2020年5月 1日 (金)

八木重吉さんの詩

 外出を控えると 人と会話する機会が少なくなりますね。 そうかといって、電話を頻繁にかけて相手を拘束するのも気が引けます。

 そんなとき、詩を朗読するのはいかがでしょう。 

うつくしいもの  八木重吉

わたしみずからのなかでもいい
わたしの外の せかいでもいい
どこにか「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であっても かまわない
及びがたくでも よい
ただ 在る、、ということが 分かりさえすれば
ああ ひさしくも これを追うに つかれたこころ

 ◇    □     ○     ※    ☆

詩集の序文に 八木重吉さんは、こういう言葉を書いています。

 「私は、友がなくては、耐えられぬのです。しかし、私にはありません。この貧しい詩を、これを読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください。」

 下に引用させていただくのは、八木重吉さんの詩の断章で印象に残っていることばです。

わたしは弱い
しかしかならず永遠をおもうてうたう
わたしの死ぬるのちにかがやかぬ詩なら
いまめのまえでほろびてしまえ
 こういう強い思いが、いっけん 優しい表現で書かれている八木重吉さんの詩を誕生させているのですね。

0015_20200430145401  お話は変わります。朝のNHKドラマ「エール」には、和歌など、印象に残ることばがよく登場いたします。 文学の言葉 というのは、やはり、味わいがありますね。

 画面の言葉は、芥川龍之介さんの言葉だそうです。 文学好きの三女が端的に「運命は偶然ではなく ひとりひとりの生き方とつながっているということじゃないかな」というような解説をしていました。

 主人公が作曲コンクールに応募する曲を書くために苦しんでいるとき、職場の仲間が空の満月に心を向けさせた場面では、次の和歌が紹介されていました。Photo_20200430150201

 山の散歩道 ・・・今、タケノコが道の両側に姿を現し、たくさんのかぐや姫が出願しそうですので、しばらく別の道を歩きますね。

 本題に戻ります。外出をひかえるように呼びかけられている今、図書館も 休館しているところが多くあります。

 「こういうときにこそ、図書館は活躍・貢献したいのに ・・・不要不急 の対象に指定されるのは とても残念で 悔しい 寂しい」 と 図書館の館員さんが嘆いているとの記事を見ました。

 オンラインで読むことの出来る作品もあります。よろしければ、そうした形で読書はいかがでしょう。

 私は、今の機会に、長年読まないままになっている本をどんどん読んで、そして手元に置いておく本を選び出して、すっきりさせます。 整理が実現すると喜ぶ人がとても身近に約1名います。

 今日から5月 ・・・ 誕生月ですので、特に元気で歩みます。

 良い月となりますように。

| | コメント (0)

2016年11月21日 (月)

八木重吉の詩  『秋の瞳』 から

詩集 『秋の瞳』 から

 八木重吉  作

 私は、友が無くては、耐へられぬのです。しかし、私には、ありません。この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください。
おほぞらのこころ

わたしよ わたしよ
白鳥となり
らんらんと 透きとほつて
おほぞらを かけり
おほぞらの うるわしいこころに ながれよう
だれでも みてゐるな、
わたしは ひとりぼつちで描くのだ、
これは ひろい空 しづかな空、
わたしのハイ・ロマンスを この空へ 描いてやらう
わたしみづからのなかでもいい
わたしの外の せかいでも いい
どこにか 「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であつても かまわない
及びがたくても よい
ただ 在るといふことが 分りさへすれば、
ああ ひさしくも これを追ふにつかれたこころ
うれしきは
こころ 咲きいづる日なり
秋、山にむかひて うれひあれば
わがこころ 花と咲くなり
 
 このブログ、しばらく長文が続いたように思いますので、今日は、詩を紹介させていただきました。
0004
   昨11月20日、私の通うキリスト教会の会堂・・・礼拝を献げるところ・・・を整えてくださったお花の写真です。すてきなクリスチャン親子のコラボレーション、ありがとうございます。
 
 よい日、そしてよき今週となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月31日 (土)

果物

0002   果物  八木重吉  

秋になると

果物はなにもかも忘れてしまって
うっとりと 実ってゆくらしい

  美濃加茂市の果樹園で実った大きな梨をいただきました。 丸々とした形を撮ればよかったのですが、タイミングを逸して、このような写真に・・・ たいへん 美味しくいただきました。 ありがとうございます。
 歩むいちにちいちにちが、果物のように豊かな実りを結びますように。
 今日も、そうしたよい日となりますように。
 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月15日 (土)

美しくみよう

いつになったら
いつになったら
すこしも 人をにくめなくなるかしら
わたしと
ひとびととのあいだが
うつくしくなりきるかしら

ねがい
人と人とのあいだを
美しくみよう
わたしと人のあいだをうつくしくみよう
疲れてはならない
     ◇    ○    □    ☆   ※   ☆  □  ○  ◇
 今日は、終戦記念日 ・・・ 実質、敗戦記念日でもありますが、この日をもって、日本が武器を持って戦をすることは終わったのだ と、不戦の決意を新たにするという意味を込めると、終戦記念日と表現したかたたちの願いへの思いが深まるでしょうか。
 イエス・キリストが、苦しい十字架上でも実践された「汝の敵を愛し、迫害する者のために祈れ」という言葉が、上記の詩を紡ぎ出す八木重吉の心の底流にあったと思います。
 日本の、そして世界の恒久平和を、と祈ります。
 今日も、よい日となりますように。
明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月14日 (金)

しっとりと 雨

0002   気象情報通りに、雨が ・・・ 空気もうるおいをおび、涼しくすごせ、植物もひと息ついて、心も落ち着きます。

  ゴーヤの葉とつるの雫で、そんな情景の表現を試みてみました。
  争いが起きるとき、人の心は乾いています。
 八木重吉の雨の詩のひとつを思い出しました。
雨の音がきこえる
雨が降っていたのだ
あのおとのように
そっと世のためにはたらいていよう
雨があがるようにしずかに死んでいこう
 
 日常生活において、いつも雨上がりの大地のようなうるおいを心に保つことができますように。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年5月 8日 (金)

桐の花

0010  ウオーキングしていて、桐の花を見かけました。もう少し早く気がつくと花の鮮度がよかったのですけれど。

 八木重吉に「断章」と題して、次の詩があります。最近、この詩に出会いました。

 くるしい日
 あおぎりの幹をそっとたたき
 そのしずけさをわけてもらおうとねがう
 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月28日 (木)

詩 「薪をくべよ」

 

薪を くべよ       八木重吉

 薪(たきぎ)を くべよ
 もえはじまった火をけすな
 いまがだいじだ
 これを もえ切らせてみろ
 あとは らくに ゆけよう
□  ◇  ○  ※  ☆
 最近、一人の友人が、ある俳人の句作の足跡を文章に書き表すことに踏み出しました。
何年がかりになるか、という大きなことを始めたその情熱、気力に打たれています。
 そのことを聞いて思い浮かべたのが、八木重吉のこの詩です。
 ちょうど、先週、私の通うキリスト教会で、子どもたちと聖書を学んだ後、バーベキューをしました。 種火が大きくなって、炭に火がつき、野菜や肉がしっかり焼けました。
 良いスタートは、既に半分の成功 ということばも思い浮かべました。
 日野原重明医師は、何かを創(はじ)めることができる人は老いとは無縁であるという意味のことを記しておられます。
 うーむ、若い友人を見習って、私も創めます ・・・ さて、何を (^J^)
 今日も、よい日となりますように。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月28日 (土)

八木重吉の詩

 したたるようなみどりの季節となりましたね。 ・・・ 八木重吉の詩集にこんな詩がありました。

   山

 けさはやまがいいとおもえる

 やまがいいとおもえるうちは

 わたしもじぶんをあなどれない

  通勤時でも、お家から見えるところでも、山が見えるところがありましたら、ぜひ、ご覧ください。

 登らなくていいのです。

 明日は、日曜日。 キリスト教会の礼拝にお出かけください。神様が、あなたのことを喜んでくださいます。

 今日も、よい日となりますように。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年10月 6日 (水)

八木重吉の詩たち

0002

 秋 ・・・ とりわけこの季節には八木重吉の詩を味わいたくなります。 いえ、どうしてということも ないのですけれど。

 八木重吉の詩を四編、引用させていただきます。

  ◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

 こころよ

 では いっておいで

 しかし

また もどっておいでね

やっぱり

ここがいいのだに

こころよ

                                                            では 行っておいで

◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

 森はひとつのしずけさをもつ

 いちどそのしずけさにうたれたものは

 よく森のちかくをさまようている

◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

ひとつのものにこころおどる日は

すべてのものはかがやいてみえる

ひとつのものにぜつぼうする日は

すべてのひかりはきえて灰をみるようだ

◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

わたしもわるいから

ひとをゆるすのではなかった

なにのゆえでもない

ただゆるせばいい

  許しうるものを許す

  それだけならどこに神の力が要るか

  人間に許しがたきを許す

  そこから先きは神のためだと知らぬか

◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

  コメントは 私などが何かを書かないでも、詩自身が語っていますから省かせていただきます。

  八木重吉の詩集は彌生書房からほとんどの作品を収録したものが出版されていますが、今回は、友人からいただいた美しい絵の添えられた『こころよ いっておいで』 いのちのことば社 フォレストブックスを参照させていただきました。

  東京の町田市の生家に、八木重吉記念館があり、甥の八木藤雄氏が管理しておられるそうです。私たち夫婦の大切な友人は、その八木藤雄さんのサインをいただいたこの本を贈ってくださったのでした。ありがとうございました。 ・・・ おそらく、そのようにして素敵な本を贈ってくださったことをご自分の記憶にとどめないで歩んでおられる友人なのです。今、手術後の痛みをこらえながら、神様の前に誠実に歩んでおられます。どうぞ、お大事になさってください。

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月21日 (日)

八木重吉の詩

 八木重吉は、1898年(明治31年)に生まれ、1927年(昭和2年)に30歳でこの世を去ったクリスチャンの詩人です。以前にもブログで紹介させていただいたことがありますが、文芸の秋ということで、再び書かせていただきます。

素朴な琴 八木重吉

この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐えかね(て)
琴はしずかに鳴りいだすだろう

 今日は日曜日、キリスト教会では、聖書に基づくメッセージが語られます。

よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧