、「いつになったら歌い終わって帰れるようになることやら」と言いながらも、にこにこして子どもの延々と続く歌につきあっていたそうです。

 ♪「チューリップ」の続篇では、そんなことをお伝えしたかったのです。

 私のつたないブログを訪れて読んでくださっている方は、このお母さんのように、優しく私を見守ってくださっているような気がしてまいりました。  ありがとうございます。

 ・・・ いえいえ、私の母は今月米寿を迎えます。皆さんをその年齢だと申し上げているのではございませんから、ご安心ください。

 今日も、よい日となりますように。 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝に出席して、牧師さんの聖書に基づくメッセージを聴いて心を養っていただければ、幸いです。

 

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2009年7月10日 (金)

♪ チューリップ

 ♪「チューリップ」の歌をご存じの方は多いと思います。

 9月に小学校・中学校で実習させていただく大学2年生に、心構えなどを話した後、

この歌を私のピアノ伴奏で歌ってもらいました。

 日本の教育の変遷を端的に歌であらわすと、現在は、このチューリップの歌がいいのではないか、と教育の先輩から教わったことがあります。

 ◇ 戦前の教育  ♪「雀の学校」 教師主導型 

 ただし、雀の先生が振っているムチは、黒板を指すために用いられていたことが多く、子どもを罰して叩くためというものではなかったようです。

 ムチということばで思い出しました。

 クリスチャンの新島襄が同志社大学を創設し、校長を務めたとき、不心得な言動をした学生の前で、「諸君がそんなことをしたのは、校長の私がいたらないせいです。」と、自らの手で自らのもう一方の手を血が流れるほど力一杯ムチ打ったというエピソードを聞いたことがあります。http://www.doshisha.ac.jp/information/outline/kyoiku_rinenn.php

◇ 戦後 しばらくの教育 ♪「メダカの学校」

 だれが生徒か先生か  だれが生徒か先生か みんなで お遊戯しているよ

 教師主導の教育の反省として、子ども主体の教育 ・・・ というと聞こえはいいのですが、教科書を墨で塗りつぶさせるところからスタートした戦後の教室 ・・・ 後に作家になった三浦綾子さんは戦中に熱心な教師であったことに耐えられなくなって教師を辞め、虚無的な生活を送るようになったのでした ・・・ 十分な教材もなく、川柳に「六三制 野球ばかりがうまくなり」というのがあったりします。

 もちろん、教材のない中、いろいろなちらし、新聞などをかき集めるようにして生徒一人一人に学習が成立するように奮闘した教師 ・・・ たとえば、大村はまさん ・・・ のような方もたくさんおられました。

◇ 現在の教育  ♪「チューリップ」

 さいた さいた チューリップの 花が

 ならんだ ならんだ  赤 白 黄色

 どの花見ても きれいだな

 どの子の個性もそれぞれ成長、発揮されるように願う教育 ・・・ スマップの

「世界に一つだけの花」もこの歌の心と通じるものがありますね。

  ただ、「世界に一つだけの花」を弾きながら歌うという実技試験が、音楽療法士認定の事前講座のプレテストとしてあり、リズムになかなか入れない私には字余りの行進曲のようにしか歌えなくて、苦労いたしました。(もう一曲の森山直太朗の「さくら」は何とか練習できましたが、当日、私に指定されたのは苦手なほうで、汗をかきました。)

 定年退職前の私が務めさせていただいた学校の校歌の作曲者が、何と、この名曲♪「チューリップの作曲者だったので、その発見に驚いたことがあります。

 しかも、校区には、東京でその井上武士先生に音楽を数年間習い、後に音楽家になった芥川也寸志が同級生でいつも伴奏していたという方がおられ、奇遇に、またまた驚いたものでした。

 予想外に長くなりましたので、次回、続きを書かせていただきます。

 今日もよい日となりますように。

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2009年6月28日 (日)

サマーコンサート

 6月27日、岐阜大学管弦楽団の第38回サマーコンサートが開かれました。会場は、岐阜県庁近くのサラマンカホールです。この規模のコンサートホール会場としては日本の三本の指に入ると言われているすてきなホールです。

Ca390004    曲目は、ヨハンシュトラウスの喜歌劇「こうもり」の序曲

   シベリウスの「カレリヤ組曲」

   ブラームスの交響曲第一番

  若人らしい、さわやかな熱演に胸が熱くなりました。盛んな拍手に応えてのアンコール曲は、ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」 ・・・フィギュアスケートの浅田真央さんも用いた曲です。

 サマーコンサートの初回のころは、岐阜市の商工会議所の2階が会場で、曲目はロッシーニの「ウイリアム・テル序曲」などでした。そのころは、ステージの上にトランペッターの一人として私もいたのでした。

 私は、けんそんでなく、とても下手でしたが、当時の先輩にはプロのオーケストラマンを目指し、そして後に実際にプロとして活躍されている方々がおられ、その方々のレベルは高く、東海地方の大学がグループを組んで演奏するコンサートでも、岐阜大学を名指しでほめる新聞記事が書かれたほどでした。

 それはともかく、若々しさに満ちたすてきなサマーコンサートでした。

 さて、感動をエネルギーとして、元気に今日を歩みます。

 今日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。私の通う教会では、近々台湾へ出発される日本人宣教師の聖書に基づくメッセージがあります。

 よき日となりますように。

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2009年6月22日 (月)

窓から見ているモーツアルト

 ロン・ティボー コンクールという、ピアノのロン夫人とバイオリニストのジャック・ティボーという名演奏家に由来するコンクールがあるそうです。

 今も続いているのかどうか、私には詳しいことは分かりませんけれど。

 このジャック・ティボーの著をだいぶん以前に読んだときのことを思い出して書いています。

 ティボーは幼い頃からバイオリンを弾き始めたそうですが、夜ふけてでしょうか、彼が一人で練習していると窓の外から彼を見ている人物がいるように感じたそうです。

 そして、彼は、その人物がモーツアルトだと確信するにいたったようです。

 バイオリンの先生に、おそらく得意げにそのことを報告すると、その先生は、きっとなかなかの方だったのでしょう、あわてず騒がず次のようにティボー少年に語ったそうです。

 「愛するティボーくん、それは素晴らしいことだ! おめでとう。」そして続けてこういったそうです。

 「さあ、窓から見守っているモーツアルトの姿が見えなくなるまで練習しなくてはね。モーツアルトの姿がどこにも見えなくなったとき、彼は君の心の中にいるんだから。」

 ・・・ すてきなことばに思えたので、今も印象に残っています。

 最近、バイオリニストを目指して励んでおられる娘さんをおもちのお母さんのブログを読ませていただいたので、先輩バイオリニストの話を書かせていただきました。

 涙と共に種を蒔くものは、喜びの歌をもってそれを刈り取る ・・・ 聖書から

 さあ、今日もよい日となりますように。 

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2009年6月12日 (金)

ひびの入ったリュート

 今日、書かせていただくのは、身近な方、親しい方を天に召された方に、しばらく間も置いてからお伝えしている「リュート」のお話です。

 「リュート」は、シェイクスピアが活躍した時代に宮廷などで愛された楽器 ・・・ ギターの前身と言われている楽器です。

 あるリュート職人は、頭を抱えてしまいました。時間ともてる技術を注ぎ込んでやっと完成間近になったリュートに、あろうことか、ひびが入ってしまったからです。落胆した彼は、ため息をつきながら、そのリュートにせめて別れを告げようと弦を張り、弾いてみました。

 すると ・・・ 何ということでしょう。それまでに作り上げたリュートより深みのある音色が響いたではありませんか。

 自分の耳がどうかしたのだろうか、と彼は仲間のリュート職人たちに、ひびが入ってしまったリュートの音を聴いてもらいました。

 すると、仲間も「こんなに心にしみこんでくる音色は初めてだ。お前はいったいどうやってこのリュートを作ったんだ、教えてくれ」と口々に言いました。

 このリュート職人は、正直に、ひびが入ってしまったこと、あきらめきれなくて弦を張って弾いてみたことを話しました。

 以来、どのようにひびを入れたらそのように深みのある美しい音のリュートになるのか、職人たちは真剣に取り組んだそうです。

 いかがでしょうか。

 私たちの心にも、ひびが入ります。特に、身近な方が天に召されたときには、大きな大きなひびが入ってしまいます。修復など不可能ではないかと思われるほどにひびわれてしまいます。

 けれど、まったく傷つかない、ひびのはいらないリュートよりも、深く、玄妙な音色をひびの入ったリュートが奏でることがあるのです。

 90歳を超える現役の医師、日野原重明先生は若い頃大病を経験され、それが患者さんの心を理解するときの大きな力になっていると書いておられます。

 「苦難を経験しない人、あまりにも幸福すぎる人は、医療者としてふさわしくないのではないか」と語っておられるほどです。

 聖書には「主(イエス・キリスト)ご自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練の中にある者たちを助けることができるのである」と書かれています。                           (ヘブル人への手紙2章18節)

 リュートの場合も、ひびは、進んで入れたものではなく、入ってしまったものです。けれど、そのことを通してさえ、より深みのある美しい音色を奏でる楽器へと神様は愛をもって私たち一人一人を育て、慈しんでくださっているのではないでしょうか。

 苦しみに遭っても、希望をもって歩んでまいりましょう。お祈りさせていただいております。

 今日もよい日となりますように。

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2009年6月11日 (木)

ピアノの音

 先日、大きな電機店に行きました。電子ピアノを奏でる音が聞こえました。♪「猫踏んじゃった」 ・・・ あの不朽の名曲です。なかなか達者に弾いている小学校の中学年くらいの男の子。

 ただ、惜しいのは、彼が覚えているところまで弾き終わると、およそ音楽的とは言えないジャンジャンジャーンと不協和音をたたきつけてわめきちらして終わるということを何回か繰り返していたことです。

 ある先輩と待ち合わせをしていた私は迷いましたが、その子のためにもならないと思い、その電子ピアノの所へ行きました。彼に断り、「猫踏んじゃった」を弾きはじめ、彼が覚えているところの先まで弾きますと。「そこからが、分からなかった。教えて!」と言いました。

 教えて、そして「さっきのような終わり方だとこのピアノもかわいそうだから、弾かせてくれてありがとうという気持ちで終わるんだよ」というと、たたきつけるような不協和音で終わることはしなくなりました。いい子なのです。

 ♪「猫踏んじゃった」は、①黒い鍵盤を多用する ②右手と左手を交差するところが、とっても上級テクニックを駆使いているようで心地よい ③二人でそれぞれ別のメロディを弾いてそれが見事に噛み合ったときの楽しさは何とも言えない 

 などの要素を備えています。

 それはそうと、猫が鍵盤の上を歩いても音が出るピアノですが、それぞれのピアニストはそれぞれのピアニストらしい音を出します。 不思議ですね。

 フジ子・ヘミングは、『フジ子・ヘミング 運命の力』 発行 阪急コミュニケーションズ 2001年6月27日 初版発行の中で、次のように書いています。

Ca390005

 私は機械じゃないんだから、いつも同じような気持ちでピアノを弾くことなんてできない。小さなミスを問題にするより、どういう音で私らしく弾くか、それが問題。私だけの音を大事にして。

 誰が弾いても同じなら、私が弾く意味なんかないじゃない。  

 そして、コミック、『ピアノの森』一色まこと 講談社 にも、誰々の音 という表現がいろいろなところで出てきます。

Ca390003  私も私のピアノの音をもっていると思います。でも、還暦は過ぎましたがまだまだ発展途上(のつもり)です。

 ♪「猫ふんじゃった」を弾いていた少年も、ピアノをいとおしむ心が育つと共に彼自身の音色を紡ぎ出すようになることと思います。

 おたがいに名前も知らないで別れましたが、彼のよき成長をと願っています。

 東海地方は梅雨入りしたようです。 今日も、よき日となりますように。

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2009年6月 3日 (水)

聴くと見るとは大きな違い

 ある曲 ・・・ ショパンの「英雄ポロネーズ」を弾けるようになりたいという気持ちが抑えられなくなって、まずは、楽譜を購入いたしました。

 1小節ずつでいいから進んでいこうと思い、楽譜を開いてみました。 おお、こういうふうに書かれているのか ・・・ いろいろなピアニストのCDを聴いてきましたが、いざ、ピアノで自分が弾いてみようとすると、人の演奏を聴くのと自分の目で楽譜を見てそれを音にすることには、ずいぶん大きな違いがあることが分かりました。

 既に書いてある楽譜に向かうだけでこんなにたいへんなのに、何もないところから創造したショパンの偉大さを思いました。

 たしか、芭蕉と曽良が『奥の細道』で最上川の句を詠んでいますね。

  五月雨を集めて涼し 最上川

  そして、実際に舟に乗ってみると 

  五月雨をあつめて速し 最上川

となるのだったと記憶しています。

 流れを外から見ているのと、実際にその流れに身を置くのとではずいぶん違ってくるのでしょうね。

 ちょっとしたドライブでも、自分がハンドルを握って走るのと、乗せてもらって行くのとでは道の記憶などにもずいぶん違いが出ることを体験された方もおありと思います。

 さて、「カーネギーホール」という映画では、ルービンシュタインが華麗にこの英雄ポロネーズを演奏しています。

 私に出来るのは カレーにマヨネーズ というところでしょうか。 ・・・ こんなことを言っているようでは 到底、弾けるようになる日は来ないことでしょう。

 まじめに、あの『ドクター スランプ』の海苔巻千べい博士のきりっとした顔 ・・・ あのきりっとした顔を見習って励みたいと思います。

 えっ、あのきりっとした顔は、ウルトラマンのエネルギーと同じく3分間しかもたないのでしたか ・・・ うーむ、前途多難 それでも挑戦し続けたら、まさに英雄ですよね。

 あまい 見通しも 腕前の現状認識も 何もかも あまい 

  砂場に飛び込むことも出来ないほどのわずかな跳躍力でオリンピック出場を望む以上に実現困難なことですが せめて夢として挑戦することは許してくださいますように。 

 というわけで、無謀で身の程知らずな 今日のブログでありました。 

 どうか、お忘れになってくださいますように。

 忘れてくださった方に 特によい日となりますように。

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2009年4月27日 (月)

指揮者 佐渡 裕 さん

 日曜日の朝9時のテレビ番組 「題名のない音楽会」 ・・・現在の司会者は、指揮者 佐渡 裕さんです。

 その前の司会者、羽田健太郎さんが亡くなって寂しい思いをしたのですが、佐渡 裕さんの音楽を愛する情熱になみなみならぬものを感じて、たいてい録画して視聴しています。

 その佐渡さんが音楽や今までの歩みについて語っている本に最近出会いました。

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 『感じて動く 佐渡裕』 ・・・佐渡さんと同じ年1961年生まれのスポーツドクター辻秀一さんが聞き手になって佐渡さんから話を聞き、それをまとめた本 著書はこの二人・ポプラ社 2006年10月19日 第1刷発行

 佐渡さんは、世界の有名なオーケストラを指揮するなど大きな活躍をしているのです。大阪城ホールを舞台に、1万人の合唱団を指揮してベートーベンの第九を演奏したこともあります。その原体験は、神戸で9人のママさんコーラスを指揮したときの感動だったようです。

 結び近くにこんな言葉がありました。

 そのオーケストラや合奏団が有名だとか無名だとかは私には関係ありません。私と向かい合ったとき、音楽と向かい合ったときにどれだけ純粋な心をもてるか。どれだけ音楽とひたむきに対峙できるか。そこにキラキラと無垢に輝く瞳があるなら、私の音楽を愛する心は幸せな気持ちで一杯になります。(中略)

 ー 全ては音楽のために。 感動を媒介として、私はこれからも人を動かし、人に動かされて、生きていこうと思っています。

 ここに彼の音楽、彼の生き方が集約されているように思いますが、もう少し他のところも引用させていただきます。

◇ 日本のどこかの料亭ですごくおいしいフロフキ大根を食べた時、パリのレストランで同じ味を期待しない  この空間でこのメンバーでなければ創れない音を求める 国やメンバーの違いを認識し、そこでベストを尽くすという在り方を大切にしているのですね。

◇ 指揮者は演奏家と一緒に舞台に立ちます。演奏家にだけ期待するという感覚はありません。中学生相手でも、練習が終わって本番を迎えるときに「期待してるぞ」とは絶対に言いません。 ・・・ 一緒に舞台を作っていく人間だというその目線の高さは同じだと思います。

 この構えは、教育にも通ずることだと思います。立場は違いますが、教師も生徒と同じ目線で作り上げていくのが授業の基本ではないかと改めて思いました。

 情熱と謙虚な姿勢を持っている一流の人というのは、やはりすてきですね。

 今日もよい日となりますように。

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2009年4月23日 (木)

新入生歓迎演奏会

 勤務先の岐阜大学では、サークルへの新入生勧誘活動が元気に行われています。それぞれの看板もなかなかのデザインです。チラシも熱心に配られています。

 22日の午後、新入生歓迎演奏会が開かれていました。

Ca390008 Ca390009            楽器紹介も工夫して楽しく織り込まれていました。

  この管弦楽団は、昨年度第42回の定期演奏会を開きました。私は、何と、第一回と第二回の定期演奏会の出演者なのです ・・・ ということは、私の学生時代は、紛れもなく、はるか40年の昔ということになるのですね ・・・

  誰にも青春時代があり、今、学生さんたちはそのさなかにある そういうことなのだと思います。ちなみに彼らの履いているスリッパの若いこと、若いこと ・・・

Ca390004 Ca390005 Ca390006 Ca390007

 演奏も生き生きとしていて、トランペットも若い日の私が及びもつかない張りのあるすてきな音色で歌い上げていました。

 どのサークルも新入生を迎えて元気に新たな歴史を築いていくことができますように。 

 私も、長年かかってせっかく今の年齢にたどりついたのですから、自信を持って今日という日をその経験も生かしながら元気に歩んでまいります。

 よい日となりますように。

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2009年3月16日 (月)

ピアニスト グレン・グールド

Ca390027  『グレン・グールド発言集』( ジョン・P.L.ロバーツ著 宮澤淳一訳 みすず書房2005年 9月25日 発行) を読んでいます。

 グレン・グールドは1932年9月25日にトロントに生まれ、十代のときからカナダでピアニストとして認められました。

 1956年に発売した「ゴルトベルク変奏曲」のアルバムで従来のバッハについての解釈を一新し、話題を呼びました。以後、独自の選曲と解釈で名声を高めますが、1964年のリサイタルを最後に、舞台から退き、以後はレコードの録音と放送活動のみで活動しました。 終生トロントで暮らしたそうです。

 この本の最初に、グレン・グールドと親しくしていた著者が著作集をだすことを提案したら、グレン・グールドは、自分は百十歳まで生きるつもりだから、時期尚早だと断ったそうです。そういう本は人生の終わる間際であって、若い内から書くのは不吉だという考え方をしていたそうです。

 でも、グレン・グールドは、彼が予定していた年齢の半分もいかずに50歳で急逝しました。

 けれど、彼のレコードは1982年に彼が亡くなった後も根強い人気を博しているそうです。

  寿命は、天命ともいわれるように自分で決めることはできませんが、「人生は短く、芸術は長し」という言葉を象徴しているような人生ですね。

 彼は、変わった人だと言われることが多かったそうで、どんなだったのかとこの本から少し拾ってみました。

①ピアノの演奏中に、片手があくと、その手で指揮をしたがった

  ・・・協奏曲の時などは、オーケストラの指揮者が「指揮は私がするから、あなたはピア ニスととしてピアノに専念しなさい」と、穏やかならぬ思いになったようです。

② どんな曲の演奏中にでも静かに鼻歌を歌う癖があった

 レコードでも、彼の鼻歌がはっきり録音されているものがありますね。

③ 頭の中で練習する習慣があった

 指の訓練はあまりせず、両手を湯につけて温浴することで筋肉をほぐした

④ 手を大切にし、握手を避け、毛糸の手袋をはめ続けた

⑤ ④ともつながるのでしょうか、紅茶を用意するとき以外、キッチンには断固として足を 踏み入れなかった

⑥ 夏でも寒がっていて、一年中コートを着て、マフラーを首に巻き、毛糸の帽子をかぶっていた  ・・・ 血行がよくなく、健康には不安を抱いていたそうです

 けれど、著者の知るグレン・グールドは思いやりがあり、控え目で、才気あふれる温厚な人物で、たいへんユーモラスでいつも魅力的、後進の支援にも熱意を注ぎ、剃刀のように切れ味のよい精神をもち・・・ という人物だったそうです。

 握手についても、フアンのことを考え、わざわざこんな掲示を出したそうです。

 お 願 い

 ピアニストの手は予期せぬ怪我に見舞われることがあります。申し上げるまでもなく、たいへんな事態となります。 そこで、握手をご遠慮願えれば幸甚に存じます。このことであらゆる困難が取り除かれます。無礼をいたすつもりはございません。あくまで怪我をするあらゆる可能性をなくすのが目的です。 ご協力に感謝します。 グレン・グールド

 スタインウエイというピアノ会社の主任技術者に「背中に乱暴な平手打ちを受けた」ことが体に危害をもたらしたとしてスタインウエイ社を相手取って30万ドルの損害賠償事件を起こしたこともあるそうです。

 これも、そして人前でのリサイタルをしなくなったのも、体が弱く、健康に自信がなかったからではないかと察せられます。

 ベートーヴェンが人間嫌いだったように言われることがありますけれど、本来は人との交流が大好きだったけれど、耳が聞こえないことを悟られまいとして、ベートーヴェンが悲しくも自分に課した生活の在り方が世間にはそう受け取られたという面も多分にありましょう。

 芸術家に対しては、いろいろな風評ではなく、その芸術を通して自分が直接、その芸術家に出会うことが大切なのではないでしょうか。

 そして、芸術家ではない、他の人に対しても、風聞ではなく、直接に出会うことを大事にしたいと思います。

 さて、この本を読み進めながら、グレン・グールドの演奏を楽しむことにいたします。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2009年3月11日 (水)

音楽療法の講座 第2年次に向けて

 岐阜県音楽療法士の認定前研修講座の2年次の申し込みをしました。

 1年次は、基礎講座、2年目は講義に加えて音楽療法の実践「大集団」、「小集団」、「個人」など、実践の時間が各4コマずつあります。

 1年次と2年次を全部受講しますと、3年次は「現場実習」プラス「実践検討会」ということになります。

 以前は、働きながら学ぶ方、そして近県からも受講される方のことを配慮してのことだと思いますが、入学してから最大6年間の間に受講して、「岐阜県音楽療法士認定申請書の提出」するようにとゆとりの年数が設けられており、そして夜の時間帯の講座も設定されていました。

 今年度で新たな受講生の募集は終了し、その受講生が巣立つ23年度で認定前研修講座は終了することになったそうです。

  現在までに690名の岐阜県音楽療法士が誕生し、活躍しているとのことで、この事業の初期の目的は達成されたということかもしれません。

 おそらく、皆様も推察されることでしょうが、県職員の給料が管理職で6%、一般職員で4%近くカットされるという緊縮財政がこうした事業縮小のおおもとになっていることは、想像に難くありません。

 福祉や文化や教育、芸術など、心豊かな暮らしの根を養うことは、本来は経済の動向がどうあろうとも経費を削減せず、骨太に貫いてこそ、人間の尊厳を大切にすることになると思うのですが、今、国家百年の大計としてこれらのことを真剣に考えている政治家が我が国に居るでしょうか。居て欲しいと心から願うものです。

 それは、ともかく、様々な苦労の上に開設されているこの講座を、健康を保って前向きに学び、事業の趣旨を生かすことができるように励みたいと思います。

  今日も、よい日となりますように。

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2009年3月 9日 (月)

江間章子さん

 花の詩人と呼ばれる江間章子さん ・・・ よく知られている作品は夏の思い出(作曲:中田喜直) ・おかあさん(作曲:中田喜直)・花の街(作曲:團伊玖磨) ・花のまわりで(作曲:大津三郎)

 一昨日ご紹介したダークダックスの喜早 哲さん(ゲタさん)著の『日本の美しい歌』を読んでいましたら、江間章子さんが91歳で亡くなったのが平成17年3月12日とありました。

 それで、もうすぐ12日だなと思い、江間章子さんのことを書かせていただくことにいたしました。

 岐阜市が團伊玖磨さんに作曲を依頼した「長良川」という交響詩があります。その曲に歌も含まれており、作詞が江間章子さんなのです。

 初演の指揮は作曲した團伊玖磨さんご自身 ・・・ 演奏したのは、岐阜県交響楽団、練習の合間にステージの横で聴いておられた江間章子さんが「すてきなオーケストラですね」と声をかけてくださり、お礼を言いながら握手していただいたのが、この私でした。

 当時、トランペッターだった私は指揮者に叱られないように(音楽を壊さないように)出来るだけ小さな音で吹いていたのでした。・・・涙ぐましい努力!

 ダンディな團伊玖磨さん、こがらでしたが偉大な詩人の江間章子さん ・・・ こうした方と同じ場で呼吸することができたのは、音楽あればこそと、嬉しい想い出の一つとなっています。

 労演で岐阜市に来られたダークダックスの皆さんとも、サインをいただきながら短くことばを交わせたことがあります。ゾウさんが色紙にせっせとゾウの絵を描いてくださった優しさも懐かしく思い出します。

 音楽は、一瞬に時を越えてよき人との出会いを再現してくれる不思議な力をもっていますね。

 今日もよき日となりますように。

  

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2009年3月 7日 (土)

ダークダックスの半世紀

 『日本の美しい歌 ダークダックスの半世紀』 新潮社 2,007年6月30日発行 ・・・ 著者は喜早 哲 (きそう てつ) ・・・ダークダックスのバリトン 愛称 ゲタさんです。

  この本には、ほかではなかなか読めない内輪話も出てきます。ダークダックス誕生に大きく関わった小島正雄さんとダークダックスが入院していた山田耕筰さんのお見舞いに大きな犬のぬいぐるみを持って行ったら、付き添いの方が山田耕作さんは犬が死ぬほど嫌いなのでと耳打ち。後でそのことを聞いた一番弟子の團伊玖磨さんは、「山田耕筰の死期を早めたのはダークダックスだ!」とおっしゃったとか随筆か何かに書かれたとか。

 また、ダークダックスがステージ上でトークするときの話題の一つとして、次のことも書かれています。

 作曲家の中田喜直さんは 「夏の思い出」「小さい秋みつけた」「雪の降る町を」を作曲しているが、春をテーマにしたヒット曲がない ・・・ そのことを中田喜直さんに申し上げたら、「春をテーマにした曲をヒットさせると親不孝になってしまうのです。何しろ『早春賦』が、父、中田章の作品ですから」との返事 ・・・

 こんな形で、四季の名曲を作曲した中田親子のことを紹介しているのですね。

 マンガさんが病気のため、三人で出演して歌うことがあります。そういうときにはゲタさんがメロディを歌うことが多いのだそうですが、つい、以前の自分のパートを歌ってしまってメロディが途絶えることもあるそうです。するとパクさん、ゾウさんがとっさにメロディをカバーして、時には三人がメロディを斉唱してしまうときがあるというようなチームワークのよさ(?!)も書かれていました。

 ロシアの可愛い女の子をメンバーに入れて活動、というような野心もあったようですが、慶応ボーイといわれたダークダックスもお孫さんが慶応ボーイというような年代になり、この企画は実現しなかったようです。なんでも、熱烈なフアンのおばさまたちの猛反対があったとかなかったとか。 

  まだ読みかけですが、小学時代から親しんできたすてきなコーラスグループであるだけに、なつかしく思いながら読み進んでいます。

 今日もよい日となりますように。 

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2009年2月 4日 (水)

うた心

 『ピアノ 幸福いっぱいの日々』 (中村菊子著 全音楽譜出版社 2006年3月20日第一刷発行) を読んでいます。

Ca390004  写真のようになかなか華やかな表紙です。

著者によると、次のような状態になっているのだそうです。

◇ 日本  ピアノを習う人口が世界で一番多いが戦前からの古い指導法も依然として行われている

◇ アメリカ  ピアノを習う子が非常に少ないが、メソード ・・・ 教授法 ・・・ は世界の先端を行っている

 アメリカでの子どものピアノコンクール

 その子の演奏が人まねでなく,想像性と、創造性に冨み、聴く人にいかに大きく語りかけてくるか、が採点のポイント。そのような点で優れていれば当日、二つや三つ音をはずそうと、そんなことは問題にならない。

 最も悪いとされる演奏は、指先だけで「f」では強く、「p」では弱く、テンポ通り、はずさないでひけた、という表面的な演奏 ・・・ こういう演奏は「あなたの演奏はテクニックだけで,冷たくて、うた心がありません」ぐらいの評をもらって終わりになる。

  この本の他の箇所にあるのですが、指づくりを初期に大切にし、そのあとでうた心を育てようとすると、うた心がしぼんでしまって,その子らしさが伸びてこなくなりがちなのだそうです。

 ピアノだけでなく、教育全般にわたって、角を矯めて牛を殺すことのないように、しかし、鍛える必要があることについては遠慮会釈なく、見通しを持って適切にみっちりと鍛えることが大切なのだと改めて思いました。

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2009年1月26日 (月)

ヴェルディの奥さん

 ヴェルディは、「リゴレット」や「椿姫」などの歌劇を世に送り出しただけでなく、今から100年以上も前に年老いた音楽家たちのために憩いの家を建てるなど、大きな貢献をした音楽家です。

 その彼を支えたのが、つらい時期の彼を支え、後に彼の妻となったジュゼッピーナ・ストレッポーニという歌手でした。

 長男を急な病で亡くし、それを悲しんだ妻も亡くなってしまったヴェルディは、そんな悲しい時期に喜劇の作曲を依頼され、苦しみの中で完成したオペラは大失敗 ・・・もう決して何も書くまいと決心したヴェルディを励ましたのが、スカラ座という大劇場のプリマドンナだったジュゼッピーナ。

 完成した「ナブッコ」という歌劇は大ヒット・・・そのヒットは、ジュゼッピーナが演ずるヒロインのドラマティックな歌唱に支えられていました。強い声の要求されるこのアビガイッレという役を見事に果たし続けた彼女は、すべての公演が終わったとき、のどをつぶしてしまっていて、まもなくステージを去らねばならなくなっていたそうです。

 その後も献身的にヴェルディを支え続けた彼女は、44歳の時に合法的な結婚ができたとのこと。ヴェルディは周囲に請われて国会議員になる一方、「マクベス」「運命の力」「アイーダ」などの歌劇を作曲しました。

 今日の冒頭にご紹介した老音楽家たちのための「憩いの家」を建てたヴェルディに「この家はあなたの最高傑作ね」と語り、そして彼女自身もつつましく暮らしてためたかなりの金額を、遺言であることに基金として捧げたそうです。

 彼女の死後、永久に毎年、50組の貧しい家族のためにその基金の利息を遣って欲しい・・・  

 すばらしい人生を歩んだヴェルディとその夫人は、「憩いの家」の礼拝堂に仲良くねむっているそうです。

 『五線譜の薔薇』 (萩谷由喜子 著 ショパン社 2002年6月10日 第一刷発行)に書かれていたことをご紹介いたしました。 

 今日の私たちの歩みも、人生のすてきな1ページとなりますように。

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2008年12月21日 (日)

♪チャイコフスキー交響曲第5番

 岐阜大学管弦楽団の第42回定期演奏会を聴きに行きました。

 締めくくりの曲は、チャイコフスキーの交響曲第5番です。

 感動しました。身の震えるような ・・・ 

 感動したのは、この管弦楽団の第1回と第2回の定期演奏会のとき・・・ 今から40年ほど前、私自身がステージの上にいたから、ということもあるでしょう。 つまり、この日の演奏者たちは、私の部活動の後輩ということになります。

 でも、それだけでなく、この日のために懸命に練習を重ねてきてそれを心を合わせて見事に花開かせ、とても素晴らしかったからです。

 私が1年生と2年生のときには、OBなどの社会人、高校生、そして大学生で編成されていた「岐阜交響楽団」がありました。

 私が3年生になるとき、学生の管弦楽団とOBや社会人の岐阜交響楽団とに発展的に分離しました。岐阜交響楽団は、その後、「岐阜県交響楽団」となり、こうした交響楽団としては全国的にもあまり例のない、自前の練習場を建設するに至っています。

 岐阜大学管弦楽団の第1回定期演奏会は、ドボルザークの交響曲「新世界より」がメインのプログラムでした。

 翌年の第2回は、ベートーベンのピアノコンチェルト第一番、そしてメンデルスゾーンの交響曲「スコットランド」だったと思います。 ・・・ 実は、この2回目に チャイコフスキーの第5番を演奏したように思っていたのですが、演奏会場が岐阜市の商工会議所だったことを思い出しました。大学2年生のときの岐阜交響楽団のコンサートだったのを取り違えていたように思います。

 当時は、教育学芸の前身の学芸学部で、音楽科に入学した先輩の中には、プロを目指し、実際にプロの交響楽団に入られた方が何人もおられました。その方たちは、協奏曲のソロ奏者として、またいろいろな曲のリーダーとして卓越した存在でした。

 そうした方が卒業され、教育学部となり、「がんばろう」と練習を重ねて、第1回、第2回と定期演奏会をして、後輩にバトンを託して卒業したのが40年前だったのですね。

 ステージには、卒業後のことについて相談に来てくれた学生の姿が何人もありました。その彼らがリードして歩み、本当にすばらしい演奏をしたので、胸が熱くなりました。自分が所属していたトランペットの出番が近づくと、未熟な私が苦労して取り組んでいた楽譜が詳しく浮かんでくるのです。そして、後輩たちはどのパートも見事に演奏していました。

 全員を美しく思いました。

 演奏中の撮影はご遠慮くださいとアナウンスがあったので、演奏後の、金管楽器奏者が立つように指揮者に指示されて立ったところを記念に写しました。

Pap_0002  オーケストラのみなさん、すてきな定演、本当におめでとう 

  そして、ありがとう

 さて、今日、キリスト教会では、クリスマス礼拝が行われます。 どうぞ、ご参加ください。

 

 

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2008年12月11日 (木)

くじけなかったピアニスト

 先日紹介させていただいた『ひとり5分で読める ピアニストおもしろ雑学事典』(萩谷由喜子 著 ヤマハミュージックメディア発行)に、苦難を乗り越えたハンガリー出身の二人のピアニストが紹介されています。

 ジョルジュ・シフラ ・・・ 第二次世界大戦中、前線にかり出されて捕虜になり,辛酸をなめ、戦後は国外脱出を計画したとして強制収容所に入れられたそうです。1枚60キロの大理石板を運ぶ強制労働を毎日10時間させられたとのことですが、後にピアニストとして国際舞台で活躍しました。

 リリー・クラウス ・・・1942年、アジアを演奏旅行中、ジャワで日本軍の捕虜となり、素手で1日3回、バケツ40杯の水を井戸から汲み上げる作業を課されました。クラウスは,後にこう語ったそうです。

「最初は意気消沈しました。でも、またピアノを弾くときがくれば弾くのだし、そうでないのが神のご意志なら弾かないまでだと考え、働き続けました。その結果、手は素晴らしく強くなったのです。

 ピアノを弾くためにはつかないほうがよい筋肉が肩や手についてしまうということもあったでしょうし、なによりもピアニストがピアノに向かえないで遠ざけられてしまうのは、とてもつらいことであったに違いありません。

 それを乗り越えたとき、きっと以前にも増した深みがその演奏に加わったのではないでしょうか。

 試練を前進への力に転ずる ・・・ すごいことだと思います。

 2008年も、あと三週間となりました。 よき一日一日となりますように。 今日は、身内の一人の誕生日です。誕生日、おめでとう(^。^)

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2008年12月 7日 (日)

『ピアニスト おもしろ雑学事典』

 『ひとり5分で読める ピアニスト おもしろ雑学事典』

(萩谷由喜子 著・ヤマハミュージックメディア 2008年4月1日初版発行)

を読んでいます。巻末には古今の名ピアニスト318人の名鑑が載っており、楽しく読める労作です。

 紹介されている一人、ポーランド生まれのパデレフスキのところから少し引用しながら書かせていただきます。

 滝廉太郎が文部省給費留学生としてライプツイヒ音楽院に留学した時期にパデレフスキの演奏を聴き、友人に感想を書き送ったことがあるそうです。

 若くして、結婚。生まれた長男に重度の障害があることが分かってまもなく、奥さんが亡くなったそうです。21歳のパデレフスキは24歳ころピアニストになる決心をし、一日に17時間もの練習を続け、27歳でパリでデビュー、奇跡的な成功を収めたとのこと。

 ロンドンでも認められ、アメリカに ・・・ 演奏旅行中も長時間練習を続け、熱狂的の嵐を呼び起こし ・・・その黄金の手に10万ドルの保険をかけたのは、おそらくピアニストとして史上初の例とされているそうです。

 再婚して、夫婦で社会福祉事業にも熱心に取り組み、コンサートの収益を祖国ポーランドの独立運動に投じ、1919年には推されて第二次ポーランド独立共和国の第三代首相・兼外相を務め、その後、国連のポーランド大使もつとめたとのこと。

 母国語の他、ロシア語、フランス語、ドイツ語、英語を自由に操り、スピーチも爽やかだった ・・・ナチスの蹂躙を受けた祖国のために、回復資金集めの演奏会をするためアメリカに渡り、力尽きて亡くなったときは80歳。「ポーランドが自由の国になるまで帰国しない」との遺志に従い、ワシントンのアーリントン墓地に埋葬され、51年後の1991年に彼は遺灰となって里帰りし、ワルシャワの聖ヨハネス聖堂の地下霊廟に眠っているそうです。

 うーん、すごい人生、すばらしい才能と生きる意志 ・・・ あのショパンの生涯ともイメージが重なるところがありますね。

 しばらくこの本を楽しんで読みたいと思います。

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくだされば嬉しいです。

 よき日となりますように・

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2008年12月 3日 (水)

音楽療法の講座 その25

 ここ4回、高齢者の音楽療法についての講座を受講いたしました。

 そして、今年度の講座は、25回で終了です。

 普段、あまり人と会話されなかった高齢の方が、音楽にふれ、一緒に歌ったり、それぞれの方のリクエスト曲を歌ったりする内に、日常的にも会話を交わされるようになってくる実例などをうかがいました。

 まだまだ、私は音楽療法士の卵にもなっていませんが、こうした自前の音楽療法士の育成には、岐阜県、そして奈良市が日本でも先進的に熱心に取り組んでいるのだそうです。

 来年度の講座開始までに、今までの講師の方々に紹介いただいた書籍を読んだり、ギターなどの携帯できる楽器で簡易伴奏ができるように練習したりしたいと思います。

 ギターは、コードネームを見てぱっと弾けるようになりたいと高校時代から思っていましたが、それを果たせないまま、おお、何と半世紀近くを過ぎてしまっているのです。もちろん、その数十年を何もしないで生きてきたということではありませぬけれど。

 春を彩るチューリップたちは、寒い冬の期間を地中で過ごしています。こつこつと地味な努力、血のにじむような鍛練を重ねて、フィギュアスケートの選手たちは氷上で華麗に舞うのでしょう。

 準備運動をすることに不熱心な人がオリンピックの晴れ舞台には立ちたい ・・・ というようなあまいことでは、素晴らしい実を結ぶはずがないのです。

  などと、頭では分かっているのですから、着実な努力を積み上げたいと思います。

 ここ1年半ほどピアノには、毎日1時間ほどは向かい続けることができ、少しですが、聴くだけだと思っていた曲を自分で奏でることが出来はじめてきたのは嬉しいことです。

 そしてもう一つ、このブログを800日ほど継続できていること ・・・ これは訪れてくださる皆様方のおかげです。

 生涯、学び続けていく気持ちだけはありますので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

 今日もよき日となりますように。 

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2008年11月19日 (水)

♪「影を慕いて」

 懐かしのメロディをピアノで弾いて聴いていただくとき、背中を向けることになり、聞いてくださっている方の表情がとらえられないシチエ-ションになりがちです。

 それで、キーボードを用意し、それも向かい合ってでなく、ソファーに並んで座ってより身近で伴奏しながら、できれば歌っていただけるようにセッティングしてみました。

 楽譜に記されている歌詞の文字が小さかったので、紙に大きめに歌詞を書いてお渡ししました。

 曲は、古賀メロディの一つ、♪「影を慕いて」です。

 すると ・・・ ソファーを通して振動が伝わってきたのです。

 見ると、その方は、涙を流し、体を震わせて歌っておられたのです。

  相手に寄り添って ということばを、18日の音楽療法の講座でうかがったのです。 今までも何回か耳にしていたのですが、この日、この教えに血を通わせることが出来たように思います。

 まだまだですが、励みます。

 不思議なことに、18日夜8時、NHKで古賀メロディの特集が放送され、まっさきに森進一の熱唱で歌い上げられたのが♪「影を慕いて」でした。 こういうことって、あるのですね。気温は低下傾向ですが、胸が熱くなりました。

 今日も、よき日となりますように。

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2008年11月14日 (金)

♪「せいくらべ」の歌詞から

 11月13日の月はまんまる ・・・ 冬満月と呼ばれるとのことです。

 と書き出して、なぜか季節外れの♪「背比べ」の歌について ・・・ 

「背(せい)くらべ」

海野厚作詞・中山晋平作曲

のきずは おととしの五月五日の 背くらべ
(ちまきたべたべ 兄さんが
(はか)ってくれた 背のたけ
きのうくらべりゃ 何
(なん)のこと
やっと羽織
(はおり)の 紐(ひも)のたけ

柱に凭
(もた)れりゃ すぐ見える
遠いお山も 背くらべ
雲の上まで 顔だして
てんでに背伸
(せのび) していても
雪の帽子
(ぼうし)を ぬいでさえ
一はやっぱり 富士の山

 なぜ、柱の傷は,昨年でなくて一昨年なのか 

 それは ・・・ 作詞の海野さんについては次の記事がインターネットhttp://www.worldfolksong.com/songbook/japan/seikurabe.htm

にありました。

 海野 厚(うんの あつし/1896-1925)は、静岡県豊田村曲金(現在の静岡市駿河区)の出身。7人兄弟の長兄。旧制静岡中学卒業後、早稲田大学に入学するため、地元の静岡を離れ一人上京している。

 童話雑誌「赤い鳥」に投稿した作品が北原白秋に認められ、海野は童謡作家となった。都会の生活にも慣れ、俳句や童謡の世界に没頭した海野は、病弱だったこともあり、1919年を最後に地元の静岡には帰郷していないという。

 28歳でなくなったのそうです。 

 さて、ある待合室で手にした漫画誌に去年でなく,一昨年の背くらべになっていることの答えが載っていました。

 それによると海野さんの俳句の先生の父親の追悼記念の句会が5月5日に行われ、それに出席するためにその年、海野さんは帰省しなかったので一年とんだのだそうです。

 来年の5月までは覚えていられそうにないので、今日、書かせていただきました。

 なお、「やっと羽織のひものたけ」を文脈から私はほんの少ししか伸びていないと受け取っていましたが、14.5センチほどとか、柱の傷の高さは,かろうじて今年着ている羽織のひもの高さに届くほど低いところ ・・・ 2年の間にそんなにも伸びたとの解釈もあるそうです。

 また、背比べを、一昨年の自分と今年の自分とを比べているという取り方と、3人の妹、3人の弟の長兄である作詞者の背丈と弟たちの背丈とを比べているという受け取り方があるそうです。

 あなたは、どう感じられますか。

  一つの歌詞も,考え出すとなかなか ・・・  それでは、また。

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2008年11月10日 (月)

♪「飛騨山娘」

 高山市の城山公園には、♪「飛騨山娘」の歌碑もあります。飛騨の詩人吉村比呂詩さんと、音楽の先生、山下笛郎さんの作られた味わいのある歌です。

 山下笛郎(本名 山下佐助)先生は、私の高校時代の恩師の一人です。音楽の時間、私たちがそれなりに一生懸命に歌うと「いい曲なんだけどね」 などとコメントをされたことを懐かしく思い出します。青春の思い出の一つです。

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 三回にわたって、高山市の、特に城山公園を登場させていただきました。

 小学時代に愛犬と走り回ったことを思い出してのことです。おつきあいありがとうございます。

 おつきあいと申しますと、このブログ、今日が781回目の記事、のべ3万人を超える方が訪れてくださいました。感謝申し上げます。

 寒さの増すこのごろ、どうぞ、あたたかくしておすごしください。

 よき日となりますように。

 

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2008年11月 1日 (土)

♪「里の秋」

 この季節によく歌われる歌、♪「里の秋」

どうして母さんとただ二人なのかと思っていましたら、3番の歌詞に書かれておりました。

「里の秋」

斎藤信夫 作詞・海沼実 作曲

静かな静かな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんとただ二人
栗の実 煮てます いろりばた

明るい明るい 星の空
鳴き鳴き夜鴨
(よがも)の 渡る夜は
ああ 父さんのあの笑顔
栗の実 食べては 思い出す

さよならさよなら 椰子の島
お舟にゆられて 帰られる
ああ 父さんよ御無事でと
今夜も 母さんと 祈ります

 お父さんは、兵隊として椰子の島 ・・・南方に配置されていたのですね。

 平和を、そしてどの家族も引き離されることのない世の中をと、心から願います。

 聖書のことば 

 平和をつくり出そうとしている人は幸福です。 そういう人は神の子供と呼ばれるからです。  マタイによる福音書 5章 9節

 明日は日曜日、キリスト教会では聖書に基づくメッセージが語られます。

 よい日となりますように。

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2008年10月29日 (水)

音楽療法の講座 18~21

 ここ4回は、成人の音楽療法についての講座でした。4回のテーマは下記の通りです。

◇ 概論  

◇ 対象者の理解 

◇ 成人分野における音楽の役割 活用の仕方

◇ まとめ

 特に心に残ったのは、「音楽療法士としての心構え」です。

・自分を知ること

・体調、心身をベストに保って臨むこと

・主役は、自分や音楽ではなく、対象者

・音楽のエネルギー、メッセージ性を理解し効果的な援助をする

・信頼関係を築き、施設職員、関係者と力を合わせる

・独断に陥らず、日々研鑽に励む

・守秘義務を厳守する

 これは、多くの専門職にも通ずることだと思われます。

 4回の中のある講座では、重度の方と何年かを歩まれた過程、現状をを紹介してくださいました。 働きかけをスタートされた頃と現在では、対象者の方の表情、反応がはっきりと異なっていること・・・少しずつですが着実に豊かな時間を一緒に創り出せるようになってきていることが見て取れ、感激しました。

 この後、高齢者の音楽療法を4回学んで、その後は自主研修ということになります。

 岐阜県音楽療法研究所のホームページには、11月14日(金)、15日(土)の両日、一般の方が無料で参加できる講座が紹介されています。

 関心のある方はごらんください。

http://www.gmt-net.jp/seminar13.html

 気温が下がる時間帯が急速に広がりつつあります。どうか、お風邪などお召しになりませんように。

 我が家では、早々とこたつが登場しました。 ・・・ うーん、いいものです。

 それでは、よき秋の日となりますように。

 

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2008年10月24日 (金)

ザルツブルグの女主人

 10月23日の朝日新聞の投書欄にこんな記事がありました。

 この投稿者の従弟がモーツアルトの生地、ザルツブルグに旅行し、この機会にバイオリンを購入しようと現地の店を訪れたのだそうです。

 女主人は、まず、3万円、次に5万円のバイオリンを提示したそうです。

 従弟は、せっかくの機会だからとショーウインドウの中の楽器を見せてもらうことにしました。(ちなみに70万円ほどのバイオリンだったとか)

 3回ほど弦を弓で弾いたら、女主人は、さっとそれを取り上げ、彼に3万円のバイオリンの購入を勧めたそうです。「初歩の手始めにはこのくらいの楽器でいいのよ」

 その話を聞いた投稿者(76歳のご婦人)は、ザルツブルグの町並みを思い浮かべつつ、異国の、いわば一見(いちげん)の客に、「売らんかな」ではなく、真摯に対応した女主人のマイスター精神に感じ入ったとのことです。

 ・・・ いろいろな解釈が出来るのかも知れませんが、そのとおりに受けとめ、秋にふさわしい、いい話だと思いました。

 今日もよい日となりますように。

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2008年10月23日 (木)

生の音、人工の音

 大学時代、音楽鑑賞の講座があり、これは音楽科だけでなく一般の学生に開かれていましたので、受講していました。

 その先生は、確かあのワルツ王、ヨハンシュトラウスの愛器だったバイオリンを所有しておられ、岐阜県交響楽団の母体を昭和28年ころにスタートさせた方です。

 その講義の中で、人間の声が最高に芸術性の高い楽器で、間にいろいろな装置が入るほど芸術性から遠ざかるのだ、というお話がありました。

 そういうものかなあ、とそのときは思ったのですが、最近になって、たとえばバロック音楽が胎教によいと言われるけれど、レコードやCDなどの音ではなく、できれば生の演奏が一番よいのだと聞きました。また、落語などの話芸、演芸も肉声を鍛えてできるだけ、マイクに頼らないこと ・・・ そうすれば声だけれど、マイクを通すと音になってしまうのだと落語の名人が書いているのを読みました。 「音声」ということばもあるのだから、そうこだわらなくてもいいではないかと思わないでもありませんでしたが、大学時代の講義とも思い合わせて、考えることが時々あります。

 結論は、自然の中に出ていって生の自然を見、聞くことが出来ればそれが一番よいだろう。また、コンサート会場に足を運んで生演奏を聞くことが出来れば、音楽を楽しむには理想的だろう。

 それが出来ないときには、電気的な音、ラジオ、CD、テレビなどで音楽や美しい情景などを鑑賞するのが次善の策だろう   というところに落ち着きました。

 常識的なところにいたるまでをおつきあいいただきまして、ありがとうございます。

 赤ちゃんには、おなかの中にいるときから、穏やかな母親、家族の声を聞かせ、生まれてからは肉声で子守歌などを歌って聞かせ、有名な人の朗読をテープなどで聞かせるよりは、家族が読み聞かせをしながらはぐくむ ・・・ 同じ部屋で同じ時間を共有しながらすごすことにもなりますし、これは大事なことではないかと(書き起こしたこととは別のところに来ているかも知れませんが)、思います。

 電話、携帯電話、メールよりも、また、パソコンで打ったメールよりも、肉声、顔を見ながらの会話、手書きの文字のほうが、心を結ぶ力がより豊かだということになるかもしれません。

 生の演劇、寄席、オペラ、コンサートは、手間も時間も費用もかかりますけれど、それゆえに得られる感動も大きいという面があることでしょう。

 しっとりと雨が降る秋の日、そんなことを考えてみました。

 今日もよい日となりますように。

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2008年10月21日 (火)

♪ 「ラ・カンパネラ」

 NHKの「名曲探偵アマデウス」という番組は、クラシックの有名な曲の成り立ち、構成を推理小説のように解き明かしてくれておもしろいですよと紹介してくださった方があります。

 曲のアナリーゼ(分析)は、せっかく楽しく聴いている曲をばらばらにして、骨皮筋エモンのように味気ないものにしてしまうことが多いのではないか ・・・ これは、イソップ物語の自分の手が届かないところにあるブドウを「あれは酸っぱいから私は採らないのだ」と対象をけなすことによって自負心を保とうとするキツネのつぶやきに似た私の思いです。

 でも、「名曲探偵アマデウス」は、謎解きの要素をうまく盛り込んで展開し、登場する演奏家の生の思いも語られるので、好きな曲が素材になっている時にはなかなかおもしろい番組です。

 先日、この番組に「ラ・カンパネラ」が登場し、リストのこの曲には三つのバージョンがあることを知りました。それぞれが書かれ、発表された時期はかなり年数に開きがあるそうです。一つの着想を何年にもわたって作曲し続けたリストの情熱、真摯さが偲ばれました。

 たいへん驚いたことがあります。番組に登場したピアニストの小山実稚恵さんが、「ラ・カンパネラ」の三つのバージョンをどれも楽譜も見ないで鮮やかに演奏されたのです。 三つのどれも難曲だと思うのです。いかに優れたピアニストでも一朝一夕に弾けるようになる曲ではないと思うのですが、それを三曲とも暗譜で見事に演奏される ・・・ そんなことってあり ?  と信じられない思いでした。

 チャイコフスキーコンクール、ショパンコンクールのどちらにも上位入賞を果たしているのは、日本人では小山実稚恵さんだけです。卓越した存在だとは知っていましたが ・・・ とにかく、小山さんの「ラ・カンパネラ」の演奏と語りを観ることができ、先日の「名曲探偵アマデウス」は、すてきな出来映えでした。

 この小山実稚恵さんが岐阜に来演され、クリスマスイヴにチャイコフスキーのピアノ協奏曲を弾かれます。これも魅力ある企画ですね。

 今日も、よき芸術の秋の日となりますように。

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2008年10月 1日 (水)

音楽療法の講座 その17

 今回は、「児童の音楽療法」その4 でした。

 講師は、小児科の医師と一緒に病院内で遊びと音楽療法の実践を重ねると共に、ご自宅、幼稚園、小学校の特別支援学級などで幅広く取り組んでこられた方でした。

 お話しの中に、広く、深い実践者としての歩みがきらきらと輝き出てくる印象を受けました。

 セラピストは、体全体で対象児の音を感ずる感性が大切 ・・・ 対象児はたとえことばは少なくても、あるいはないようであっても、感受性豊かで、意志を備え、音、表情、様子などで自らを発信している それを感知できる力と精神的ゆとりを持ち合わせて臨みたい

 ・・・いつもながら、今回も中身の濃い2時間でした。

 さて、今日から10月 ・・・ お風邪などお召しにならず、よい日をおすごしください。

 

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2008年9月17日 (水)

音楽療法の講座 その16

 児童の音楽療法 その3 を受講しました。

 音楽療法のプログラムを立てるとき、個別かグループか 部屋の設定はどうか 時間の長さは何分にするのか 知っている曲や初めての曲それぞれの活用法は 楽器で伴奏するのか、CDをかけて活動するのか などなどを教えていただきました。

 カスタネット、いろいろなドラム、こきりこなどを用いて、椅子に座って活動する場合、立って活動する場合などなど、実際にグループを組んで実体験して学びました。

 楽器も、セラピストが配る場合、各自に選択させる場合、机の上に置いておいて自由にとらせる場合などなど、目的、意図によっていろいろなヴァリエーションがあることも分かりました。

 9月16日、16回目の講座、そして空には十六夜(いざよい)の月、と16尽くしとなりました。

 志を同じくする人たちと楽しく学べることがありがたいです。

 さて、今日も、よい日となりますように。

 

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2008年9月10日 (水)

音楽療法の講座 その15

「児童の音楽療法」その2 を受講しました。

今回の講座の目的 「音楽療法で的確な支援をおこなうために児童の姿をどうとらえるかを把握する」

 二つのことばが心に残りました。

◇ 私たちも、すべてのことが完全に出来るわけではなく、苦手なことは人に助けてもらっている。 障がい者を特別な人と見ないで、自分と同じ、一人の人としてとらえることが、まず大切

◇ こちらの理解が正しいか、意図は適切か、プログラム、働きかけ、選んだ曲はふさわしいものであるか ・・・ その答えはすべて対象者が示してくれる

 熱心に多方面にわたって実践を重ねてこられた講師さんのことばですから、説得力を備えていました。

 上記のことは、音楽療法という枠を越えて通用する真理だと思います。

 このほか、音楽を用いてどのような意図でどんな活動をするとよいかを,具体的に体験させていただきました。感謝です。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年9月 3日 (水)

音楽療法の講座 その14

 この講座も、夏休みがあったのですが、いよいよ後半の部が開講しました。

 9月2日は「児童の音楽療法 1 概論」でした。

 中身の濃い講義の中で、音楽療法士に求められること として次の三つを挙げられました。

◇ 基本的な信頼関係を築くこと ・・・ そのために、対象児の背景、思いを確実に把握すること。 

◇洞察力 ・・・ 個人特有の行動、反応を敏感にとらえる目を磨く

◇直感力 ・・・ 対象児からのメッセージをとらえ、適切に意志を受けとめる

 この三番目について、自分はどうかと考えたのですが、私の場合、事前に立てたプログラムを進めるだけにやっとの状態に陥り、相手からのメッセージをとらえることは多分できない確率が高いだろうと思います。

  以前読んだ本に、重度の障害のある方たちを訪問して精一杯やったけれど、何も反応を感じられなくて落ち込んで帰ろうとした人のことが書かれていました。 ・・・ ところが、意気消沈して帰ろうとした人のところへ、普段、その重度の障害のかたたちをお世話し、多くの時間を共に過ごしている介護者たちが、興奮してお礼を伝えに来たのだそうです。

 「あの子が音楽に合わせて体をゆすっていました。初めてのことです」

「車椅子を、あまり動かない足や手で叩いてリズムをとっていました」

「小さな声で歌いながら、指先で床に振動を伝えていました」

 などなど。  それを聞いて、落ち込んでいた音楽関係の訪問者は涙をこらえられなかったそうです。

 私も、敏感に相手からのメッセージをとらえることのできる人へと成長したいと思います。障害をもっている人からのメッセージを的確にとらえるには、五感と共に、心をしなやかに研ぎ澄ませることが特に必要だと感じています。

 このほかに 「子どもがやりたいことと、できることとは違う」 それで、

やりたい気持ちをたいせつにして、できる活動へと導く」

 また、タンバリンをたたこうとするけれどたたけない子にどうしたらたたけるようになるかを工夫する行動療法的な側面、そうしたことを通して、自己と周りを受け入れ、より人間らしくいきいきと楽しんで歩めるようにはぐくむ自己実現的な側面を音楽療法が備えていること

 などなどを学ばせていただきました。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2008年8月30日 (土)

魂を開くもの

 NHkの朝のドラマ「瞳」に、会社人間だった人が、うまく退職後の生活に着地できていない祖父として登場してきました。

 主人公が「ダンスの力」を見てもらい、それを感じたその人は表情も生き方もやわらかくなっていました。これはドラマの世界ですが、ある本にこんな記述がありました。

『ひとり5分で読める ピアニストおもしろ雑学事典』(萩谷由喜子 著・ヤマハミュージックメディア 発行 2008年4月1日 初版発行)

 以下は、上記の本の「遠藤郁子」さんの項目の記述の一部です。

 ・・・1990年に病を得て外科手術を受けたが、術後3週間からピアノに向かい、カムバックを遂げた。この体験から心身の悩みを抱える人々にピアノ演奏を通じて生きる力をもたらすことをライフワークとし、1996年には「松本地下鉄サリン事件被害者支援チャリティコンサート」でショパンを演奏、サリン事件被害者で意識不明の河野澄子さんに反応を呼び起こした。

 この文を読んで、魂から発する音楽は魂に届くのだと思いました。

 ピアニスト遠藤郁子さんの談話か対談を以前ラジオで聞いたことがあるように思うのですが、ぜひ、生演奏か、それでなければCDで聴かせていただきたいと願うようになりました。

 今日も、よい日となりますように。 

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2008年8月 7日 (木)

音楽療法の講座 その13

音楽療法の講座 その13

 音楽療法における「倫理」について、その大切さ、必要性を学びました。2時間では、言い尽くせないので、この講義を学びのきっかけとして今後深めてほしいとのことでした。

 外から規制されるのではなく、人の内部に確立される自律的なもの、問題に対して解答を述べるためでなく、自分自身の行動について、継続的に疑問を投げかけることができるかどうかが真の倫理の命題である ・・・ 幅広く手ほどきしていただいた中から私としてはそのように受け止めました。

 音楽療法士になった場合にもインフォームドコンセントは大事なのだとのことでした。そのことに関して、私が思い浮かべたことを書かせていただきます。

 行列の出来るラーメン店などという番組を見たことがあります。その中に、長い時間待って、ようやくラーメンを食べることができるお客がとても静かに味わっている店がありました。なぜかというと、何かしゃべると、店主さんに「黙って食え」と叱られるからなのだそうです。

 職人気質のご主人の気構えには敬意を表しますが、店主とお客の関係ってそういうものだろうかとも思いました。ラーメンならば、他の店に行くことも出来ますが、訪問してくれる音楽療法士を取り替えることは現実には難しいと思います。

 ですから、音楽療法士には出来るだけいろいろな人の状況にあったメニューを提供できる力量とレパートリーの広さ、謙虚な心構えが求められると思います。

 相手の方を自分と同じ重さで大切にする ・・・ そのことがどれだけ実行できるかは、音楽療法だけでなく、いろいろなところでゆるがせに出来ないことだと改めて思いました。

聖書の言葉  マタイによる福音書 7章 12節

人からしてほしいと思うことを、そのとおり、人にもしてあげなさい。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年8月 4日 (月)

指揮者カラヤン

 長年ベルリンフィルなどを指揮したカラヤン ・・・ 今年はそのカラヤンの生誕百年にあたっているのだと、先週の日曜日の朝のテレビ「題名のない音楽会」を見て知りました。(日曜日の朝は、忘れなければ録画の予約をしておいて教会に出かけます。)

 その番組によりますと、最初はピアニストを目指していたカラヤンは、大学生の頃から指揮者になろうと考え始めたようです。

 とにかく、大成功し、ヨット、高級自動車、そして何と自家用のジェット機も買って、またまた、なんとそのジェット機を自分で運転、いえ操縦していたそうです。

 ベルリンフィルと協演する予定だった歌手が病気などで他の人と余儀なく交替することになったときには、カラヤンの車やジェット機が役に立ったとか。

 目をつむって指揮をする時期のあったカラヤンは、そのために指揮台から落っこちて救急車で病院に運ばれたこともあったそうで、それからは目を開けて指揮をするようになったとか。 指揮台の後ろに指揮者が落下しないように柵が設けられるのが広まったのはカラヤンのこの事故がきっかけなのかもしれませんね。

 さて、この番組を見ていた方には、上記のことはもうお分かりですので、私が思い出した別の話を付け加えさせていただきます。

 CDの録音時間は、75分前後が標準になっていますが、この数字を決めたのは、カラヤンだそうです。

 それまで一般的だったアナログレコードに代わって音楽を録音してCDを売り出すために、何分ほど記録できるようにするのがよいかを技術者たちは指揮者として大きな業績を上げていたカラヤンに質問して、彼のいったことに基づいて決めたのだそうです。75分・・・カラヤンの判断の根拠となったのは、第九 ・・・そうです、ベートーヴェンの交響曲第9番が収録できる長さを、ということでCDの容量は決まったのだそうです。

 当時の音楽界でのカラヤンの占める位置の大きさが偲ばれるエピソードですね。

 学生時代、オーケストラの練習が終わって、近くの喫茶店に急ぎ足で何人もで駆けつけてテレビを見たことがあります。テレビには、来日したカラヤンと彼が率いるベルリンフィルの演奏が映っていました。懐かしい思い出です。

 カラヤンを帝王と呼んだ人たちがいます。でも、特に芸術の世界において、特定の個人が君臨するというのは、あってよいこととは思えません。カラヤン自身がそう呼ばれたかったかどうかは分かりませんのでこのことについて断定的な判断をくだすことはいたしませんけれど。

 カラヤンは、900のレコードアルバムを吹き込み、合計1億枚が世に出たとのことです。それを鑑賞して一人一人が借り物でなく、自分自身の感慨をもつ ・・・それでいいのではないかと、そんなことを思いました。

 今日もよい日となりますように。

 

 

 

 

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2008年7月30日 (水)

音楽療法の講座 その12

 今回は「健康科学」の手ほどきをしていただきました。

 改めて「健康」とはどういうことかをWHOや多くの方の定義から考える機会をもつことができました。

 日野原重明医師が、音楽療法の面でも我が国の先駆者であること、、そして、たとえば「成人病」という呼び名を、「生活習慣病」と改名することを早くから呼びかけ、それが、平成8年に実現されたことも再認識いたしました。

 私も「小児成人病」ということばを聞いて、(あれっ、何かへんだぞ)と思ったことはあったのです。へんだと思う程度で放置しておかないところが、やはり卓越した医師なのですね。

 現在、日野原先生は「認知症」ということばを、認知する力の衰えたことをそう表現するのはおかしいのではないか、たとえば「認知障害」と呼ぶべきではないかと主張しておられるようです。私も同感です。すでに「知覚障害」「情緒障害」ということばもあるわけですし。

 ただ、「障害」ということばは、津守眞先生は「障碍」と書くようにしておられますし、岐阜県では「障がい」と書くように改めたようです。

 「障害物」と「障害者」を同列に考えたり、感じるようなもとになる表記は、やはりもっと検討されるべきだと思いますし、「特殊教育」も、それから変更された「特別支援教育」も検討の余地があると考えます。

 25回ある音楽療法講座は、来週の講座を終えるとしばらく夏休みに入ります。でも、8月には8日の午後に二胡の演奏が聴ける機会と13日の昼・・・12時20分から13時までパイプオルガンの無料コンサートがあるので、岐阜県ふれあい会館・サラマンカホールに足を運ぼうと思います。関心のある方は、ふれあい会館のホームページをご覧ください。

 それでは、今日もよい日となりますように。

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2008年7月28日 (月)

青柳いづみこさん

 青柳いづみこさんは、ピアニストで文筆家です。たまたま、この方の著書を二冊読む機会がありました。『ピアニストが見たピアニスト』(2005年6月20日第1刷発行 白水社刊)そして、『ピアニストは指先で考える』(2007年5月10日初版発行 中央公論新社刊)です。

 いづみこさんの本には、私が以前、演奏会を聴きに行った名ピアニストの小山実稚恵さんが名高いトレーナーに「千人に一人」と言われた恵まれた手の持ち主であり、また、たぐいまれな集中力を備えていることや、あの『車輪の下』などの作家ヘルマン・ヘッセが音楽好きで、ピアニストではディヌ・リパッティやハスキルの大フアンだったことなどがさらっと書いてあり、楽しく読めます。

 ご本人は、特にドビュッシーを研究し、その演奏に秀でている方のようです。『ピアニストは指先で考える』の中には、ドビュッシーは十歳でパリ音楽院のピアノ科に入学し、当時の音楽院では、卒業試験の一等受賞者にはエラールという会社のグランドピアノ(リストが好んだピアノ)が贈られることになっていたのですが、惜しくもドビュッシーは二等賞しかもらえずにこのチャンスを逸したことなども書かれています。

 さて、同じ本の「さまざまなピアノ」の章に、先週、このブログで書かせていただいたオーストリアのピアノ「ベーゼンドルファー」のことが書かれていたので、その中から少し引用させていただきます。

         ◇   □   ○   ☆   ○   □   ◇

 (青柳さんは)演奏会ではベーゼンドルファーを弾くことが多い。四枚目のCD「水の音楽」(キングレコード)をレコーディングしたときも、ホールにベーゼンドルファーのインペリアルを運んでもらった。水の粒のひとつひとつがくっきり聞こえてきて、さわやかな印象がある。とくにリストやラヴェルはごきげんだった。

 ベーゼンドルファーは、しかし、弾きこなすのがむずかしい楽器だ。うまく操ることができれば微妙な感情のあやを表現してくれるが、少しでも不用意に叩くと、ジャーンという下品な音がする。 ・・・ 響板が広い分、他の楽器よりバスが響くので、ペダリングも注意しないと、上の音までかぶってしまう。

 ベーゼンドルファーは、置く場所も選ぶ。繊細で軽やかなタッチが特徴なのに、響きがデッドなホールに置かれると、とたんに重くなる。これはどの楽器も同じだと思うが、移動に弱く、運んだ当初はざらざらしてとてもごきげんが悪い。レコーディングのときも、ホールの空気になじんでくるまで、悪戦苦闘だった。

       ◇   □   ○   ☆   ○   □   ◇

 うーん、やはりプロの世界、厳しさ、繊細さは私などのおおざっぱな感覚とは次元を異にしています。この本の別の箇所には、リサイタルの途中までは自分と一体になって歌ってくれていたピアノが全然調子が変わってしまったので、一転して苦闘しながら演奏を終えたら、後で、ちょうどその時間から外では雨が降り出したことが分かった などという箇所があります。

 うーん、ベーゼンドルファーが一緒になって歌ってくれる弾き手になれるように、私なりに精進いたしますね。

 でも、私は一つ、自信をなくす出来事に直面しています。いえ、ピアノのことではなく、自分では自信があると思っている領分、すなわち食べることにおいてですから事態はより深刻です。まあ、聞いてください。

 先日、家内と外食する機会があり、自分ではまあまあと思ったファミリーレストランに連れて行きました。そしたら、ざるそばを注文した家内がいくらも食べないうちに箸をおいたのです。

 あまりおなかがすいていなかったのかと思った私に、店を出て車でだいぶん離れてから家内は言いました。「あんなにのびきったそばを出す店もめずらしい。無理して少し食べたけれど、あれ以上食べる気にはなれなかった。コンビニでおにぎりでも買ったほうが、よっぽどよかった」・・・おことわりしておきますが、家内はたいていの場合、食べ物に不満を漏らさず食べるのです。

  ・・・ 私は食通を気取るつもりはありませんが、少しはいだいていた食べることへの自信、自負心は砕け散ってしまいました。家内の評があたっているに違いないのですから。   しばらく無言で車は走りました。それぞれの思いを乗せて ・・・

 話題がそれて長くなりました。ここまでお読みくださって、感謝申し上げます。

 さて、今日も、よい日となりますように。

 

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2008年7月26日 (土)

よい楽器とは

 音楽科の学生さんたちの試験演奏というのを聴く機会がありました。現在までの到達点を学内で発表する機会と申しましょうか。21人が練習の成果を披露してくれました。バッハ、モーツアルト、ベートーヴェンリスト、ラヴェル、プロコフィエフ・・・曲に長短はありますが、どれも熱演 ・・・ 下手の横好きの私の及ぶところではありません。

 演奏に使用されたグランドピアノは ・・・ よく見ると「ベーゼンドルファー」・・・オーストリア製の名器です。ウイーンナートーンと呼ばれる美しい響きをもつピアノで、学生さんたちも、この日のような特別の機会に演奏を許可されるピアノなのだそうです。

 休憩をはさんで2時間ほどの会でしたが、私が学んだのは、「よい楽器は、ひたむきに積んだ練習には応えてくれるが、そうでないときには心を打つ響きを出してくれない」ということでした。

 いえ、先にも申しましたように、どの学生さんも私よりはるかに上手なのです。ただし、それはそれとして、ピアノが歌うときとそうでないときがあるのが感じられたのです。

 そのことから自分がピアノの先生にレッスンしていただくときのことに思いをめぐらしました。練習して、ある程度弾けるようになったつもりでレッスンに臨んだのに、いざ、先生に聴いていただこうとすると、たどたど、どたどた ・・・ あがるとか緊張するというのを差し引いても練習の時との落差がとても大きい曲があるのです。(というか、たいていの場合、そうなのです(^_^;

 その理由が、先の演奏会を聴かせていただいたことと思い合わせて解明できたように思います。

 先生のお宅のピアノは、先生の真摯に練習を積んだ演奏に慣れているのです。それで、その先生の域には取り組んだ時間も心構えもとうてい及ばない私が向かったとき、ピアノはその私の軽さ(体重のことではありません)をはじきとばしてしまうのです。

 それは、ピアノが意地悪で門前払いをするというのではなく、そのピアノに歌ってもらうだけのアプローチを私が出来ないということなのですね。

 このことから、よい楽器というのは、決して弾き手の練習不足を補って、いつもすばらしい音を奏でてくれる魔法の楽器のことではないことが分かりました。

 その楽器に向かった弾き手の人格や練習への構え、注ぎ込んだ正味の時間などなどを総体として感じ取り、それに見合った歌を歌ってくれる、努力したらそれを応援して一体となって音楽を奏でてくれる ・・・ それがよい楽器なのだ、そう学ばせていただいたように思います。 道はまだまだ遙か ・・・ でも、簡単に極められないからこそ、取り組む値打ちがあるのですよね。うーん・・・

 今日もよい日となりますように。

  

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2008年7月23日 (水)

音楽療法の講座 その11

 今回は「心身医学講座」 ・・・ 講師は、もともとが介護畑の方で、現在は、デイサービス、訪問看護、介護予防教室などに音楽療法を活用しておられるようです。

 ストレスのこと ・・・ ストレスはなさ過ぎても、過剰すぎても本来の心身の健康、もっている力を発揮できなくなるので、ほどほどにあるのがよいとのこと  これは、プレッシャーと置き換えても通ずるところがあるように思いました。

 心身症 ・・・ 心で起きる身体の病

 神経症 ・・・ 心で起きる心の病

ということも、教えていただきました。

 肩こりをほぐす運動も教えていただき、その運動を音楽に乗せるとより体の動きもよくなるということを体感させていただきました。その音楽は自分で作られたことを講座の後でうかがい、謙虚な方だと思いました。

 講座の休憩時間に、介護予防の方法を質問して教えていただきました。予防の段階では、たいていのことができるので、簡易楽器による合奏、手遊び、指遊び、歌に合わせてのリズム運動、また、嚥下の力を維持・強化する運動などを短い時間内に説明してくださいました。

 この音楽療法研究所がある岐阜県ふれあい会館では、展覧会が開かれていたり、コンサートが開かれていたり、いろいろ得るところがあります。

 今回は、写真のように健康相談も開かれていたので、体脂肪率、血流が順調かどうかなど、調べていただきました。

0001

 測定結果は、おおむねよし ・・・ でも、もし、頭の血のめぐりを測っていただくことができたら、どんな状況なのか、自分としては自信が持てません。

 おおむねよし  ・・・ けれど、体重を減量すれば、もちろんさらによしという味のある個別指導でした。感謝です。

 今日もよい日となりますように。

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2008年7月16日 (水)

音楽療法の講座 その10

 今回は、「社会福祉概論」でした。

 あまり詳しくは書きませんが、社会福祉にその人生を注がれた方として、石井十次さんとその妻、筆子さん ・・・2年ほど前にその人生が映画となったそうです ・・・ それから、重度の心身障害児のために生涯を捧げられた糸賀一夫先生の「この子らを世の光に」ということばも紹介してくださいました。  幾度聴いても、すばらしいことばですね。

 障害を持つ人たちは、世の人に光を当てられる受け身の存在ではなく、光となってこの世を照らす存在、そして周囲の人の心に気高い光を満たす存在だということだと思います。

 聖書の「あなたがたは地の塩、世の光である」ということばも糸賀先生は踏まえておられたことと思います。

 そのほか、多くのことを、音楽で鍛えられた美しい声で力強く教えてくださいました。

高齢化社会 ・・・ 高齢者の人口が7%を越える社会 日本では1970年(昭和45年)に。

高齢社会 ・・・ 高齢者の人口が14%を越える社会 日本では1994年(平成6年から)

ということも、学習内容の一つです。

 帰宅して、シュークリームで暑さ疲れをいやしました。 ・・・ でも、こんなことをしていると、念願の夏痩せは、実現にはほど遠い夢となってしまいますね。

 体重計に乗って、シビアに現実を直視すること ・・・ まず、そこから始めることにいたします。

 よき日となりますように。 

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2008年7月13日 (日)

オルガンコンサート

 土曜日の午後、近くの教会で讃美歌・唱歌・童謡のコンサートが開かれましたので、聴きに行きました。

 「ふるさと」や「春の小川」、「螢の光」 ・・・ 文部省が音頭をとって作成、選定された歌を唱歌というのだそうですが、そのための六名の委員の内、四名がクリスチャンだったそうです。

 童謡の「しゃぼん玉」に讃美歌の「主我を愛す」の拍子、リズムの影響がみられることなど、オルガニストの方は丁寧に調べたことをコンパクトにまとめてお話ししてくださいました。

 6名の人生の円熟期にある男性がすてきなコーラスを、ときには無伴奏で聴かせてくださいました。讃美歌、滝廉太郎の「花」「お正月」「荒城の月」などなど。

 アンコールは「椰子の実」でした。

 そうそう、オルガンは、パイプオルガンではなく、写真のように、足踏み式オルガンでした。

Photo  このオルガンのよいところ ・・・ それは、ダイエットに役立つ ・・・ということではなく、停電の時にも、キャンドルで楽譜を見るようにすれば、電気の来ない影響を受けずに演奏できるということです。

 これからの時代、足踏み式のオルガンや同じくミシンなどが復権する場面があるかもしれない ・・・ そんな気がふっといたしました。 自動車が控えられて、自転車が幅を利かすとか・・・

 それは、どうなるか分かりませんが、聖書にこんなことばがあります。

  草はしおれ、花はしぼむ。 しかし神様のおことばは、いつまでもすたれることはない。」 イザヤ書 40章 8節

 今日は、日曜日 ・・・キリスト教会の礼拝では、この神の言葉に基づいてメッセージが語られます。永遠に変わらないものを土台に人生を建て上げることの大切さを思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

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2008年7月 9日 (水)

音楽療法の講座 その9

 今回は「臨床心理」 ・・・ 人間を知るため、一緒に音楽を楽しむため、臨床心理学を学びつづける必要性を実感しあう  のが、今回の目的でした。 

 文化庁長官も務められた河合隼雄さんによると、

 臨床心理学は、心理的な問題にどのように対処するかを研究し、それを実践する学問であり、悩み、苦しんでいる人を何とか援助しようとする、きわめて実際的な要請から出発した  のだそうです。

 講師の方は、臨床心理の素材は日常の言動の中に豊富にあり、臨床心理を学ぶことは自分自身を理解し、自分がどう生きるのかを学ぶことと同義だと、熱っぽく語られました。

 元、幼稚園の先生で、小学校の介助員などを経て、現在は、多様な編成をもつ特別養護老人ホームで活躍しておられる方だそうです。

 ご自分の生きてきた歩みを織り込み、若々しい歌を途中で歌ってくださるなど、音楽と共にあってエネルギーがほとばしっているという印象を受けました。

フロイト、ユング、ロジャーズ ・・・

・大切な親、かけがえのない可愛い子 それなのに つい強く当たってしまうのはどういうことなのか

・可愛さ余って憎さ百倍となるような心の動きをどう説明するか

・セラピストとクライエントは、対等の関係であり、心の開かれた双方向の信頼が築かれていることが望ましい どうしたら、そうなれるか

・感情のかたまりをぶつけてくるクライエントに、さすがプロといえるような対応ができるようになるには

などなど、日常生活の中で自分の心の底まで見つめるときに、あいてとのコミュニケーションの道が開けてくることを考える機会をいただきました。

 うーん ・・・ 今年度の25回の講座の内、9回目まで来ました。

 毎回、このように書くのがいいのかどうか ということもありますので、ちょっと考えてみたいと思います。

 家庭菜園のミニトマト、シシトウは、よく実ってくれます。私も、実りを得られるような歩みを重ねたいと思います。 ただし、たとえばピアノを練習していて、むずかしいところにさしかかると、眠たくなるという防御反応が起こるような気がしています。どうも心許ないのですけれど ・・・

 でも、寝付きがよいのは、疲労回復、健康維持のためにはよいことですよね。

 さて、今日もよい日となりますように。

 

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2008年7月 7日 (月)

すてきなコンサート

 7月4日に岐阜県のサラマンカホールで、すてきなコンサートがありました。

 ヴァイオリンとピアノ ・・・ 二人のコンサートです。

 ピアノとヴァイオリンのためのソナタを三曲 ・・・ ベートーベン 第5番ヘ長調「春」、ブラームス 第2番イ長調、グリークの第3番 ハ短調です。

ヴァイオリン ペーター・ヴェヒター  ウイーン生まれ。ウイーンフィルなどで活躍。

ピアノ 加納佐於梨  ・・・ 岐阜市出身。 12年にわたるオーストリアでの生活を終えて今年帰国。

 ヴェヒターさんは、1941年生まれだそうですから、今年67歳でしょうか。美しく表情豊かな音色でした。

 ピアニストの加納さんは ・・・ 師事された方の中に、何と現在私がピアノを教えていただいている先生のお名前がありました。 ムムッ ・・・ ということは、恐れ多いことですが私とは兄弟弟子というか、その先生についた順序からいうと私の姉弟子ということになりましょうか。いえ、とても明るい表情の若い方なのですよ。

 表情豊かな音色、確かな技術、ヴァイオリンと息のあったすばらしい弾き手でした。・・・私との共通点は指の数くらいのもので、あとはどう逆立ちしても遠く及びません。

 今度のレッスンの時に、加納さんがどんなピアノの生徒さんだったかを、差し支えない範囲で先生からうかがいたいと思います。 でも、きっと「すべてにおいてあなたと対照的ないい生徒さんでしたよ」というようなお答えではないかと予想されるので、お尋ねするのはよそうかなとも思っています。

 とにかく、いいコンサートでした。 よい演奏にふれると生きていてよかったと、しみじみ思います。

 今日もよい日となりますように。 

 私事ではありますが、孫娘の誕生日 ・・・ きっとよい日になることでしょう。

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2008年7月 2日 (水)

音楽療法の講座  その8

 音楽療法の講座、発達心理 そのⅡ を受講いたしました。

人間は誕生から死に至るまで、成長し、変化している ・・・ 年齢が高くなるにつれて、未来よりも歩んできた過去に対する評価が高くなる傾向が強まり、回顧性が強まるけれども。 

 豊富な資料をもとに進めてくださる講座を受けながら、自分の発達のことを思いました。私自身の人生がさしかかっている年代にウエイトがおかれた内容でしたので、ちょっと感傷的に受け止めてしまっている傾向があるのですけれど。

 スポーツをするとき、ウオーミング・アップをして、心身をベストコンディションにもっていって精一杯のプレーをします。感動と拍手と呼ぶ時間を創り出す主役となる場面もあるでしょう ・・・クライマックスです ・・・そして、プレーは終わり、熱気をさますときがやってきます。 クーリング・ダウン ・・・

 人生もこうした経緯をたどるように思いながら学んでおりました。 ・・・ まったくぴったり重なるとは言えないかもしれませんけれど 

 フェアプレーで、胸を張って歩んでいこうと思います。日が沈み始めると、真昼には見えなかった星たちが空に輝き始めます。 白日ばかりでなくて、いいではないですか。

 おお、そうでした。このブログを読んでくださる方は、人生の朝日が昇り始めたところを歩んでおられる方、今、正に真昼の輝きの中を歩んでおられるのでした。どうぞ、すてきに輝き続けてくださいますように。

 私も、楽しみながら歩んでまいります。少し勾配が下向きになっているほうが、歩きやすいではありませぬか。駆け下りてしまうのはもったいないですし。・・・いえ、決して負け惜しみではありません。

 下山道 道は下れど 意気高く  

・・・ 力み過ぎてへたばって「息荒く」にならないのが私流です。

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年7月 1日 (火)

江利チエミ

 江利チエミの♪「テネシーワルツ」のレコードが発売されたとき、彼女は15歳になったばかり。一般家庭には蓄音機がなかった時代に、40万枚売れ、アメリカからの講和特使ダレス長官はそのレコードを聞いて、「日本にもこんなすばらしい歌手がいる。私の母国で最初にテネシーワルツを歌ったパティ・ページと同じくらいうまい」とほめて土産として持ち帰ったそうです。

 45歳で逝った彼女の菩提寺には、親友雪村いづみがデザインした記念碑が立っています。大理石の江利チエミの像・・・、石文に「テネシーワルツ」のイントロが刻まれているそうです。

『江利チエミ 波乱の生涯 テネシー・ワルツが聞こえる』 (藤原佑好著。五月書房 2000年10月18日 第一冊発行)から、紹介させていただきました。

 この本を読んでいて、最近ブログで書いた杉 良太郎さん、そして映画「西の魔女が死んだ」で祖母の役を演じたサチ・パーカーさんのお母さん、シャーリーマクレーンと江利チエミさんが交流があったことが分かり、感慨深いものがありました。

 白黒テレビの時代のホームドラマ「咲子さん ちょっと」やサザエさん役なども懐かしく思い出します。今もカラオケで歌われるデュエットソング「銀座の恋の物語」・・・同名の映画で江利チエミさんは、婦人警官の役で出演していました。

 映画といえば、『教育は死なず』(若林繁太著)を映画化した「教育は死なず」に、彼女は、つっぱり高校生を叱咤激励する体育の教師、ダンプ先生を熱演していることが先の本には紹介されていますので、どこかにこの映画のビデオがあれば、ぜひ、見たいと思っています。

 彼女が歌った♪「新妻に捧げる歌」(中村メイコ 作詞 神津善行 作曲)を覚えている方もおられると思います。

 45歳で逝った彼女のお葬式の日 ・・・ それは、かつての夫、高倉健の誕生日であり、そして二人の結婚式の日でもあったそうです。

 人生は短し されど芸術は長し  ・・・ そんなことばが浮かんできました。

 さて、今日から7月 ・・・ よき月となりますように。

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2008年6月30日 (月)

サマーコンサート

0007  岐阜大学の管弦楽団のサマーコンサートを聴きに行きました。岐阜県庁近くのサラマンカホールが会場です。小ホールとは申しますが、確かおよそ千人が入る会場で、日本で三つの指に入る名ホールといわれています。

 プログラムは、ブラームスの悲劇的序曲、ビゼーの歌劇カルメンからの抜粋、そしてカリニコフの交響曲第一番、熱烈な拍手に応えてのアンコールは、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」からトレパーク ・・・ どの曲も若々しい情熱に支えられた感動ある演奏でした。

 この管弦楽団は、今年42年目に入っています。この楽団の1年目と2年目 ・・・ 私は聴衆席でなく、ステージ上におりました。サラマンカホールは出来ていませんでしたが、大学3年の時に岐阜市民会館ができて第一回の定期演奏会でドヴォルザークの交響曲「新世界より」を演奏する一員として出演していたのです。

 40年を経て、管弦楽団がすてきな演奏をしているのを聴きながら感無量でした。

 ちなみに、昭和41年までは、岐阜大学管弦楽団は、その前進である岐阜交響楽団を一般社会人、OB、高校生、そして岐阜大学の学生とで構成しており、昭和42年に発展的に岐阜交響楽団と岐阜大学管弦楽団とに分かれたのでした。

 岐阜交響楽団は、その後岐阜県交響楽団となり、芥見に専用の練習場をもって活動を続けています。

 若々しい演奏を聴きながら、感動を味わったサマーコンサートの夜でした。最初の曲の学生指揮者、そして客演指揮者もすてきでした。

 ステージ上での演奏者たち、輝いていました。これからも力を合わせて新しいプログラムに演奏の命を吹き込み、そして一人一人がよき人生を切り拓かれますように。

 もちろん、私も元気に歩んでまいります。管弦楽団の演奏会のステージからは降りました。けれど、生きることを通して最高の音色を奏でようとしています。

 私も、あなたも、みんな   みんな 現役で 人生というステージの上にいるのです。

 一つ一つの楽器が 最高の音色を奏でるとき オーケストラは 最高の響きで 最高の音楽を 送り出します。

 今日という日がどなたにもすてきな人生のよき時となりますように。 

続きを読む "サマーコンサート"

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2008年6月21日 (土)

♪「雨だれ」

 今日は、夏至なのですね。2008年も、ここまで季節が進んだのかと思います。我が家の夏椿 ・・・沙羅双樹という名前のほうが通りがよいかも知れませんが、今年はたくさんの花を咲かせてくれています。

 その写真を、と思ったのですが、日が暮れてしまい、またの機会に掲載させていただきます。

 19日、岐阜市は日中は高温多湿 ・・・ じっとりとした天候でした。夜になって、雷と激しい雨 ・・・ その音で、ご近所にピアノの音でご迷惑をかけるおそれがうすまったので、たどたどと「雨だれのプレリュード」を練習しました。雨だれは、英語ではレイン・ドロップとなるのでしょうか。雨の雫の音のように左手が音を連続させるので、この名が付いたそうです。作曲者のショパン自身の命名ではないようです。

 綺麗な曲なのですが、私が練習すると、雨しずくが途絶えがちになるのです。辛辣な聴き手がいたら「おお、梅雨明けか」とからかわれそう

 ・・・ でも、いつかは弾けるようになりたいなと思い、ピアノに向かっています。4ページある楽譜の1ページ分を、つっかえながら弾けるようになってきました。 希望をいだいて歩みますね。 名曲は、へたな弾き手をもカバーしてくれるよさを備えています。とても寄せ付けてくれない厳しい面ももっていますけれど、意地悪ではないのです。

 今日も、よき日となりますように。 

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2008年6月19日 (木)

ファニー・クロスビー

 1820年にアメリカのニューヨーク州に生まれ、1915年に94歳で天に召されるまでにファニー・クロスビーは8000曲以上の歌詞を書いたと言われています。

 生後6週間ほどして、目に腫れ物ができ、かかりつけの医師が町を留守にしていたため、別の医師が手当てをしたそうですが、その処置がまずかったために、ファニーは失明してしまいました。

 さらに、彼女が1歳になる前に父親のジョンがなくなったそうです。

 けれど、彼女は、馬に乗り、木に登り、母の読んでくれる聖書などを記憶し、8歳か9歳のころ、こんな詩を書きました。

私の魂は幸せでいっぱい

私には何も見えないけれど

この世を必ず満足して生きていく

私には幸せがいっぱいある

ほかの人たちにはない幸せが

目が見えないからといって泣いたり ため息をついたり

そんなことはできないし、するつもりもない

 また、83歳のときにこう書いています。

        ◇  □  ☆  ○  ※  ○  ☆  □  ◇

 誤って私の視力をなくさせたこの医師は、いつまでも謝っていたという。しかし、もし

いまその医師に会うことができたら、私はこういうだろう。「ありがとう、ありがとう。私の視力が失われたのがあなたのせいだったとしたら、あなたに本当に感謝します」と。

 これは本心だ。心からそう思う。もし、明日から完全に見えるようにしてやるといわれても、私は断るだろう。医師の側に誤りがあったとしても、神の誤りではないからだ。主を湛えて歌い、聴く人の心にも同じ気持ちをおこさせる火に備えて、闇の中で生きなさい、というのが、神の御心だったに違いない。視力があってあれこれ気が散っていたら、何千曲もの讃美歌を書くことはできなかったろう。

   ◇  □  ☆  ○  ※  ○  ☆  □  ◇

 また、スコットランドのある牧師が訪れたとき、こんな会話をしたことも伝えられています。

「私が生まれるとき、もしなにか一つだけ創造主にお願いできたとしたら、盲人として生まれさせてくださいといったでしょう」

「それはまた、どうして」

「私が天国に召されたとき、はじめて得た視力で見る最初の顔が、わが救い主、イエス・キリストのお顔なのですから」

 心の底から、神様を信じ、人生を歩んだファニー・クロスビー ・・・ 彼女の作詞した讃美歌に心の慰めを得ている人の数は、神様のほかには誰も数えることができないことでしょう。

 逆境を逆境としないで生きる ・・・ なかなかできないことですが、そういう力を与えてくださる存在を信じて受け入れることができたとき、人はどんなことができるのかを示す実例がここにあります。

 ファニー・クロスビーの眠る場所には次のように彫られた小さな石板があるそうです。

 ファニーおばさん

 ファニー・J・クロスビー

 力のかぎりをつくして生きた

 今日も、力を出して、歩むことができますように。 

【参考にした文献】 『魂のうた ゴスペル ー信仰と歌に生きた人々ー』チェット・ヘイガン著・椋田直子(むくだ なおこ) 訳  音楽之友社1997年9月10日 第一刷発行 

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2008年6月18日 (水)

音楽療法の講座 その6

 医学概論 Ⅱ というのが、今回の講座でした。

 末梢神経や内分泌の働きを知って、病気の成り立ちを理解し健康への関心を高める

が、今回の講座のテーマです。

 自律神経・脳神経・脊髄神経 そして内分泌(ホルモン)について、図や表をもとに学ばせていただきました。講師は、音楽療法士であり、そして看護師でもあるかたです。ご多用の中を先回、今回と後輩の育成のために時間をさいてくださっているのですね。感謝です。

 内容について詳しいことは省かせていただきますが、病気の治療の種類として次の七つをお聞きしました。

1.原因療法 2.対症療法 3.内科的療法 4.外科的療法 5.理学療法

6.作業療法 7.精神療法

 さて、ここで、私は考えたのです。「音楽療法」は、この七つと並列になるときがくるのだろうか、それともこの幾つかにまたがって寄与することになるのだろうか、と。

 答えは、性急には出さず、これからの講座で学びながら考えてみたいと思います。

 それは、ともかく、健康保持に関して大切なものが、WHO(世界保健機構)では大きく次の二つに分類されているそうです。

 1) 環境: 温度・湿度・大気・水・音

 2) 生活: 栄養・仕事・運動・休養・睡眠

 この考えのもとを作ったのは、あのナイチンゲールなのだそうです。やはり、先覚者はすばらしい存在なのですね。いろいろなことの源流になっている感じがいたします。

 源流にならずとも、さわやかな風のような存在に時々なるだけでも、すてきですよね。

 今日も、そんなときを一瞬でも創り出すことができますように。

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2008年6月17日 (火)

リストという人

  リストは、ピアニスト・作曲家として有名ですから、ご存じの方が多いと思います。たいていの音楽の本の音楽科紹介のリストには必ず載っているような人ですから ・・・ (冒頭から下手なしゃれをすみません)

 リストの伝記映画を見たことがありますが、かなりはっきり物をいう人だったようです。

その1. リストが指揮をしての演奏中に王侯貴族が話し始め、その声があまりに無遠慮になってきたので、リストは演奏を中止しました。

 「なぜ、演奏をやめた」と問われて、いんぎん(あるいは慇懃無礼に)「お話しの邪魔をしてはいけないと思ったものですから」

その2.軍人が「役に立たない芸術家も軍人が闘って守ってやっているのだ、ありがたく思え」と居丈高にいうと、リストは落ち着いて次のように応じました。

「芸術家の居ない国など、守る値打ちもないと存じます」

 上記の二つは、その映画の中の印象に残ったシーンからです。

 グリーグ作曲のピアノ協奏曲は人気がありますが、グリーグがこの曲を書き上げたとき、内心、「名人といわれるリストさんでも、この曲は難しいね、練習しなくてはというのではないかというのではないか」とちょっと意地悪な楽しみをもって訪問したそうです。

 ところが、リストは、さっと楽譜に目を通して、いきなり、グリーグがその曲の中でも特に難しいだろうと思っていた独奏者の腕の見せどころ ・・・カデンツア と呼ばれるところを、そのまま演奏会で披露できるレベルで弾いたので、グリーグは圧倒され、脱帽したそうです。

 初めての曲を弾くことを「初見」というそうですが、リストの実力の一端がうかがえるエピソードですね。

 リストとは比ぶべくもありませんが、私など、何回も練習している曲が、まるで初めてのようにいつまでも手強く、なかなか弾けるようにならないのです。 えっ、それも、新鮮味が薄れないのでよいではないか、とおっしゃいますか。  ・・・ どうも、ご親切に 。

 初心忘るべからず ですしね ・・・ どうも意味を故意に取り違えているような (^_^;

 今日も、よい日となりますように。

 

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2008年6月11日 (水)

音楽療法の講座 その5

 今回の音楽療法の講座は、「医学概論 Ⅰ」でした。講義の終わりのミニテストが5問ありましたが、もちろん、これに満点を取ったとしても、「パンパカパーン おめでとうございます。今日からあなたは医学博士です。」というわけにはいきません。

 講師の方も最初におっしゃいました。「音楽療法に関した最低限の医学知識の 初歩のさわりの入り口」とか何とか ・・・

 特に、脳の機能、それをどんなところが担当しているか、音の聞こえる仕組み、声帯のこと、失語症のこと、嚥下のこと、アルツハイマーなどの中枢神経系の病気 などについて、図を活用しながら、丁寧に教えてくださいました。

 脳のここ3年間ほどの記憶は、側頭葉の海馬というところに蓄えられ、その期間後は脳の他の部位に分散して蓄えられるのだということ、血液は骨髄で作られ、次の血液との交替はおよそ120日、ということ、などなどいろいろと学ぶことができました。

 医学ということで、少し他の本から印象に残ったところを紹介させていただきます。小説ではありますが『室の梅』(むろのうめ)【宇江佐真理著・講談社発行】に次の一節がありました。

 蘭学の草分けとも言うべき杉田玄白、あの『解体新書』を翻訳したその人が、華岡青洲に向けて教えを請う手紙をしたためた ・・・ 玄白翁、このとき齢(よわい)八十歳。その謙虚で真摯な医者としての姿勢に ・・・ 江戸の医者の誰しもが深く頭を垂れる思いであった。

 ※ 華岡青洲は、このとき五十歳、全身麻酔による乳癌の摘出手術に成功、とこの書 の中では描かれています。

 日本の医学界に高名並ぶ者のない存在、功成り遂げた杉田玄白が30歳年下の青洲に手紙で教えを請う ・・・ 高齢の身でなかったら、紀伊の国に住んでいた青洲のところまで出かけていったことでしょう。あるいは、威張っている人だったら自分のところへ呼びつけようとしたかもしれません。

 私は、その江戸時代の杉田玄白翁より二十歳ほど(アハハ、さりげなく若いほうへ端数を切り捨てました)若いということになります。

 夢あるかぎり、人は老いることがない  ・・・  その心意気で励みます。

 「初歩のさわりの入り口」のミニテストで、満点は取れなかったにしてもくじけてはいられませぬ ううっ ・・・

 今日も、よき日となりますように。

 

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2008年6月 9日 (月)

『ショパンが弾けた!?』

 ショパンが弾けた!? ・・・ いえいえ、私のことではありません。伊能美智子さん著・春秋社1986年11月30日第一冊発行の『ショパンが弾けた!?』という本の題名のことです。

 ショパンが、どんな生涯を送り、どんな曲を残したのか、また、日本人になぜ人気があるかを考察しています。そして、ショパンが弾けるようになるには、どんな練習法があるかをいろいろな練習曲集の特長なども紹介しながら多様な方法を記した本です。

 もちろん、読むだけではショパンが弾けるようになりませんから、一つの道しるべとして、あとは練習あるのみです。

 内容のいくつかをご紹介させていただきます。

◇ ショパン国際ピアノコンクールは、5年に一度開催されている。

 1985年のショパンコンクールに、主催国のポーランドの参加者は12名、日本からの参加者は26名だった。

☆ ショパンは39歳で結核で亡くなった。妹のエミリアも結核で亡くなっている。

□ パリに出てきたばかりのショパンを、「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」と楽壇に紹介してくれたシューマン、そして『F.ショパン伝』を書いたリストなどよりも、ショパン自身に大きな影響を与えていたのは、バッハだった。

◇ 音楽史上のショパンの最大の功績は、「ピアノを歌わせた」こと

 ピアノのためにのみ曲を作り、ピアノの機能を最大限に活用すると共にピアノの演奏法を最大限に引き上げた。

 特に、私の心に残ったのは、ショパンが作曲するときの態度についてジョルジュ・サンドが記したことばです。

「一小節、一フレーズに膨大な時間と精神的苦悩を費やす」

 伊能美智子さんは、このことばの引用に続いて次のように書いています。

 このようなショパンの推敲の跡は音楽の上にはまったく残されていません。一見なんの苦労もなく湧き出るがごとくに作られた音楽のようにさえ見えます。

 でも苦労の跡のわかる芸術などというものは、ひっきょう真実の高みにまで達していないのではないでしょうか。

 ミューズの神という方はたいそう焼きもちやきだと聞いていますから、そうそう簡単に芸術作品など人間に作らせてはくれないだろうと思うのです。人並み以上の努力を勤勉に重ねる者にだけそっと微笑みかけてくれるのでしょう。

 うーん、すいすいと作品を生み出せるのが天才なのだという思いをいだきやすいのですが、そうではなく血のにじむような努力を重ねることができるのが天才なのではないかと、それこそ脱帽したくなる思いがいたしました。

 私には、「ショパンが弾けた!?」と言える日は来そうにはありませんが、「今の、もしかしてショパンを弾いたつもりだった?」と言われないくらいの一曲か二曲をレパートリーにできたらと思います。

 今日もよい日となりますように。

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2008年6月 4日 (水)

音楽療法の講座 その4

 今回は「携帯楽器の伴奏」というテーマでした。

 ピアノは運搬できないことはないですけれど、携帯することはできないですよね。

 ギター、ウクレレ、大正琴、鍵盤ハーモニカ ・・・ これらは、弾いたことがあったり、弾いたことがないにしても目になじみがあります。

 今回の講座では、それに加えて「オートハープ」「一五一会」(一期一会にちなんでの命名のようですが、名称は一五一会だとのことです)、そして奏生(かない)という名前の楽器を初めて見たり、さわったりさせていただきました。

 ビギンというグループと矢入ギターが力を合わせてコードなどを弾きやすくした4本の弦の楽器 ・・・ それが、「一五一会」「奏生」でした。私には初めてでしたが、皆さんの中にはご存じの方がおありかもしれませんね。

 ギターとウクレレを合わせた感じの「ギタレレ」という楽器もありました。

 こうした携帯楽器のよさを音楽療法の視点から挙げると

 ・クライエントが楽器にふれやすい  

 ・セラピストが演奏しながらクライエントの輪に入れる

 ・クライエントにとって都合のよい場所で伴奏(演奏)できる

とのことで、講師の方もそのことを分かりやすく実演してくださり、なるほどと思いました。

 今回は、上記の楽器の他に、小さなシンバル、マラカス、鳴子、などを加え、「ふるさと」「きらきら星」「見上げてごらん夜の星を」の三曲を合唱奏するところまでいくことができ、講師の方におほめのことばをいただきました。

 楽器の他にも場の雰囲気をあたたかくしながら音楽の楽しさへと導入する小道具なども準備されていて、よき学びができ、感謝です。

 いろいろな楽器、いろいろな曲をレパートリーに加えられたら、持ち駒が増えますし、より多くの方との時間を充実できそうです。・・・ そういうことにどん欲でありたいと思いました。

 そうそう、6月3日は語呂合わせで「ムーミンの日」なのだそうです。一日遅れとなりましたが、明日はムーミンの主題歌を練習に加えることにいたしましょう。

 今日もよき日となりますように。

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2008年5月28日 (水)

音楽療法講座 その3

 音楽療法士への道の講座 第3回は、「音楽ジャンル」でした。

 ジャンルはフランス語で、範疇(はんちゅう)の意味、英語のカテゴリーにあたることばだそうです。

 音楽療法士になろうとしている者が音楽ジャンルを学ぶ意義の大切な一つは

 「自分の好みの音楽とは違う様々な音楽を知ることによって、対象者のニーズに答えられるように努力する」ことだそうで、本当にそうだなぁと思いました。

 例えば、自分の好きな食材でしか献立を立てられない栄養士さんが提供する料理は、かたよりが出てしまいますよね。幅広いジャンルにわたって広く多彩な音楽素材を手に入れ、活用できるようにしておくのは大事な心がけだと思います。

 私の場合、あまりジャンルに選り好みはないのですが、いろいろな曲のほうで、私を好いてくれるかどうか・・・そのことに問題があります。

 若々しいリズムの曲には敬遠される傾向を感じます・

 今日の講師さんは、岐阜県認定の音楽療法士の10期生とのことでした。たいへんありがたかったのは、丁寧な分類で分かりやすく説明し、、そして、できるだけ、実際にそのジャンルの曲を聴かせてくださったことです。

 レコードの一種のソノシート・・・今では貴重な歴史的所産ですが・・・から謡曲の例を聴かせてくださるなど、準備にたいへんな時間をかけて講座に臨んでくださったことが伺えました。それによって、よい学びの時となり、喜んでおります。

 ♪「はとぽっぽ」をキーボードで、ブギウギ風・ヒットソング風・ボサノバ風・サンバ風・中国風に弾いてみましょうというコーナーが結びに設定され、楽しい中に、受講生がお互いを知るきっかけも設けられていて充実の講座でした。

 34人の受講生の得意技は、かなり多岐にわたることがうかがえました。ピアノ、声楽、ゴスペル・・・津軽三味線の得意な方もおられるようです。これからが楽しみです。

 私は、ほかのかたに「あの人がいる限り、びりにはならない」という安心感を与えるだけでも存在意義があると思いますので、できるだけ休まないように、元気で励みたいと思います。

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年5月22日 (木)

『ミドルエージのためのピアノレッスン』

 『ミドルエージのためのピアノレッスン』伊能美智子著・春秋社刊・1997年6月20日第一刷発行

 この本を図書館から借りるのは今回で5回目くらいになります。

 さてミドルエージの定義ですが、この本には、ミドルエージというのは、「中年・初老」、通例40歳~60歳と書いてある辞書もあるが、「ウエブスター」という辞書には「若年期と老年期の間にミドルエージと呼ばれる、いくらでも延び広げることのできる時期がある」などと意味深に付け加えられている ・・・ という文章があり、これは、なかなか魅力的ですね。

 著者も、これを知って嬉しくなったそうで、「ミドルエージとは、それまでの人生に充実した手応えを感じて、自分自身にいま最も自信をもつことのできる人たち」・・・と言い換えてもいいのではないでしょうか、と書いています。

 ピアノの練習については

・身体の手入れをし、筋力や体力をなるべく衰えさせない

・しゃにむに練習しない

・肩の力を抜く

などと書いてあります。 これは、ピアノに限らず、ミドルの生活全般の心得とも言えそうですね。

 面白いのは ・・・ といってばかりもいられないのですけれど、「ミドルエージが陥りやすいトラブル・カルテ」です。あまり詳しくは書きませんが、およその見当はつくようにトラブルが命名されていますので、列挙させていただきます。 ほかのことにも適用・応用ができそうに思えるものですから。  症状と解決法の要約を記します。

◇ 楽譜アレルギー   五線譜は苦手   やはり基本はある程度無視しないで学ぶ

◇ 脳指令硬化症    楽譜を見て 脳がそれをもとに判断し 指先へ ・・・ この流れがつながりにくくなる 集中力も落ちてくるのですぐには回路ができないが、根気よく練習することで克服を

◇ 後天性リズム感退化  若々しいリズムには乗りにくくなる  はずむリズムのはずが他の人にはあえいでいるように聞こえるなど 音楽に合わせてダンスのように体を動かすことからリズム感を身につける

◇ 休符返上症候群  ワーカーホリックではないのですが、休符を省略してしまう・・・自 分の演奏を録音し、まず客観視して自覚することが解決の糸口に

◇ ペダリング操作過敏症  ペダルを踏む、はなすタイミングが分からず気になってしかたがない ・・・ 手の後に足でペダルを踏むのが基本 耳を働かせて

◇ 気分本意シンドローム むらっ気のある練習時間  ・・・ やはり、コンスタントがベター

◇ 本格指向型好奇心旺盛症候群  研究熱心で、バッハの楽譜は同じ曲でも19種類あることを調べ上げたりする  ・・・ そういう構えは悪いことではない。でも、先生に議論をふっかけたりしないこと

◇ 教師不信  実際に弾いて見本を示してくれないと師とは言えないのでは、と不満

  ・・・ 師とは必ずしもそういうものではないが、強烈に不信を抱いているなら、師を替わられるほうが幸せ

 などと 

 お若い方もこのブログを読んでくださっているようで、そうした方にはあてはまらないかもしれませんが、人物ウオッチングや、いずれ年齢が高くなったときの自己認識の一助にしていただければ幸いです。  

 ちなみに、私は、楽譜に限らず文字なども正しく読み取ることが大部分とはいえ、観念で読んで、実際に書いてあることとは読み間違ってしまう症状が強まってきているように思います。 

 【例】  「あれっ、ウナギのひまつぶしって、変な看板だなあ」

      もう一度見直すと、そうです、「ウナギのひつまぶし」でした。

  思い込みによる事実わい曲症候群 ・・・ これは、必ずしも年齢には関係ないのかもしれませんけれど。

 何にしても、硬化症にならないで、しなやかな心身で臨み続けたいと思います。

 今日もよい日となりますように。

 

 

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2008年5月21日 (水)

音楽寮法講座 その2

 岐阜県の音楽療法研究所における音楽療法士認定事前講座・・・5月20日はその2回目でした。

 他の用事もあって、今回は少し早めに講座の開かれる建物に到着しました。すると、金管の軽快な響きが聞こえてきました。

 火曜日の12時20分から30分間、ロビーでコンサートが開かれているのだそうで、今回は愛知県立芸術大学の3年生五人による金管五重奏だったというわけです。

 私が聞くことができたのは、映画「サウンドオブミュージック」からの2曲、そして盛大な拍手に応えてのアンコール、「千の風になって」でした。

 時間の都合が付くときには、早めに出かけて、このコンサートを楽しませていただきたいと思います。来週の火曜日は、「音楽村」という方たちのエレクトーン、ピアノ、電子ピアノによる演奏だそうです。

 さて、今回の音楽講座は、「楽典の基礎」でした。高齢者の施設の方々のために、そして学習障害のある子の成長のために音楽の賜物を生かして活躍しておられる音楽療法士さんが時間を割いて、分かりやすく「楽典」を説き明かしてくださいました。

 余談ですが、楽典の「典」という漢字は、机の上に置いてある本を表しています。・・・そう思ってご覧になると、そう見えてきますよね。

 寝そべって眺めないで、きちんと正座して、正対して読むべき価値ある本をこの漢字は表しているのだそうです。教典、聖典 ・・・  私は、体重をできるだけ広い面積で地球に受けとめてもらえる姿勢での読書が好きですが、この「典」の文字の付く本のときには、姿勢を正したいと思います。

 楽典の内容は省略させていただきますね ・・・ 理由はどうぞ、お好きなようにご想像くださいませ ・・・ いえいえ、ちゃんと起きて受講しておりましたよ ・・・ もう、何という想像をなさるのですか (^_^;

  そうそう、この学びのクラスは34人、男性はそのうち、3人であるように見受けました。

 それでは、今日もよき日となりますように。

 

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2008年5月14日 (水)

音楽療法の講座 その1

 いよいよ、音楽療法の学びが始まりました。同級生は35人だったと思います。いろいろな年齢層のいろいろな経歴の方がおられるようです。

 初回は、これからどのような歩みをするのか、どんな学びをするのかのガイダンスでした。実際に岐阜県認定の音楽療法士として活躍されている方が体験をもとにして語ってくださったので説得力、迫力があります。その方が受講されているときは、実習先も各自が開拓して研修することになっていたそうで、「あらかじめ県の音楽療法研究所が実習先を確保していてくださる皆さんは幸せです」とおっしゃいました。

 そうなのか ・・・ 受け身になってあまえていてはいけない、と思いました。

 印象に残ったのは、自分自身の腕前を披露する演奏で感心してもらえるのは、せいぜい最初の一回だけだとのこと ・・・ 音楽の力量、これから学ぶいろいろなことをどのように生かして、招かれたところに有用な何をするか、そこが求められるのだとのお話でした。

 私なりに思い浮かべたのは、水力発電のダムと発電機のイメージです。ダムにたたえられた豊かな水 ・・・ 景観もよくそれだけで鑑賞の対象になるほどです。けれど、ダムに水が蓄えられただけでは、家庭の電灯をともすことはできません。水門が開かれ、勢いよく流れ出た水が発電機のタービンを回す ・・・ それによって初めて蓄えた水のエネルギーが発電という仕事をするのですね。

 とにかく、、これから学んで身につけていくことを実際の場でどのように生かすのか・・・それが問われるのだと改めて思いました。

 私は、自分が講座を2年間で50コマ受けて、3年目には、いろいろな施設で実際に音楽療法を音楽療法士の方が進めているのを見ながら研修したり、自力でセッションを進める実習をしたりして認定申請を出し、それが認められて手にした資格を、さらにその後3年間研鑽して再更新して本当にひとりだちが認定されるという6年間を歩み抜けるかどうかは分かりません。

 でも、我流で手探りで歩むのでなく、前進し続けることを大事にしたいと思うのです。

 講座の結びに、用意してくださったトーンチャイムで「茶摘み」を合唱奏しました。まだまだ声は出てくると思うのですが、クラスメイトという感じがしてきました。

  まずは、初年度の、あと24回の講座に励みたいと思います。

  今日もよき日となりますように。

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2008年5月 6日 (火)

あたたかなコンサート

 5月5日、岐阜市では雨の一日となりました。鯉のぼりも一休みといったところでしたが、岐阜市の文化センターではすてきなコンサートが開かれました。

 「トライアングル・セシリア」第8回コンサートです。

 「共に祈りの調べを奏でたい」との願いのもとにスタートした「トライアングル」という三人のグループ。そして、その教え子たちが集って誕生した「セシリア」というグループの合同コンサートです。

 プログラムのあいさつから抜粋して掲載させていただきますね。

     ◇   □   ※   ☆   ※   □   ◇

 人の声が楽器となって奏でる音楽から、何を感じていただけるでしょうか。

 喜びでしょうか  悲しみでしょうか  美しさや清らかさでしょうか。

 それとも、内に秘めた情熱でしょうか。

 懐かしい思い出が甦ってくるかもしれませんね

 あらゆる感情や、願い、祈り、思いが込められた、一曲一曲の歌に

 どうぞ皆様、耳を傾けてください。

 皆様の心にほんの少しでも、やさしく温かい風を感じていただけるような演奏ができますようにと願いを込めて、一生懸命演奏させていただきます。

     ◇   □   ※   ☆   ※   □   ◇

 すてきな感性と優しさ、音楽に対する真摯さ、同じ時代に人生を共に歩む人への愛情が、心に響いてまいります。

 力まずに過不足なく綴られているすてきな文章ですね。

 とても上質の音楽に浸り、あたたかい心に満たしていただけたコンサートでした。出演者の方々に敬意と感謝をおささげいたします。これからもすてきな歩みを紡いでくださいますように。

 さて、ゴールデンウイークもフィナーレ・・・今日も、よき日となりますように。

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2008年4月29日 (火)

懐かしの歌声

 4月28日(夜)、テレビでダークダックス・・・結成27年目のときのビッグショウを放送していました。

 私が小学6年生の時、担任の先生は、ダークダックスのロシア民謡のレコードをよく聴かせてくださいました。

 ダークダックスがデビューして間もない頃だと思いますが、若々しい歌声、綺麗なハーモニーは、今思い出してもしっかりとよみがえってまいります。

 カチューシャ・トロイカ・バイカル湖のほとり・黒い瞳・バルカンの星の下に・黒い瞳の・道・コサックの子守歌、ともしび ・・・  ダークダックスは、ロシア民謡の本場を何回か訪れて公演し、好評を博したとのことです。♪「すずらん」はそうした訪問のおりに仕入れてきたのではなかったかと思います。

 確か、NHKの紅白歌合戦では、雪山賛歌、銀色の道などを歌いましたね。すばらしい明日、アンジェリータなどもヒット曲になりました。「花のまち」「雪の降る町を」なども忘れることが出来ません。

 私の子どもがまだ小さいときに岐阜に来演したダークダックスを聴きに行き、公演後にサインをお願いしに行ったら、遠山さん・・・ゾウさんが、色紙にせっせと象の絵を描いてくださって、とても嬉しかったのを覚えています。

 つい、「小学以来のフアンです」と申しましたら、メンバーが顔を見合わせて「我々も年をとったねぇ」と微笑んでおられました。

 パクさん、マンガさん、ゲタさん、ゾウさん ・・・ すてきな歌声と思い出をありがとうございます。あなたたちの歌があって、どんなに私の人生はうるおいをいただいていることでしょう。あなたたちをわすれません。

 今日もよい日となりますように。

 

 

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2008年3月 9日 (日)

飛騨路の3月

 高山市の丹生川でのコンサート、多くの方に喜んでいただけて終えることができたように思います。

 帰りの道に出ると、乗鞍岳がとても近く、そして美しく見えました。

Photo  最近、「ジョーバ」という健康器具を見かけますが、乗馬の際に馬に取り付ける鞍の形に乗鞍は見えますよね。

 おみやげを買いに寄った「飛騨物産館」には入り口の所で足湯が楽しめるようになっていました。

Photo_2  Photo_3 ええ、せっかくですから、楽しんできましたよ。無料であることを喜びながら、

 

  もうすぐ、キリスト教会では、復活祭 ・・・ イースターを祝います。

  イエス・キリストが弟子たちの足を自ら洗われたとの聖書の記事を思い起こしました。

 今日は日曜日、キリスト教会にお出かけいただけると嬉しいです。

 イースターは、「立春の後の最初の満月の後の日曜日」、と設定されており、今年は3月23日となっています。

 それでは、よき日となりますように。

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2008年2月27日 (水)

ロッシーニ

 出勤中に聴いていたラジオから、ロッシーニのウイリアム・テル序曲が流れました。

 学生オーケストラでトランペットを吹いていたことのある私は、「スイス軍の行進」の冒頭のあのトランペットのかっこよいフレーズに今も胸が躍ります。 ・・・ ずいぶん古い話になりますが、「ローンレンジャー」というテレビの西部劇では、いい場面になるとこの曲が流れたものでした。

 そのラジオの解説を聞いて知った新事実に私は、つぶやいていました。「ロッシーニさん、ごめんなさい。」

 ベートーベンより22年後に生まれたロッシーニは「セビリアの理髪師」などの歌劇が人気を博し、若くして大金持ちになりました。美食家で、今でもフランス料理の仕方に「ロッシーニ風」などというのが残っているほどだそうです。

 その彼が、「ウイリアム・テル」を作曲した37歳以後、ぱったりと作曲しなくなったのは、お金が手に入って働く必要がなくなったからだ、と長年私は思っていたのでした。

 ところが、その日のラジオは言いました。ロッシーニは、不眠症になって、作曲ができなくなってしまったのだと。そして、作曲から離れて、何とか健康を取り戻した彼は、76歳で永眠するまでに時々は宗教曲などを書いていたのだと述べ、実際にそうした曲の一つを聞かせてくれました。

 私は、ロッシーニを誤解していました。「生活に困らなくなって、作曲をやめ、若いうちから悠々自適で暮らしたなんて、けしからん」 (実は、うらやましい)と思っていたのです。

 ロッシーニさん、ごめんなさい。

 ※ インターネットで調べると、ロッシーニは料理を追求するあまり、豚の飼育などに力を入れるようになり、作曲に興味を失ったのだとか、自分がもてはやされる時代はやがて終わるのだと早くから見切りをつけたのだとかいう説もありました。

 でも、作曲しようとすると不眠症になり、もはや大作を書こうにも書けなかったという説を私は採用することにしました。ラジオの影響は大きいものです。

 そして、どんな事情があるのかは本人にしか分からないことが多いのだから、軽々しく人を批判することは慎もうと自分に言い聞かせました。

 いつの日か、ロッシーニ風の料理 ・・・ヒレステーキフォワグラトリュフのソテーを添えた「トゥールヌド・ロッシーニ)などをウイリアム・テル序曲でも聴きながら味わってみたいものです。

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年2月16日 (土)

ショパンとリスト

 ショパンはピアノの詩人、リストはピアノの鬼神、というような愛称(?!)を聴いたことがあります。

 二人とも、ピアノの演奏、そして作曲に秀でた存在でした。

 ショパンが書いた手紙の一節にこんな文があります。

 「今、リストがぼくのピアノ曲を演奏しています。作った僕の思いと全然ちがいますが、とてもすばらしいのです。」

 なんだか、とてもいい人間関係が伝わってきますね。そして、音楽の世界の幅広さや奥の深さも感じられます。

 楽譜には作曲家の命が込められているのですが、演奏者は自分を無にするのではなく、作曲家の意図を精一杯受け止めた上で、その演奏者らしさを出すのでしょうね。

 なかなか、そこまではいくことができないのですけれど、縮こまらないでその時点でのベストを堂々と出すことを目指したい ・・・ ショパンの手紙から、そんなことを思いました。

 さて、明日は日曜日、よき日となりますように。

 キリスト教会にお行きになることができましたら、どうぞ。

 お一人お一人の予定、計画が順調で充実したものになりますように。

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2008年2月15日 (金)

パイプオルガン

 2月12日、岐阜県庁近くのふれあい会館に到着しますと、サラマンカホールでは「サラマンカミュージックプロムナード」という企画でお昼休みの時間を楽しめるようにと無料コンサートが開かれていました。

 その日は、なんとパイプオルガン ・・・ 前からずっと聴きたいと思っていたのですが、なかなか機会がなく、この日、初めて聴くことが出来、感激しました。

 このホールは、サントリーホールなどとともに日本の最高峰との評価を受けているすてきなホールです。

 このホールのパイプオルガンを建造したのは、辻宏さんという方です。

 いろいろな紹介が一度にできるので、昨年の3月に辻宏さんの一周忌を記念して行われた「辻宏メモリアルコンサート  サラマンカ オルガンは歌う」 の紹介文を引用させていただきます。

   □  ◇  ☆  ○  ※  ○  ☆  ◇  □

 「日本を代表するオルガンビルダーの辻宏さんが逝去されてから1年が経ちます。
辻さんはスペインのサラマンカ大聖堂のオルガン修復を通して岐阜県とサラマンカ、日本とスペインの親交に大きな功績を残されました。
 サラマンカホールという名前の由来となったスペイン サラマンカ市との交流と共に辻さんの代表作となったサラマンカホールのパイプオルガンをより一層響かせていきたいとの思いで辻さんと交流の深かった皆様を出演者にお迎えし記念のコンサートを企画しました。
天に響くように歌うオルガンの音色と辻さんが愛した日本の歌、名曲の数々をお楽しみください。」 

 ちなみにこのときの出演者は下記のお二人でした。

ギィ・ボヴェ [ オルガン ] Guy Bovet
スイス・ジュネーブ出身。
池田理代子[ソプラノ] Riyoko Ikeda

     □  ◇  ☆  ○  ※  ○  ☆  ◇  □

 さて、2月12日のパイプオルガン奏者は、このほど豊田市コンサートホールの専属オルガニストに就任された徳岡めぐみさん ・・・ 2001年のオランダのシュニットガー国際オルガンコンクールで日本人として、そして女性として初の1位で、国際基督教大学などのオルガニストだそうです。

 この方のオルガン演奏で、バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」などを聴くことが出来たのは、望外の幸せでした。

 辻宏さんには、『パイプオルガンと私 風の歌』(日本基督教団出版局)という本もあるのですが、まさに、風の歌、風のささやきを聴いている思いになる音色で奏でられるフレーズもありました。

 パイプオルガン奏者は、聴衆に背中を向けることになります。列車やバスの運転手さんのように。

 演奏を終えたオルガニストが素早く演奏席からステージまでおりてきて、丁寧にお辞儀しておられる姿もすてきで、大きな拍手で迎えられていましたよ。

 今日も、よき日となりますように。   

 

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2007年11月27日 (火)

オンギジャンイ (陶器師)

 「オンギジャンイ」(陶器師)は1987年に、韓国のクリスチャンの青年たちが厚い信仰と祈りをもって結成した讃美宣教チームです。

 1991年の初来日以来、日本の各地で公演を積み重ね、フアンが増えています。

 11月26日の昼、中部学院大学で、オンギジャンイの野外コンサートが短時間でしたけれど開かれました。

Photo_2

 チームのメンバーはたくさんいるようですが、日本での計画の日時に合わせて、そのおりおりに団を編成し、自分たちが伝道のために積み立てたお金でやってきてくれているようです。

 あたたかい陽射しの中、大学のキャンパスに美しく力強い歌声が響きました。

 歌ってくれた曲の一つの歌詞をご紹介します。

 ♪ 君は 愛されるために 生まれた

   あなたのすべて 愛されているよ

  変わらない 神の愛は 人々とのふれあいにより 実を結ぶ

 あなたが ここにいることにより 喜びが満ちあふれているよ

 君は 愛されるために 生まれた あなたのすべて 愛されているよ

  この歌詞にあるように、何かを成し遂げたから愛されているのではなく、あなたの存在自体が、既に愛されているのです。

 希望を持って、今日というかけがえのない日を歩んでまいりましょう。

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2007年11月 3日 (土)

ピアノパラリンピック

 障害者のオリンピックとしてパラリンピックが開催されていることは知っていました。けれど、第1回ピアノパラリンピックが2005年1月に日本で開催され、第2回はカナダのバンクーバーで開かれることが予定されていることを初めて知りました。

 すべて、ボランティアで開催されるピアノパラリンピックへの理解と支援を得るためのコンサート「ピアノパラリンピック支援コンサートinサラマンカ 岐阜市」を聴きに行ってきました。

 ダウン症による知的障害のある方、四肢に障害がある方、視覚障害のある方など、15名のピアニストの演奏は、満席の聴衆の心に届きました。

 聴覚障害のある青年が自分の奏でている音が聞こえないのにリストの「ラ・カンパネラ」を演奏して聴く人を魅了する・・・このコンサートに行くまで、そういうことが可能だとは思いもしなかった私でした。

  さわやかでさっそうとした登場ぶり、弾き終わって挨拶するときのこぼれるような笑顔 ・・・ 心に美しい音楽が響いてくるすばらしい時間でした。

  この演奏者たちが、「国連障害者の日」である12月3日に国連で、さらに12月5日に、あのカーネギーホールで「ピアノパラリンピック デモンストレーション・コンサート in New York」を開催するのだそうです。

  限界を設けることなくむずかしいことに挑戦する勇気、夢を実現することのすばらしさを演奏を通して私たち聴衆に伝えてくれたピアニストたちに心から感謝と激励の拍手を送ります。

  私も、自分自身のピアノ、そして生きることそのものに情熱と時間を注ぎ、魂を表現できるように精進したいと思います。

  明日は日曜日、キリスト教会にお出かけになることができますように。

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2007年10月28日 (日)

シャンソン

  最初にお断りしておきますが、私とシャンソンの関わりは、とても浅いのです。強いて言えば国語の授業で子どもたちに早口言葉をいわせるときに「新春シャンソンショーと3回、できるだけ早く言ってごらん」といっていたことくらいなものです。

  ああ、読まなければよかった、ですって ・・・ そう、私も、アー、書かなければよかったと思っています。 (^_^;

  それは、ともかく、このところ、クミコという歌手が出演する番組を二つ見て、彼女の歌うシャンソンに魅せられました。

 二十代から歌手を志し、歩んでいたそうですが、世に知られ、人気が出てきたのはつい最近のようで、テレビ番組「題名のない音楽会」で「少し遠回りだったそうですね」と司会者が語りかけると「少しばかりじゃないですよ、ずいぶん遠回りで、どうなることかと思いました」などと答えて聴衆を笑わせていました。五十代の後半に入っているようですから、30年ほどの遠回りでしょうか。トークもかなりのものとお見受けしました。

  でも、その30年間ほどのいろいろな経験が今、歌を歌うときの大切な肥料になっていることが聴き手に伝わってくる歌手だなあと思います。

 さて、シャンソンについて、インターネット上の百科事典ウィキペディアで調べてみると最初のほうにこんなふうに書かれていました。

  本来、シャンソンchanson)は、フランス語の意味である。したがって、少なくとも現代のフランス語圏においては、シャンソンは歌全般を意味し、特定ジャンルの楽曲を指すものではない。他言語圏ではフランス語で歌われる曲という意味で使われることが多く、この場合も何らかの音楽的特徴を持つものではない。なおイタリア音楽のカンツォーネ(Canzone)とは元々の語源は同じである。

  皆様のほうが長くシャンソンに親しんでおられる可能性が高いですし、エディット・ピアフの映画もヒットしているようですから、今日のブログはこのへんで。

  私のピアノのレパートリーの中に「枯れ葉」・「愛の賛歌」も入っているのですが、しばらく弾かないうちにそれこそ枯れかけているので、鋭意、練習したいと思います。

  岐阜の方は、11月4日(日)午後2時からサラマンカホールで元教師をされていた小島さんという方のシャンソン・リサイタルがありますので、関心とお時間、そして2千円(だったかな)のチケット代がありましたらお出かけくださいますように。 (私も行きたいのですが、その日は教会のオルガニストとしてのご用があります。)

 今日は、日曜日。よき秋の日曜日をおすごしくださいますように。

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2007年10月10日 (水)

余韻

  芸術の秋 ・・・ ピアニスト小山実稚恵さんのCD「夜想曲」を貸してくださった方があって、それを聴かせていただきながら、このブログを書いています。

  何と卓越したピアニズムなのでしょう ・・・  リサイタルで生演奏を聴いて間もないこともあって、澄んだ美しい音が、魂にしみこんでくるようです。  コンサートの余韻と響き合っているのか、初めて聴く曲も多いCDですが、すっかり魅せられています。

  そのCDのジャケットに印刷されている詩を記して皆様にも芸術の秋のおすそ分けをさせていただきたく思います。

「河畔の秋の夜」  ゲーテ 井上正蔵 訳 『ゲーテ詩集』白鳳社刊より

夕闇が降りてひろがり  近くのものが遠のいて見え

宵の明星が  もう空にのぼって   きよらかな光をはなつ

朦朧(もうろう)とすべてを溶かし  霧が上方へながれる

漆黒の影をうつして  湖水がひっそりとやすらう

いま ひがしのかなたに  月の光の明るいきざし

細いしだれ柳のしなやかな枝が  近くの水面をなでている

ゆらゆらゆれる枝のかげから   魅惑の月光がふるえ

夜のすずしさが 目から  心へやわらかく沁み入る

 

  美しいものに出会い、感動深き時間を味わえる今日という日になりますように。

聖書のことば  ヤコブの手紙  第5章 13節

  あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい。

 お礼 ・・・  このブログへののべアクセス回数が今夜か明朝に1万回を越えようとしています。訪れていただく方々にご報告かたがた、感謝を申し上げます。 本当にありがとうございます。 これからもよろしくお願いいたします。

Hanatab

※ 10月9日、夜11時台に3人のかたがこのブログを訪れてくださったことが記録されています。どなたかということまでは分かりませんが、この3人の真ん中の方が、のべ1万人目、後の二人の方が前後賞ということになります。デパートや遊園地と違って花束贈呈などはありませんが、訪れてくださるすべての方に感謝申し上げます。

  

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2007年10月 9日 (火)

プロのピアニスト

  10月7日のテレビ「題名のない音楽会」はピアニストの中村紘子さんが、プロのピアニストを目指す子ども、そしてほぼピアニストといっていい技倆、経歴の持ち主に公開レッスンをするという内容でした。

  厳しさとあたたかさの両面を兼ね備え、「こうしたらいいのよ」と実際に鮮やかに弾いてみせる指導は、早くから世界を舞台として活躍して来た中村紘子さんの面目躍如といったところでした。

  この「題名のない音楽会」を司会していた羽田健太郎さんに私の年格好が似ているといってくださる方があったので、月とすっぽんではありますが、予約録画しておいて見る習慣が羽田さん亡き後も続いている私です。

  それはさておき、さて、私、このたび、かねてからCDも何枚か購入して、「生きている間に一度はこのピアニストの生演奏が聴きたい」と願っていたその願いがかないました。岐阜市のサラマンカホールで開催された小山実稚恵さんのピアノリサイタルを聴きに行くことが出来たのです。

 手の動きのよく見える席だったのですが・・・・・結果的にはよく見えませんでした。あまりに指の動きが速くて目にとまらなかったのです。 (^_^;

  すべての曲が暗譜・・・ピアニッシモもフォルテッシモも美しい音色で歌っており、夢の中にいるようでした。世界に通用するプロのピアニストというのは、本当にすてきで、そしてとても大きな存在だと思いました。拍手に応えてアンコールはショパンを3曲・・・夢の時間をすごし、帰宅して、あまりの違いにもめげることなく自分は自分なりにとピアノに今日も向かった私でありました。

  皆さんはどんな夢をおもちでしょうか。それがかなう日が来ますように。

聖書のことば  ローマ人への手紙 第5章 2節~6節

 キリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

  今日も、患難にあうかもしれません。けれど、失望に終わることがない希望をもって歩んでまいりましょう。きっと、きっと道は開けます。

  

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2007年9月25日 (火)

あるピアニストの疑問

  最近読んでいる本には、ピアノの練習に関するものが多いのですが、心に響くことばはピアノだけでなくいろいろな世界への広がりをもっているように思います。

 「重要なのはテクニックの練習よりも、むしろ練習のテクニックだ。」リスト

 「よい演奏というものは、力よりもしなやかさにかかっている。」クープラン

 などです。今日のタイトルにしたあるピアニストの疑問というのは、「鍵盤上の獅子王」と呼ばれたバックハウスによるものです。

 「一番難しい曲はどれですか、と問う人は多いが、一番美しい曲はどれですかと問う人はいないのはなぜだろう。」

  疑問の形をとっていますが、きっと彼には答えが分かっていたのだろうと思います。

 体操競技でウルトラCなどという級も難度・・・難しさに対して付けられたものであって、美しさに対してのものではありません。

 フィギュア・スケートも、「四回転ジャンプ」などと難しさへの指向が働いています。

 やかんのデザインなどでは、シンプルさと美しさを兼ね備えるということがありますからスポーツや芸術の世界でも難度と美しさはきっとどれほどかの関連はあるのでしょう。

 でも、プロの審査員はいざしらず、少なくともわたしの目にはフィギュアスケートの回転ジャンプの回数は目に止まらないのです。

  難度の高いものでなく、技術的には難しくないけれど美しく弾くのは生き方を整えなければ難しいという曲、あるいは弾くことを通して弾き手自身の心が美しく磨かれるような曲・・・そういう曲が名曲として讃えられるような人間社会の熟成を、と考えを誘われました。

  獅子王バックハウスさん、あなたはどうお考えになっていたのでしょうか。

  さて、今日もよき歩みを記す一日となりますように。

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2007年9月16日 (日)

ピアノの調律

  ピアノの調律をしていただきました。記録カードによると、何と前回から15年の歳月が過ぎておりました。

 ただ、ギターの弦などもそうですが、弦は新しい内は伸びるので調律をこまめにし、ある程度年数が経つと、弦が弦であることに気がつくのか、音の高さが安定してきますので、調律回数も少なくてよくなるようです。そうであるにしても、15年は感覚がありすぎかなと反省しました。

  調律師さんは、前回と同じ方をお願いしました。熱心に研鑽を積んでおられ、腕の確かな方なので、名前も覚えていたのです。

  その調律師さんについて二つ発見がありました。一つは、その調律師さんは、私が以前勤務したことのある学校の保護者であること、もう一つは、我が家のピアノと同年齢だということです。

  それは、ともかく、我が家のピアノは経年変化(人間でいうと老化)が比較的少なく、部品の取り替え修理などをほとんどしなくてよいことがわかり、嬉しく思いました。

  ピアノの部屋にはクーラーを付けず、夏も冬も急激な室温変化がなく、結露を防ぐことが出来たこと、家内が天気のよい日には、ピアノの上部のふたを開けるなど、心を配っていてくれたおかげだと思います。

  もし、音の高さが正常でないピアノに向かって熱心に練習していたら、練習すればするほど耳の精度が悪くなり、心も曇ってくるのではないかと思います。ピアノに限らず、物も人も最高の状態に保つことの大切さを改めて思います。

 ピアノのことで学んだ日常のメンテナンスの大切さをほかのことにも生かして、ベストコンディションを保つことを大事にしたいと思います。

 物だけでなく、体についても・・・。

 今日は日曜日 ・・・ キリスト教会で聖書に基づくメッセージを聞くことは、生き方や魂の調律の機会であると言えるかもしれません。行くことの出来る方は、礼拝に出席することをお勧めいたします。

 聖書のことば   伝道者の書 第12章 1節

  あなたの若い日に、あなたの創造者(神)を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。

 それでは、よき一日となりますように。

 

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