2020年6月22日 (月)

6月22日の2 関根一夫先生のメールマガジン 「日ごとの糧」から

 昨6月21日(日)夕方は部分日食が見られたのですね。そのことを私は忘れていて空を見上げなかったのですけれど、多分、午後から曇り空になっていて見られなかったと思います。 今日、22日の関根一夫牧師先生のメールマガジン「日ごとの糧」に「御父には・・・天体の動きにつれて生ずる陰もありません」という聖書の一節があって、日食のことと頭の中で繋がりましたので、引用・紹介させていただきます。

 文章の中の「心の静まり」の部分も印象に残りました。 良い日となりますように。

   ◇       □      ○     ※     ☆

 関根一夫牧師 メールマガジン【日ごとの糧】(ローズンゲンによる)
2020.06.22

あなたは豊作の年を冠として地に授けられます。
あなたの過ぎ行かれる跡には油が滴っています
(詩編65編12節)

良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、
光の源である御父から来るのです。
御父には、移り変わりも、天体の動きに
つれて生ずる陰もありません。
(ヤコブの手紙1章17節)
+++++++++
自分の人生を振り返って「いのち」が継続
されてきたことの不思議を感じられる人は
幸いだと思います。
そこに「感謝できる素材、うれしかったなぁ
という感想、これは失敗だったなぁという反省」
など、あれこれ振り返ることができることも
また幸いなことだと思います。

自分を少し「客観化」して自分の意図した
ものとは違う自分の人生を受け止め直し
「神様、ここまでの人生をそのまま受け止めます。
私を生かしてくださって感謝します」
と祈れた時、心に不思議な静まりがもたらさ
れます。

自分の内側にこそ神からの良い賜物、平和が
とどきます。その豊かさを味わうためには
心の静まりが必要です。
「そんなこと無理です」と言いたければ、
それを神様に伝えつつ、でも「生かして
くださったあなたに感謝します」と伝える
のです。
+++++++++++

◎主の平和と祝福がありますように!

関根一夫


 

| | コメント (0)

2019年9月19日 (木)

揺るがない価値観を 

 時々、メールマガジンを引用・紹介させていただく関根一夫牧師さんは、「いてくれてありがとう」 「今日の聖句」 「日ごとの糧」の三つのメールマガジンを平日は発信続けておられます。日曜日は、教会の礼拝でお話しされるメッセージの概略と、動画で記録したメッセージ全体を発信。 その力強いお働きには、頭が下がります。 牧師・作詞者・カウンセラー・臨床美術 カメラ ・・・素晴らしいですね。

 今日は、「日ごとの糧」9月18日号から引用紹介させていただきます。

   ◇    □    ○    ※    ☆

【日ごとの糧】~ローズンゲンによる~
2019.09.18
どのような財宝よりもあなたの定めに従う道を
喜びとしますように。
(詩篇119編14節)
そこで、イエスは言われた。「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」
(マタイによる福音書13章52節)
+++
 財宝と思われていたものがガラクタだったり、大した値打ちもないと思われていたものが本物の宝物だったり、それを見極める鑑定士による判定を楽しむテレビの番組があります。
 私たちの見極めは案外あてになりません。
何が宝物で、何がガラクタなのか、そういう判断基準をそれぞれ心の中に持っているわけですが、本当にその基準が正しいのかどうか、時々吟味が必要ですね。
私たち自身が日々、変化しているので、価値判断も流動的なものが多くて当然なのだと思います。
問題は、自分の心に問う時間と余裕があるかどうか、なのかもしれません。
頭から決めつけてしまうことが一番危険なことのように感じます。
 
+++++++++++
◎主の平和と祝福がありますように!
関根一夫
pastor.kaz@gmail.com
https://www.kazsek.com/
   ◇    □     ○     ※     ☆
0020_20190918161601  私もテレビの「お宝鑑定団」を見ることがあり、鑑定家のつける金額と鑑定依頼者の思っていた金額とのギャップを、ゆとりをもって楽しむことがあります。 本当に、その人にとって価値のあるものであったら、番組に登場させ、鑑定を依頼することは考えないのではないかという気持ちも働きます。 そのあたりは、複雑ですね。
 ほんとうに かけがえのない 大切なもの ・・・ それを考えることを見失うことのない 確かな土台をもっていたいと思います。
今日も、良い日となりますように。
   写真は、秋の七草の一つ 葛(くず)の花です。

| | コメント (0)

2019年8月27日 (火)

鶏鳴教会

 鶏鳴教会 ・・・ 鶏の鳴き声という名前の教会があります。イエス・キリストがとらえられ、大祭司カヤパの官邸に収用されたとき、一時は逃げ去った弟子の一人ペテロは、その官邸の庭に集まっている人に紛れ込んで様子を知ろうとしていました。

 そのペテロを見て、「お前も、あのイエス・キリストと行動をしていただろう」と声をかける人が居て、「いや、人違いだ。私はそういう者ではない」と強く否定して、場所を変えます。

 なんと、そういうことが三回続き、ペテロの否定のことばも強さを増したとき、鶏が鳴きます。

 ペテロは、激しく後悔します。 イエス・キリストはゲッセマネの園でとらえられる前、十二人の弟子たちと最後の晩餐をします。イエスがこれから自分の身に起こることを話したとき、ペテロは他の者が逃げても私はあなたに従っていきますと胸を張って云いました。イエス・キリストは、いいえ、あなたは鶏が鳴く前に三度、わたしを知らないというであろうと静かに言われました。

 イエス・キリストがあらかじめ語ったとおりになったことを鶏が泣いた瞬間に悟り、ペテロは激しく後悔し、泣きます。

 大祭司カヤパの官邸は、そうした出来事の舞台となったことから、後に教会となり、「鶏鳴教会」と名付けられてエルサレムにあります。

屋根の上に雄鶏がいるのがお目に留まるでしょうか。

A_20190826173401Photo_20190826173401   この写真を撮影なさったのは、先日のゲッセマネの園の写真を提供くださったハイジさんです

 貴重な写真をありがとうございます。

 

 

 

 

 

 私の通わせていただいている教会の愛称は「睡蓮の池のほとりに佇つ教会」です。

0001_201908261733010003_20190826173301

 いかがでしょうか。 その愛称にふさわしいシチュエーションでしょう (^J^)

 ところが、牧師さんの娘さんが卵から孵化させて大切に育ててきた小国鶏(しょうこくどり)の「小ちゃん」が、勇壮な声で鳴くまでに成長してきたのです。

 

 

0003_20190826173501

 

 小ちゃんの声を聴く度にペテロの話を思い浮かべ、エルサレムとは別に日本の各務原市にある「鶏鳴教会」と名乗りを上げてもいいかなという思いもしてきました。

 小ちゃんは、昨年の7月生まれ ・・・ 元気に 刻を告げ続けてほしいと思います。

※ 夜明けに声を上げないように、その時間は覆いが掛けられているようです。

 小ちゃんは、孵化させてくれた牧師さんの娘さんと居るときは、とても穏やかな表情、行動をしています。 よろしかったら、会いに来てください。

 今日も、良い日となりますように。

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2019年8月20日 (火)

オリーブ  ゲッセマネの園

 聖書に、イエス・キリストがとらえられる前に祈られた場所としてゲッセマネの園というところが登場しています。オリーブの実を搾って油を得る場所だったとのこと。 現在もその場所は残っていて、実際にそこを訪れた日本の方がご自分のブログheidi's Diary ( 「ハイジの日記」)で写真入りで書いてくださっています。

https://heidi0330.hatenablog.com/entry/2019/08/15/005922

Photo_20190817025701  そのブログの中に、オリーブの古木の写真があって心を惹かれましたので、その方のおゆるしを得て、紹介させていただきます。 

 聖書に書かれているその場所が実際にあって、訪れることが出来る ・・・なんとすてきなことでしょう。

 ただし、オリーブの樹齢は2百年ほどなので、イエス・キリストの時代のオリーブそのものが今も息づいているわけではないそうです。

 でも、出かけて行くことができれば(これが、なかなかできないのですけれど)、ガリラヤ湖や、イエス・キリストが山上の垂訓を語られた山やそのほかの自然の中に身を置くことが出来るというのは、すばらしいことだと思います。

 よろしければheidi's Diary ( 「ハイジの日記」)も、訪れてくだされば幸いです。聖書にゲッセマネの園が登場する箇所も書いてくださっています。 (heidi`s Diary のカラーの文字のところをクリックするといけます。8月15日のところにゲッセマネの記事があります。)

ありがとうございます。

今日も、良い日となりますように。 Photo_20190817030701

 

 

 

 

| | コメント (0)